20. リィナとオリー
十数分後、屋敷内の一室。
最初の元客間だとリィナが呼んでいた部屋で、リィナとオリーはそれぞれソファの対面に座り、作業をしていた。
リィナは針と糸を使い、灰色ケープに銀糸で刺繍を施していく。
下書きはなく、迷いもなく。
滑らかで素早い針の動きにオリーは見惚れていたが、やがてオリーも紙の束にペンを走らせ始め――今に至っていた。
オリーのペンが踊るように書き続けているのは、ここで見聞きした全てだ。
――魔女の蔵は、実際に目の当たりにすると世界の切り取りであるのがよく分かる。空があり、森があり、何より、湖まで有ることには驚きを禁じ得ない。
――屋敷はこの世界で建てられたものではなく、取り込んだものと思われる。屋敷の大きさはわたしの実家より少し小さいくらいで、二人と使い魔とで住むにはだいぶ広いと感じる。
――屋敷の大まかな間取りは、屋敷正面に玄関とロビーがあり、ロビーから左右に通路、ロビー奥にはフロアと階段があった。
通路を右に行くと食堂、窯もあるキッチン、食料庫、洗濯場があり、左に行くと応接室や物置部屋などがあった。
二階には今いる元客間だけでなく、二人の私室もあり、浴室、それにリィナさんも入ったことのない部屋があるらしい。
――屋敷にある前庭は塀などで囲われることなく、日当たりの良い場所に普段からお茶をするのかテーブルが置かれ、芝も手入れされていた。
「――何書いているんですか?」
突然声を掛けられ、オリーは意識を戻した。
「あ。メモです。二度とはない貴重な経験ですから忘れないようにと……許されるなら、いつか魔女様の本を書きたいなと」
「本ですか?」
「本です。なるべく永く残るように」
理由を聞きたいという表情で、リィナがオリーの目を見る。
オリーは苦笑した。
「……残念ながら、わたしに魔術師の才能はありませんでしたが、子供の頃から魔術が好きで、魔術師が好きで、魔女に憧れて」
共感するリィナは、うんうんと頷く。
「だから、わたしは魔術史の研究者になったんですよ。このまま忘れられていく事に我慢ならなくて」
オリーに心を許したからなのか――。
あるいは、住み慣れた屋敷にいるからなのか。
リィナは時たま見せていた年相応な――むしろ幼ささえ感じられる緩んだ表情で「あーそうか」と口にした。
「やっぱりそうなんですね。みんな、そう言って……じゃあ本を書く時は、あたしのことも出してください」
それはもちろん、とオリーは笑顔で返した。
「魔女の弟子リィナさんの活躍を格好良く――」
オリーの言葉を遮って、リィナは「あ」と声を漏らした。
「あの、ずっと気になっていたんですけど、あたしに敬語は要らないですし、それに、あたしは魔女の弟子ではないです」
「えっ……でもネペタ様から魔術は習っているんですよね?」
「一応は。でもそうなんです」
「……何か理由が?」
リィナは小さく首を振る。
「弟子というものを、何というか、認めたくないような感じがするんです。シエルテ様に、踏み込んで聞いたことはないですけど。……ヴァイスさんも、アプラディさんも、この辺りの話題になると口が重くて。だから、アーシェルさんにシエルテ様のことを聞きに行ったんです」
「……」
オリーがリィナから感じるシエルテへの思いは、明確な親愛だ。
そんな相手から秘密を作られて、飲み込めるほどリィナは大人ではないのだろう。
「……そうなのね」
「だからあたしはシエルテ様の弟子ではなくて、メイドで、たぶん助手なんです」
そう言ってリィナは少し寂しげに笑い、ケープに針を刺した。
オリーは話題を変える。
「……ネペタ様とはどういう出会いを?」
「えーと、この街ですね。七年くらい前かな」
「アイエラでですか!」
刺繍に目を落として言ったリィナの答えは、オリーの想像していなかったものだった。
驚くオリーに、リィナは何故か得意げに笑みを浮かべた。
「そうですよ。この街で拾ってもらって……この指輪もその時に作ってもらって」
オリーに見えるよう、リィナは右手をオリーの目の前に差し出した。右手の薬指に銀の指輪がある。
森であった妖精のなりそこないとの戦闘時、その指輪が光っていたのをオリーは思い出した。
「それは、魔道具?」
「はい。魔術の補助具です」
シエルテがしていた金の腕輪――あれもそうなのだろうとオリーは思い至る。
「体の治療をする魔術の補助にシエルテ様から貰って。それ以来、あたしの宝物のひとつです」
またリィナから飛び出した、今度は不穏な言葉にオリーは表情を曇らせ、聞き直した。
「あたしがシエルテ様に拾われた時には、あたしは体が腐って死にかけていたんです」
嬉しそうにリィナはそう言うと、座っていた対面からオリーの隣に移動した。
「聞きたいですか?」
気圧されながらオリーが頷くと、リィナは一瞬で目を輝かせた。
「ではシエルテ様との出会いから話します! 最初に会ったのはアイエラの路地で座り込んでいたあたしに――」




