表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/21

18. 湖の乙女

 ぜひ、と目を輝かせるオリーを伴って、シエルテ達は玄関から屋敷の外に出た。

 木々を縫って吹いた風がオリーを通り抜ける。

「風がある……!」

 屋敷の中から見た時と同じく、日差しがあり、空があり、森があり、そして小さな湖があった。

 魔女の蔵は切り取られた世界だというが、決して狭くはない。端は見当たらず、湖の対岸にも森が見えた。

「お屋敷の中から見た時も信じられませんでしたが、この()()には湖があるのですね」

「後入れだがなぁ。オレより後輩よ」

「後入れ……」

 シエルテを先頭に木々を抜け――その先に広がる湖まで来ると、シエルテ達は水を含んで泥濘(ぬかる)んだ湖畔に立った。

 寄せる波音を聞きながら、シエルテは小さな声で「アプラディ」と名を呼ぶ。

 ――わずかな間の後、湖の中心が泡立ち波打ち始めた。

 水面がシエルテ達の前まで揺れて近付き、膨らむように水柱が立つと人の形を取った。

 透明な人形に絵筆で色を塗るように、徐々に蒼い髪をした美しい女の姿が現れる。

「お呼びでございますか月のひと」

 女にシエルテが頷く。

「客に君を紹介しようと呼んだんだ」

 まあ、と声を上げた女はオリーのすぐそばまで迫り、困惑するオリーを様々な角度から眺めた。

「月のひとが()()に誰かを招くなんて珍しい。私達は『アプラディ』と申します」

「オリー・アーシェルと申します。は、はじめまして」

 アプラディが微笑みかけた。――整いすぎて作り物のような笑みだった。

「アプラディ様は、その、水に棲む妖精なのですか?」

 微笑んだままアプラディは首を振る。

「私達は湖に棲むのではなく、この湖そのもの――」

 その先の言葉はシエルテが引き受けた。

「彼女は湖の精霊。消えかけていたところでたまたま出会い、頼まれてこの蔵への移住を許可した」

「元精霊、でございますよ月のひと」

「まあ、そうか。今は限りなく精霊に近い妖精みたいなものだな。この世界の管理を任せている」

「そ、それはまさしく精霊の在り方では」

 オリーの目にまた好奇心の光が宿り、様々な角度からアプラディを眺め始め――今度はアプラディが困惑気味に微笑みながら、シエルテに助けを求める視線を向けた。

「幼子の知りたがりと同じだ。諦めなさい」

「まあ。そうですの。相変わらず幼い娘子がお好きなのね、月のひと」

「……誤解を生むようなことを言わないでもらえる?」

「まあ動揺して。風の少女も大変ね」

 アプラディに、風の少女と呼ばれたリィナはにっこりと笑った。

「あたしもシエルテ様のこと大好きですから問題ありません」

「あらあらまあ」

「……アプラディ。用は済んだからもう戻れ」

 怒らせてしまったわ、と微笑んでアプラディは湖の中に溶けていった。

 シエルテが疲れると呟き、ため息を吐いた。

「……リィナ、お茶を頼む」

「承知しました」



 屋敷の前庭にある木製のテーブルに着いたシエルテとオリーの前に、リィナは紅茶を淹れたティーカップを置いていく。

 カップを綺麗な所作で手に取ったシエルテは、ひと口飲むと、「美味いよリィナ」と声を掛けた。リィナが恭しくお辞儀をする。

「美味しい。淹れ方が上手なのね」

「たくさん練習しましたので。あたし手作りのクッキーもどうぞ」

 前庭までティーセットを運んできたティートローリーから、リィナはクッキーがのせられた皿を出した。

 オリーは手を伸ばし、クッキーを口にする。

「……ふむ。一応、報告だけしておこうか。トランクはいつものようにホテルの部屋に置いてある。メガネのお嬢さんは、ここから出るとホテルの部屋だから覚えておくように」

「わかりました」

 リィナが驚いた顔をする。

「シエルテ様がおひとりで、ホテルにたどり着けたのが驚きです」

「ふむ」

 シエルテが誇るように半眼を細めて小さく笑った。

「本気を出せばこのくらい当然」

「本当ですか?」

「……駄賃を渡して子供に案内してもらった」

「なら大丈夫ですね」

「それはどういう……いやいい。それよりリィナには他にも話がある。魔術師組合で聞いたが、どうやらサリシラーフへ行くのは中止になりそうだ」

 リィナの肩がびくりと震えた。

「何故でしょうか」

「サリシラーフは内戦中らしい。船便がないと教えられた」

「……」

 落胆か、安堵か。リィナは大きく息を吐くと、そうですかとだけ答えた。

「お二人は、サリシラーフに向かう途中だったのですか」

「そう。ここから船が出るだろうと思ってね」

「……その。空を飛んで行くのではダメなのですか?」

 二人とも箒で空を飛べることを知っているオリーには当然の疑問だった。

「一、二時間程度で着く距離ならそれでもいいが、それ以上になると、何もない一面青いだけの海上飛行は危険だ。休憩も出来ない」

 想像し、オリーはなるほどと呟いた。

「それ以前に、内戦中であるなら近寄らない方が賢明だろう。リィナには悪いが」

 シエルテにつられるようにオリーもリィナを見た。

「サリシラーフは、リィナさんの故郷?」

 リィナは「一応は」と言って苦笑した。

「叔父の顔をぶん殴ってやろうと思っていたんですけどね……」

 怪訝な顔をするオリーに笑って、リィナはシエルテとオリーのカップに紅茶のおかわりを注いだ。

「ではこれからどうします?」

「さてな……今いる国を観光するか、東の方に行くか」

「あの、王都にお越しでしたら、わたしがご案内します。勤め先の大学があるので」

「……ふむ。それもいいか。――リィナはどう思う」

「そうですね。アーシェルさんとこのままお別れも寂しいですし……そうです! それより前に。アーシェルさんの具合が悪かった原因です。気になって観光どころでは――」

「それなら原因はわかっている」

 シエルテの言葉に、オリーとリィナが同時にシエルテを向いた。

「原因は【逆流】だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ