19. 逆流
「【逆流】……?」
「とは?」
息の合った二人の問いに、シエルテは「今回の場合は、簡単に言えば呪いの影響だ」と、さらりと答えた。
「ちょっと待ってください! の、呪いですか!?」
「……アーシェルさん誰かに恨まれるようなことを?」
憐れみの視線を向けるリィナに、オリーはメイドがズレるほど勢いよく首を振る。
「してない、してないです! ……たぶん」
「どちらかと言えば、メガネのお嬢さんは呪いをかけられている側ではなく、かけている側だろう」
「ええっ!?」
オリーが目を丸くし、同時にリィナは微笑んだ。
「じゃあ、アーシェルさんは誰かを呪うほど恨んで?」
オリーは再び勢いよく首を振った。
「してないです、してないです!」
「本当ですか?」
「本当です! リィナさん、からかわないでください!」
「ふむ。呪いをかけた自覚はなく、それでも逆流が起きているということは、やはり呪術自体の性質か」
――汽車を降り、アイエラの街に入ってしばらく。
体調不良を言い出したオリーにシエルテが視たのは、歩道の石畳から煙のように立ち上り形を持った“黒い手”が、オリーの足を摑んでいる光景だった。
“黒い手”はそのまま、掴んだオリーの足から紫色をした粒子状のエーテルを吸い出していた。
呪術とは、エーテルのみ、あるいは大部分をエーテルの力だけで行う魔術の名である。
エーテルを用いる事で方向性と指向性を強力にした魔術が、呪術と呼ばれる。
故に、呪術とは強力なエーテル魔術の押し付けであり、呪いの対象には濃いエーテルが蓄積していくはずなのだ。
オリーを対象にした呪いとしては失敗している。
呪う側だったとしたら、呪いからエーテルを奪われている時点で呪術として失敗している。
――魔術、呪術が対象者にではなく影響を与える場合、考えられるのは二つ。
魔術、呪術が不完全で思わぬ効果が現れた失敗。
魔術、呪術の発動に魔力が足りず、術者に不足分の強制徴収が発動する失敗。
この二つの失敗を、魔術師はまとめて【逆流】と呼んだ。
「逆流が起きている以上、どこかで呪術が起動しているのは間違いない。メガネのお嬢さんが術者でないのなら――」
オリーが何度も頷く。
「メガネのお嬢さんと、今どこかで起動している呪術を結びつける要素があり、そのせいで影響を受けているということになる。……逆流が起きたタイミングを考えれば、要素は順当に土地と血筋か」
「……逆流が起こる事で、その、アーシェルさんは色々と大丈夫なのですか」
教えたはずだがと言いながら、シエルテはため息混じりでリィナに答えた。
「逆流は酷ければ死ぬことも普通にある。……おそらく、あの本屋の父親が突然死した理由もこれだ」
「あの本屋の父親って、ヒック・ブレナンさんのことですか……!?」
「そんな名だったか」
みるみるオリーが青くなる。
「わたしも死……!」
口に手を当て動揺するオリーに、シエルテは「いや」と否定した。
「さっきも言ったが、この呪術は土地に紐付いたもののようだ。アイエラの街に入った途端に具合が悪くなったが、この蔵に来てからは平気だろう?」
「たしかに……そうです」
「アイエラの街に用がないなら、すぐに離れるだけで解決する。そもそも、死に至るほど強い逆流ではないはずだ……が。ふむ。リィナ、【守りの刺繍】をしてあげればいい」
リィナの顔が、ぱっと明るくなった。
「そうします! せっかく糸と布を買ったんですし」
アーシェルさん、とリィナが名前を呼ぶ。
「は、はい」
「どんな服がいいですか?」
「はい?」
「聞いていた通り、アーシェルさんがここを出ても大丈夫なよう、逆流も防いでくれるはずの『守りの刺繍』をあたしが作ります。ただ、刺繍は広げていないと効果がないので、畳んでしまうハンカチなどでは効果がないんです。なので――」
「なるほど。でしたら、このケープにお願いします。服を一から作ってもらうのは悪いですし、いつも身につけてる物だから」
オリーはそう言って、肩にかけていた灰色のケープを外し、リィナに手渡した。
「わかりました。ではこのケープに刺繍しましょう」
リィナは丁寧にケープを畳み、嬉しそうに笑った。




