16. 報告のあとで
「……あ!」
アイエラにある狭い魔術師組合の受付カウンターに立っていた職員は、入ってきたシエルテ達の姿を見つけるなり慌てて奥に引っ込んだ。
少しして――黒いローブ姿の支部長イズリスがカウンターに現れると、お辞儀と共に待たせたことをシエルテに謝罪した。
「御用をお伺い致します」
「依頼達成の報告に来た」
そう告げてシエルテから提出された依頼人の署名済み依頼書と追加費用の請求書を、イズリスは「はい。確かに」と受け取った。
「迅速な解決でした。組合としても魔女シエルテ様に感謝を申し上げます」
お辞儀をするイズリスに、シエルテは面倒くさそうに視線を逸らした。
「特別、感謝されるようなことはしていないから。――そんなことより、頼みがある」
イズリスは考える素振りすらなく「承ります」と即答した。
「払われる金額の半分は、金貨にして欲しい」
「金貨の場合ですと、金相場と手数料で支払額は減ってしまいますが」
「構わない。金貨であれば国や時代が変わっても使えるからな」
支払われる解決金と追加費用は、ストゥルテ王国発行の貨幣で三十一万クアル。
――白パンひとつが百五十クアルから二百五十クアルで買えることを考えると、庶民にとっては大金だった。
同時に、病気の治療、それも魔女への依頼で支払われる金額としては破格の安さとも言えた。
「……では金貨二枚と、十二万クアルでのお支払いでよろしいですか?」
了承するシエルテに一度裏へ戻ったイズリスは、今度は金貨と紙幣を持って現れた。
シエルテが金貨と紙幣を受け取る――イズリスは、シエルテの後ろで揺れる人影に気付き目を向けた。
「……ああ」
イズリスの視線が自身の後ろに注がれているのに気付いたシエルテは、首だけを振り返った。
そこには、真っ青な顔をしたオリーの姿があった。
座り込みそうになるオリーの肩をリィナが慌てて支えた。
「お連れ様は大丈夫ですか?」
「……汽車では元気だったが、街に入ってから具合が悪いらしい」
「その方のそれは――」
イズリスが言い終わるより前に、シエルテは頷いてみせた。
「であるならば、街から離した方が良いのではありませんか」
「……一時避難させる。リィナ。その娘を屋敷に送るから、先に向こうへ行っておいてくれるか」
頷くリィナからシエルテはオリーを受け取り、腰を抱くようにして支えながらイズリスに向き直った。
「少しの間、場所を借りる」
許可を求める言葉ではなく、宣言だった。
リィナが床に置いたトランクの金具を外し、トランクを開く――中にあったのは相変わらずの“闇”。
リィナは躊躇することなく軽やかに跳んだかと思うと、そのまま、トランクの中に足から飛び込んだ。
さすがに驚いたのか、目を見開いたまま固まるイズリスの前で、今度はシエルテがオリーをトランクの中へと突き飛ばした。
うめき声を漏らしたオリーもリィナ同様、トランクの中に吸い込まれ――魔術師組合の受付から、あっという間に二人の人間が消えた。
「……なんと」
「騒がせた」
「い、いえ。それは、あの『魔女の蔵』ではありませんか」
イズリスの問いにシエルテは頷いた。
「なんという……いまだに『ダンジョン』が実在すると聞いたことはありましたが、目の当たりにできるとは……」
古い物語や、神話、英雄譚に魔女が登場する時、一緒に語られるのが『魔女の蔵』だ。
それは、切り離された箱庭の世界を作るウィッチクラフトであり、魔女と呼ばれた者達の中でも選ばれた者のみが行えた奇跡だった。
そんな魔女達も、長い時の中で亡くなる事がある。
そうなると主たる魔女を失った蔵は、誰にも出入りできない閉ざされた世界となり、蔵の“中身”は永久に失われることになる。
ところが、主たる魔女を失った蔵がある日突然、入り口をこの世界のどこかに現すことがあった。
それが『ダンジョン』と呼ばれる迷宮の正体だった。
現在、世界に現存するダンジョンは二つあるが、そのどちらも魔術師組合が立ち入りを厳重に制限していた。
支部長とはいえ、イズリスでもダンジョンは見たこともなく、ましてや主が存命の魔女の蔵を見られるなど、それこそ一生に一度あることの方が稀だと言えた。
「私のこれは切り取った世界と、私の持つ屋敷に繋がっているだけだ」
そう言いながらシエルテはトランクを閉じた。
「そうだ。聞きたい事がある」
呆けていたイズリスが慌てて返事をした。
「出来れば今日明日にも南のサリシラーフ行きの船に乗りたい。依頼も達成したし、出国しても問題ないか?」
「出国自体は明日にも可能です、が……」
イズリスが口ごもる。
「問題が?」
イズリスは顔のシワを深くして、困ったような表情を浮かべた。
「……おそらく、サリシラーフ行きの船は現在無いと思います。――内戦中ですので」
「え」




