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13. 森の小屋

「ひぃぃ〜」

 (ほうき)(またが)ったオリーの足が空中でぶらぶらと揺れる。

 固く目を閉じたオリーは、リィナにしがみついた体をガタガタと震わせた。

「ふふ。アーシェルさん、大丈夫ですか」

「は、はは、はい。な、なんとか……」

 楽しげなリィナの操る箒が、工場からの黒煙を避けるように、さらに高度を上げていく。

「町がよく見えますよ」

 リィナの言葉にゆっくりと目を開けたオリーは、眼下にシズルの町を見下ろして軽く眩暈(めまい)を覚えた。

「た、高い……!」

 町を東西に貫く大通りが見える。

 西は工場群を抜けて、南西にあるアイエラの街へと街道が延び、東はグラッツ川を越えて北東へ街道が向かっている。

 線路も、アイエラから延びてシズルの町の北西にある駅へ繋がり――その先、川に架かった鉄道橋を汽車が走っていく光景までもがオリーの目に映っていた。

 オリーは箒の向かう先へと視線を移す。

 目的の森は、北にあった。

 伐り出した木をその道で川へと運び、下流に流していた跡だろう、川と森を繋ぐ古い道も見えた。

「――ふむ。こうして空から見れば一目瞭然だな」

 シエルテが呟く。

 箒の“舳先(へさき)”にトランクの取っ手を引っ掛けながら、半眼をさらに細めてシエルテが見つめるのは森のその中心部――そこだけが、立ち枯れた木々によってぽっかりと穴を開いていた。

 リィナ、と名を呼んでシエルテは森を指差し、リィナも頷く。

「このまま、あそこに向かいますか?」

「いや。森から攻撃される可能性もある。空から私が反撃すると森を全て焼きかねないから、森の中を徒歩で行く」

「承知しました」

「い、今、さらっとすごいこと言ってませんでした……?」

 オリーの言葉を無視し、二人の箒は空を滑るように森へ飛んだ。

 ――森の入り口にふわりと降り立つ。

 リィナがオリーを箒から降ろし、シエルテに箒を渡す。

 膝が笑っているオリーの横で、シエルテは箒二本をトランクに仕舞った。

「では行こうか」

 昔は整備されていたのであろう森の入口の前に設置された朽ちた柵を乗り越え、三人は森へと足を踏み入れた。

 木の匂い、土の香り、歩く度に腐葉土の柔らかい感触がシエルテ達の足に伝わる。

 生い茂る木々と雑草の中、あちこちに緑色の苔やキノコに覆われた切り株があり、それらはかつての林業の名残を感じさせた。

 しばらく進むと、獣道のような、そこだけ草が踏み固められて出来た道が現れた。

「この先か」

 ……次第に切り株の数が減り、森の中が鬱蒼(うっそう)としてくる。

 木々の間を小さな光の粒が舞い上がり、同時に、歩を進めるごとに濃くなっていくのがシエルテとリィナの目には映っていた。

「っ!」

 倒木に足を取られ、オリーが慌てて近くの木に手を突く。

「アーシェルさん大丈夫ですか?」

「は、はい」

「慣れていないと森の中は歩きにくいですからね」

 そうオリーに声をかけたリィナが、ふと何かに気付き、辺りを見回した。

「シエルテ様」

「ふむ。()()()

 歩みを緩めたシエルテにならい、リィナとオリーも慎重に進んでしばらく――。

「あれか……」

 生い茂った葉の隙間から日差しが降り注ぎ、照らされた苔生した丸太小屋があった。

 同時に、小屋の前で音もなく、くるくると踊る女の姿があった。

 数は三つ。

 そのどれもが、向こう側が透けて見える緑色の髪をした女だった。

「……“妖精のなりそこない”か」

 気取られぬよう息を潜めながら、シエルテは静かに手を差し向ける。

 黒ローブから覗いたその手首には『金色の腕輪』。

「【――アン・カレ・ヴィヴィ・ナ・ウルド・エルフィラレン】」

 金色の腕輪が淡く光り始めた。

「【古き契約により命ずる。冥界の青き火よ】」

 “言葉”に応じ、ぽっ、とシエルテの手の先に青白い火が浮かんだ。

 ――それは。

 シエルテが最も得意とする、相手を滅ぼすためのウィッチクラフト。

「【我が敵を滅ぼせ】」

 ぽ、ぽ、ぽ、と次々に現れた青白い火は、シエルテが振った腕の動きに合わせ、透けた女達へと向かって飛ぶ。

 追尾するように軌道を変えて追い迫る火を避けることが出来ず、直撃した女達が青く燃え上がった。

 ……青い炎が消えたあとにあったのは、氷漬けになった女達の姿だった。

 ――冥界の火は熱を持たず、触れたものの全てを奪う。

 女達の氷にひびが入り、割れ、砕け、風に溶けるようにして形が崩れ、消え去っていった。

「すごい……!」

 間近に見た魔女の魔術に、オリーは感嘆の声を漏らした。

 動くものの姿が何もなくなった丸太小屋へと、シエルテだけが近付く。

 丸太小屋周辺の地面や、自生している木々の樹皮に魔術的な罠がないか、をシエルテは確かめた後、丸太小屋の前に立った。

「……鍵が掛かっているか」

 森の奥にあるというのにドアノブを備えたドアは、まるで秘密を守るようにしっかりと施錠されていた。

 当然に鍵など持っていないシエルテは、ドアに人差し指の先を当てた。

「【()()()】」

 木製のドアがぐにゃりと曲がったように見えた次の瞬間――轟音をさせて、ドアが小屋の中に弾け飛んだ。

 舞う埃が落ち着くのをしばらく待って、シエルテはゆっくりと小屋の中へと足を踏み入れた。



 ひやりとして湿った空気がシエルテを通り抜ける。

 いつの間にかシエルテの後ろにいたリィナが「カビ臭い……」と呟く。

 格子の入った窓から差す僅かな光が、薄暗い小屋の中をぼんやりと照らし出していた。

 小屋の中には、木製の大きな作業机と丸椅子があり、隅には束に纏めて置かれた薪と、鉄製のストーブが見えた。

「ひっ!」

 リィナの後ろから小屋の中を覗き込んだオリーが、不気味な光景に短く悲鳴を上げた。

 ――小屋中に置かれた木彫りの人形、人形、人形。

 女の形をした大小様々な人形の目が、侵入者を見つめていた。

「な、何ですか、ここ」

 オリーの狼狽した声を聞きながら、シエルテは人形のひとつを手に取った。

「患者の家にあった人形と同じものだな」

「確か、民芸品だって話でしたよね。ここで作っていたのでしょうか」

「ふむ」

 シエルテは人形を戻すと、そのまま作業机の上を物色し始めた。

 作業机の上には人形達の他に、大小の鋸、羽根ペンとインク瓶、丸められた数本の羊皮紙、それに燭台などがあった。

 羊皮紙を一枚ずつ開いて確認した後は、今度はしゃがみ込み、作業机の天板裏側を手で探る。

「あの、ネペタ様、何を?」

「魔術の研究をしていたなら、その記録が――あった」

 シエルテの手が、それを探り当てた。

 天板裏側に紐で括り付けられていたそれは、なめした革で包まれた紙の束だった。

 魔術研究をする魔術師は、研究記録を持ち運ぶことはせず、研究室や工房に記録を隠す事が多い。

 この丸太小屋が魔術の研究に使われていたという証拠が、シエルテの手に握られたそれだった。

 シエルテは包んでいたなめし革を開き、紙の束を確かめていく。

 パラパラと(めく)っていき――シエルテは眉をひそめた。

「それは、魔術の研究記録では……?」

 そわそわしながら訊ねたオリーに、シエルテは紙の束をそのまま手渡した。

「日記だ」

 紙の束に目を落としたオリーの手が震え始めた。

「魔術の研究日誌!」

「アーシェルさん、鼻血が出てきてます」

 リィナに指摘され、慌てて鼻をハンカチで抑えながら、それでもオリーは目を輝かせて日誌を読み続けていく。

 ――その目が、日誌にあった一文で止まった。

「……ネペタ様。何ですかこの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言葉」

「ふむ……男など大半、そんなものだと聞く」

「えぇ……」

 オリーが困惑するのをよそに、シエルテは小屋の中をぐるりと見た。

「――この小屋に見るものはもうないな。次に行こうか」

 リィナが頷き、オリーも遅れて頷いた。

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