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21. 【魔道具屋さん】

 ――七年前。


「『おいしい、です……』」

 アイエラの街にあるホテルの一室で指の治療を終えた後、腹を空かせたリィナのために街中の適当なレストランに入り食事をすることになった。

 皿が運ばれてくる。

 まだ小さな口でリィナが食べ始めたのは、具の少ない野菜スープ。数日まともに食べていないと言うリィナを思い遣った注文だった。

「『ぐす……』」

 救われたという実感からか、シエルテの優しさにか――スプーンを口に運ぶリィナの目からは、ぼろぼろと大粒の涙が落ちた。

「『少しずつ食事を戻していけばいい』」

 サリシラーフ語で話したシエルテの言葉に、リィナはシエルテに頭のつむじを見せて頷いた。

 料理の代わりに注文していた紅茶をシエルテが飲むその間に、リィナのスープ皿は空になり――リィナの目がじっとスープと共に運ばれてきた白パンに注がれる。

 シエルテの表情を窺いながら、リィナは白パンに手を伸ばした。

「『あ……!』」

 リィナの着るチュニックの袖がスープを飲むのに使ったスプーンに引っ掛かり、スプーンを床に落とした。

 リィナは慌てて手を引いた。

「『ご、ごめんなさい』」

「『……袖が余っているからな、仕方ない』」

 リィナが今着ているのは、シエルテがトランクから出して着せたチュニックとスカートだった。

 とりあえずで着せたものだったが、痩せた子供に着せるにはサイズが大きかった。

「……ふむ。補助具だけでなく、服も必要か」

 そう呟くシエルテの前で、リィナは再度パンに手を伸ばして食べ始めた。

「『食べ終えたらしばらく歩くことになる。食べ過ぎないように』」

「『はい』」



「『どこに行くのですか……?』」

「『顔見知りの、魔道具屋だ……辿り着ければ』」

 アイエラの中央部にある住宅地区。

 同じところを何度も回りながらリィナが連れて行かれたのは、通りに面した古い石造りの建物の一つだった。

 二階建ての四角いその建物は、建物の正面だろう通り側に入り口はなく――シエルテに続いてリィナが見上げると、二階の窓が開いていた。

 やっと着いたかとシエルテは呟き、トランクの中から明らかにリィナよりも大きな箒を取り出した。

 宙に浮かせた箒に腰掛けたシエルテは、リィナも箒に乗るよう言う。

 恐る恐る、箒に跨ったリィナに自分の腰に抱き着くよう告げると、ふわりと箒を浮かび上がらせた。

 恐怖心と慣れない浮遊感に固く目を閉じたリィナは、しかしすぐに地に足が着いて目を開けた。

 窓から箒ごと入ったそこは、室内とはいえ妙に薄暗かった。

 リィナが振り返ると、大きな窓の外は陽に満ちているのにも関わらず、窓の内に陽の光が差し込んでいなかった。

 まるで見えないカーテンに、建物の内と外とに仕切られているかのようだった。

 広くはない店内に、天井からぶら下げられた渾天儀(こんてんぎ)――。

 平台には羊皮紙の束、インク壺、短剣、大小様々な壺、鏡などが陳列され――棚には魔導書、サイズ違いの鞄、帽子、各種杖の入った化粧箱などが置かれていた。

「――あらあら、まあ珍しいお客様だこと」

 声はカウンターから。

 そこにいた黒いローブ姿の老婆は、シエルテを見て柔和な笑みを浮かべていた。

「お久しぶりです。『冷たい月の継承弟子』様」

 白髪の長い髪を三つ編みにした痩せた老婆は、カウンターから出てくるとシエルテにお辞儀をした。

「ああ。『黄金小麦の弟子』……あっという間に歳を取って」

 酷い言い様ですねぇ、と言って、老婆は軽やかな笑い声を上げた。

「私を覚えていて下さったのは光栄ですけどねぇ。私は弟子じゃなくて、弟子の弟子ですよ。それも継承弟子じゃない弟子の、です」

「ふむ。そうだったか?」

「黄金小麦様は弟子の多い魔女様でしたから。私などは精々、黄金小麦派の魔術師というだけの、ただの魔道具屋ですよ」

「その魔道具屋に用もあるんだが――」

 そう言うとシエルテは目線をリィナに向けた。

「その小さな子は?」

 注目され、リィナはシエルテの後ろに隠れた。

「この街で拾った娘だ。しばらく面倒みようと思う」

「まあ」

「なので、子供の服を扱っている服屋の場所を教えてもらいたい。それと、病気の治療目的で非魔術師用の補助具も欲しい」

「あらあら。お嬢さんお名前は?」

「『……』」

 自分に話しかけられている事はわかるものの、リィナは小さく首を傾げた。

「この子はサリシラーフ語しかわからないようだ」

「そうなのね。私は話せないから残念だわ。……サリシラーフは天候不順の影響で、飢きんが起きてると聞くし、口減らしですかねぇ……そうだ」

 憐れみのこもった目でリィナを見ていた老婆は、何かを思い付いた顔で店の奥に引っ込んだ。

 ……しばらくして戻ってきた老婆は、胸に畳んだ服を七着ほど抱えていた。

「孫娘の着れなくなった服を貰って下さいな」

「いいのか?」

「捨てるか売るかしようと思っている間に忘れていた物ですからね」

「ならありがたく。……孫がいるのか」

「ええ。女の子と男の子が」

「ふむ……どちらかにこの店を継がせるのか?」

 いいえと老婆は首を振り――困ったような顔で笑った。

「二人とも別々の理由で向いていないのですよ。……どのみち、魔術は斜陽ですから」

「……まあ、そうか」

「出来たら先代から継いだお役目も継がせたかったのですが……」

 老婆は切り替えるようにため息を吐いた。

「……それよりも。補助具もご所望でしたが、杖がよろしいですか?」

 シエルテは半眼をさらに細め、考える素振りを見せた。

「……弱った体の補助と、自然治癒の補助だからな。常に身に着けられる物がいい」

 今度は老婆が考え込んだ。

「……そうですねぇ。でしたら、オーダーメイドの方が良いのではないかしら?」

「工房があるのか?」

 意外という顔をするシエルテに老婆は頷いた。

「錬金術師の工房が、この街にございますよ。よろしければ紹介状を書きましょうか」

「そうだな。頼む――っと」

 老婆は服をシエルテに押し付けると、「向かう前にうちでも何か買って下さいな」と言った。

「ああ、そうしよう」

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