22. 【錬金術師さん】
魔道具屋の老婆から渡されたメモを頼りに――住所を道々尋ねながらたどり着いたのは、アイエラ中央部の西側にある職人街だった。
「はぁ……道案内を頼めばよかったな」
ため息混じりに呟いたシエルテの少し後ろに立つ、リィナの表情にも疲れが見えていた。
職人街に建つ一軒家。
金属を叩く音がどこからか聞こえてくる中、シエルテはドアノッカーを掴み、叩いた。
反応はない。
「……ふむ」
留守を疑いシエルテは辺りを見る。家の隣には、煉瓦造りの薪窯らしきものが併設されていた。
――不意に玄関ドアが開いた。
「……小娘達が何の用だ」
少しだけ開いた玄関ドアから顔を覗かせたのは、背の低い、五十代後半ぐらいに見える白髪の男だった。
作業用だろう汚れた前掛けをしていた男は、ぎょろりとした目で辺りを窺い、シエルテと小さいリィナを睨んで無愛想に言った。
「錬金術師の工房はここか?」
シエルテの問いに、男の表情が益々険しくなった。
「知らないな――」
男の言葉を遮るように、シエルテは男の小指に印章が彫られた指輪を指差した。
「魔道具だろう、その指輪」
「……」
「警戒するな。魔道具屋の紹介で来た」
シエルテは魔道具屋で渡された手紙を男に手渡す。
「……ああ。婆さんの知り合いか」
シーリングスタンプがされた封筒を開き、手紙を読み始めるとすぐ、男の手が震え始めた。
「ま、魔女……!」
「魔女のシエルテ・ネペタだ。ここにはオーダーメイドの魔道具作成を依頼に来たんだが」
男は喉を鳴らした。
「あ、ああ。わかった、入ってくれ」
シエルテとリィナが家の中へと通される。
天井には明かり取りの窓。棚に焼き上げる前の乾燥中の皿やカップが並び、部屋の隅には紙袋に入った骨灰やロープ、蹴りろくろなどが置かれていた。
見るからにそこは、陶磁器工房の作業場だった。
「陶磁器工房か?」
「副業だ。――いや、今は本業か」
ギシギシと鳴る床板を踏みながら、工房奧にある作業台の前に男は進んだ。
「ここで見聞きした事は他言無用で願いたい」
「わかった」
男は念を押すようにシエルテの目を見た後、作業台にそれとなく立てかけられていた〝杖〟を手に取った。
「少し後ろに下がってくれ」
そう言うと男は作業台を横にずらした。
作業台があった床板に、不自然な穴――。
男は鷲の頭に似せて装飾された“杖”の、持ち手部分を下にして持つと、鷲頭の嘴を床板に空いた穴へ差し込んだ。
かちり、と音がした後、てこの原理で床板が持ち上がる。
そのまま男は、“杖”を引き上げるようにして床板を外した。
床板の下に四角い闇――現れたのは、暗い地下へと続く人一人分の幅しか無い石段だった。
「地下工房か」
シエルテの呟きを男は頷き肯定する。
男はランタンを手に取ると灯りを点け、シエルテとリィナを見た。
「案内する。足元に気を付けてくれ」
ランタンの灯りを頼りに石段を下り切り、その先にあった暗い通路を道なりに進むと石壁に行き当たった。
「少し待ってくれ」
そう言うと、男はランタンで行き止まりの石壁を照らした。
石壁の一部――男の腰の辺りに、小さな窪みがあった。男が右手小指に嵌めた指輪印章をその窪みに押し当て、「【解錠】」と言葉を発した。
――石同士が擦れ合う音をさせて、ゆっくりと石壁が動き出す。
「今時、珍しいな」
「古き良きゴーレムの技術だよ」
石壁が動きを止め、行き止まりが通路に変わって進むその先。
そこは、上にあった陶磁器工房よりもはるかに広い床面積のある地下空間だった。
アーチ状をした天井の下、空間の真ん中には錬金工房であることを誇示するように大釜が二つ置かれ、大釜の近くにある作業机には、乱雑に本や鉱石、硝子製のフラスコや蒸留器などがあった。
壁際には本棚、木の小樽が入った棚などが並び、石壁の高い位置に等間隔で設置された燭台が自動で火を灯し、橙色の光で工房内を満たした。
「『さむい……』」
リィナが体を震わせる。
地下であり、また石積みで出来た空間のためか、中はひんやりとした空気が漂っていた。
男は手に持ったランタンの火を消し、近くにあった木製の丸椅子にどかりと腰を落とした。
「はぁ……まずは自己紹介しておこう。儂はヒュー・バーンズ。歴史あるバーンズ錬金工房の工房主だ」
シエルテは辺りを見回す。
「他に錬金術師は?」
「いない。……時代だ、魔女。時代だよ。化学と工業の時代に、魔術を支えた錬金術はお払い箱だよ。どれだけありがたがったって、必要なくなればあっさり切り捨てられるのが世の常というわけだ」
吐き捨てるように男は言い、大きく息を吐いた。
「……ふむ」
暇をしたリィナが、作業机の上に置かれた硝子製の蒸留器やビーカー、フラスコ、試験管などを不思議そうに眺める。
「工房は使っているようだが」
「……細々だが、魔道具屋や魔術師組合からの依頼や定期納品はあるからな。――それで、何を作る?」
「この子が使う補助具の製作を依頼したい」
シエルテとバーンズがリィナに視線を向け、リィナが身体を強張らせた。
「杖か?」
「いや、身に着ける物がいい。『合成』か『彫金』は出来るか?」
バーンズが頷く。くたびれたバーンズの顔が、一瞬にして自信に満ちたものに変わった。
「ここは由緒あるバーンズ錬金工房だ。基本の『抽出』、『分離』から『付与』、『合成』、『彫金』までもちろんな」
「なら指輪か腕輪を頼む。刻む魔術は私が描く」
「承った――最後の仕事が魔女の依頼とはな」
そう呟き、バーンズは自嘲気味に笑った。




