14. ウィッチクラフト
丸太小屋を出た三人は、森のさらに奥を目指す。
時間にして七分ほど進むと、突然、開けた場所に出た。
箒の上から見えた、枯れた木々によって森の中にできた広場だった。
開けたその中心、何かが横たわっているのが見え――さらに、大量の“気配”に囲まれていることに気付き、シエルテは半眼を細めた。
「――リィナ、戦闘準備。そのメガネのお嬢さんを守るように」
「承知しました」
リィナは返事と共にトランクを地面へ置き、おもむろに武術の構えを取った。――その拳には『銀色の指輪』。
緑色の髪をした半透明の女達――“妖精のなりそこない”達が立ち枯れた木々の幹から、広場の周囲の森から、次々に姿を現し、一斉にシエルテ達に向かって襲い掛かってきた。
透けた体をきらきらと輝かせ、さながら、浜辺の人間を攫わんとする大波のように“なりそこない”達が迫り来る――その光景を前に、シエルテは冷静に腕を掲げた。
「――【アン・カレ・ヴィヴィ・ナ・ウルド・エルフィラレン】」
シエルテは魔術制御のための制御式を口にし、続けて魔術を詠唱する。
「【古き契約により命ずる。冥界の青き炎を司りし、誇り高き番兵達よ】」
略式ではない詠唱は、同じ魔術でもより魔術本来の力を引き出す。
――急激に辺りが薄暗くなっていくのと同時、シエルテを囲うように青白い炎が現れた。
冷やりとした空気が、シエルテから周囲に広がっていく。
「【其は凍える夜の嵐にして、いのちを奪う氷結の鎌。“結末”よ、我が敵を討ち滅ぼせ】」
発した本来よりも強さを弱めた“言葉”と共に、囲っていた青白い炎が弾けた。
瞬間、それは青い旋風となってシエルテの前に出現し、猛烈な風を伴って広がった。触れた“なりそこない”達を次々に氷漬けにしていく。
昼の空を覆う闇に、青白き嵐。そして、凍える“なりそこない”達――。
「これが本物のウィッチクラフト……」
目の前で繰り広げられた、まるで絵物語のような光景に、様子を伺っていたオリーは目を見開き鼻血を垂らした。
「夢みたい……!」
口もとに震える手を当て、オリーはそう呟いた。
――その時。
オリーの気付かぬうちに真横まで近付いていた“なりそこない”の一体が、両腕を振り上げてオリーに飛び掛かる。
「ふっ!」
“なりそこない”がオリーに触れるより早く、リィナの拳が“なりそこない”の顔面を捉えてぶっ飛ばした。
「アーシェルさんはそこで動かないで」
硬直し、悲鳴さえ上げられなかったオリーにリィナはそう告げると、まるで演舞のような流れる体裁きで“なりそこない”に追撃する。
「リィナさんつよ……」
魔術による膂力をもって、高速で踏み込み、銀の指輪を淡く光らせた拳を撃ち出す。
「終わり!」
メイド服のスカートを翻して回し蹴りを決めた。
銀の指輪に刻まれた魔術を撃ち込まれた“なりそこない”は形を保てなくなり、弾けて光の粒に変わった。
「シエルテ様、こちらも終わりました」
リィナの報告に、シエルテが振り返り頷く。
――全部で五十以上はいた“なりそこない”達は全て片付き、同時に、魔術に巻き込まれた枯れた木々も消え去っていた。
静けさが帰ってくる。
「上手く手加減できたな。――原因を見に行こうか」
「はい」
リィナはトランクを拾いシエルテに続いて、広場の中心地へ歩き出し、我に返ったオリーはすぐに追った。
立ち枯れた木々すら失った、森の中にぽっかりと開いた広場の中心。
そこにあったのは、女の形に彫り出された横たわる木像と、それを囲う魔術陣だった。
オリーが興味からしゃがみ込み、魔術陣を確かめる。
本来であれば森の柔らかな土なのだろう地面は固められており、先の尖ったもので削ることで幾何学模様が描かれていた。
「これが日誌にあった儀式の跡、ですか」
メガネを掛け直しながら訊ねたオリーに、シエルテは頷いた。
「陣も記述も拙い。師事したことのない素人魔術だ。――リィナ、“石”を」
「承知しました」
言われた通りにリィナはトランクから“石”を取り出し、それをシエルテに渡す。
一見するとただの灰色をした石だった。
シエルテが地面の魔術陣に向かって投げ落とすと、石の表面にびっしりと刻まれていた文字が焼き印のように浮かび上がり――まるでガラスが割れたかのような音がして、魔術陣が消えた。
残るは横たわる女性型の木像のみとなった。
元は立たせていたのが横倒しになったのだろう木像に、シエルテは手をかざす。
「【燃えろ】」
炎が上がり、魔術の“核”となっている等身大の木像はパチパチと音を立てて黒く炭化していった。
「……これが、日誌に書かれていた魔術ですか」
火が収まると、日誌を抱えてしゃがみ込んだオリーが、木像だったものをまじまじと観察した。
――魔術の行使に必要なのは、目的と核と魔力。
目的を明確に示すのが核となる魔術陣や儀式、魔術文字などであり、そこに魔力であるマナやエーテルを注ぐことで魔術は発動する。
日誌を読む限り――。
自身の妻にするための妖精を作るという目的。
作る妖精の木型としておとぎ話にあった妖精を模した木像と、儀式魔術陣という核。
そして古くからある森に漂うマナ。
それらを用いて行われた儀式――そんな魔術が行われていたことになる。
欠陥だらけの魔術だったな、とシエルテは口にした。
「妖精未満の“なりそこない”を作っただけでなく。最も問題なのは、マナの吸い上げを止める式を魔術に組み込まなかったことだ。術者の魔力では不足な分を森の木々を枯らしながら吸い上げ続け、“なりそこない”を生み出し続けた」
その結果が先程の“なりそこない”の群れだったのだ、とオリーも頷いた。
――魔術師が何故組合に所属し、資格制になっているのか。
危険だからだ。
人を、街を、国を簡単に滅ぼすほどに。
魔術史はその実例をいくつもオリーに教えていた。
そして、その最たる例に連なるのが、オリーの目の前に今立っている。
「憑依していたのは、さっきまでのアレですよね」
「そう。溢れた“なりそこない”のいくつかが、ここの木像を“扉”にして町まで通り抜けていた。町側の出口は、“なりそこない”や木像と同じ、おとぎ話の妖精を模した民芸品の人形だ。だから、人形を持っていた家の娘が体を奪われた」
“なりそこない”の元になった妖精は、若い女の姿だったから娘ばかりが憑依された、とシエルテは続けた。
「あいつらは、体を手に入れた喜びで踊っていたんだよ。人の女に似た姿をした妖精は、月明かりに踊り、人を惑わすために歌うから」
どこか寂しげな色を含んだ声音でそう話したシエルテを、オリーとリィナは見た。
リィナが口を開いた。
「ではシエルテ様。無事に解決ということで、すぐ町に戻りましょう。色とりどりの生地が待っていますから」
にこりと笑ってそう話したリィナに、オリーは苦笑し、シエルテも肩の力を抜いた。
「買い物の前に依頼人に報告だよリィナ」
「では報告の後に。急ぎましょう」
来た道を戻り始めたシエルテとリィナの背を追いながら、オリーは一度だけ広場を振り返る。
「これが魔女……」
オリーが零した呟きは、誰に聞かれることもなく地面に落ちて消えた。




