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12. 黒衣と白衣

「今日も、同行していいですか?」

 部屋を出て二階から下りたとこで、シエルテとリィナはちょうど一階の食堂で朝食を食べ終えたオリーにそう声を掛けられた。

「……これから患者達に問題がなかったか本屋へ聞きに行く。その後で森まで行くけどそれでも?」

「むしろ願ったり叶ったりです」

 ため息をひとつ吐き、シエルテはリィナを見る。

「あたしは賛成です。生地屋さん、教えてもらう約束してますから。用事が終わったら、案内してもらえば都合が良いと思います」

 オリーが頷く。

「約束、はしてないですけど。それで構いません」

「……別行動はしたがらないし、仕方ない」

「では。ネペタ様、リィナさん。今日もよろしくお願いします」



 三人は宿を出る。

 昨日と同じくオリーに道案内を頼み、真っ直ぐブレナンの本屋へと向かう。

「――魔女様!」

 本屋の扉を開けるなり、待ち構えていたかのようにエリースが駆け寄ってくる。――その後ろを、白衣を着た小柄な老人が、床板を踏み抜かん勢いで足音を鳴らし追ってきた。

 肩を怒らせたその老人は、シエルテを見つけるとシワのある顔で眉を釣り上げ睨みつけた。

「貴様かこのペテン師め!」

 怒鳴る老人を一瞥(いちべつ)したシエルテは、「誰?」とエリースに訊いた。

「隣街のお医者様で――」

「お前のような、人の弱みにつけ込むような人間に名前を覚えてもらいたくはない。不愉快だ」

 紹介しようとしたエリースの言葉を遮り、医師の老人は一方的に(まく)し立てる。

 シエルテは半眼をさらに細めて冷ややかな視線を送った。

「奇遇だな。私も態度がでかいだけの老人の名前など知りたくもない」

「何だと!!」

 老医師が怒りに顔を真っ赤にさせる中、エリースとオリーが老医師とシエルテの間に立った。

「あの、お二人共落ち着いてください!」

「私は落ち着いているよ。この老人には、年相応の落ち着きを学ぶ機会がなかったようだが」

「何だと! 貴様! 貴様っ……!」

 その場で、あろうことか地団駄を踏み始めた老医師の姿に醒めたのか、シエルテはため息を吐いて肩の力を抜いた。

「……わざわざ喧嘩を売りに来たあたり、お前が奇病を診た医者なんだろう」

「そうだ! だから――」

「お前は私をペテン師だと言う。なら、お前はあの奇病をどう説明する?」

「だから……」

 ぶつぶつと文句を言い続ける老医師に、シエルテは「君の診断は」と迫った。

「……それは」

 拳を握ったまま老医師はシエルテから目を逸らし、吐き捨てるように「あれは、精神病だ」と答えた。

「血液検査も薬物検査も結果は“シロ”だった。ならば精神病の可能性が高いだろう。そう結論づけた」

「精神病にも病名はあるだろう」

 シエルテの言葉に、老医師は舌打ちを返した。

「年頃の娘が起こしやすい集団ヒステリーだろうよ」

「ふむ。あれだけ奇妙な症状でありながら、同じ町で何人も発症し、衰弱死まで引き起こしている病がただの集団ヒステリーだと?」

「……狂ったように複数人が踊り続ける病など、それ以外に何がある」

「……」

 心外だな、とシエルテが小さく零した後、一瞬、本屋の中に静寂が戻る。

 ――シエルテが口を開いた。

「昨日、私が診察した患者達には共通点があった」

 シエルテは右手の指を一本ずつ立てていく。

「“若い女性”。“踊る”。“衰弱”。“低体温”。それと“昔からこの町に住んでいる”」

 村が町になる前から住む住民の、歳はまちまちだがまだ若い娘が突然発症し、踊る。低体温、そして衰弱――シエルテが昨日診た患者六人の共通点だった。

「踊るという奇行だけで言えば、精神病だと決めつける診断は安易過ぎると思わないか。踊るというだけなら――『不随意運動』を起こす病ならどれでも可能性があるだろう」

「不随意運動?」

 エリースが訊ねるのと同時に、老医師が眉をひそめた。

「自分の意思とは関係なく、手足などが動いてしまう症状のことだ。しかも、踊っていたように見えるほどの不規則的な不随意運動。患者が本当に踊っていたのでなければ、これが理由になる」

「だから儂はさっき薬物は出なかったと――」

「薬物ばかりが原因にはならないだろう。例えば、『脳内出血』。感染症からの『脳炎』。水銀の摂取によって起こる『水銀中毒』。これらは症状として不随意運動を起こす」

「……水銀中毒か」

 水銀中毒の可能性には思い至らなかったのか、老医師は口元に手をやり小さく唸った。

「リィナが服を作るから私も知っているが、帽子などを作るときに使うフェルト生地。あれを作るのに水銀蒸気を使うことがあるはずだ。この町は生地を作る町だろう。水銀の扱いもあるんじゃないのか?」

「……あるだろう」

「とはいえ、だ。水銀中毒も今回の原因とは違う。歯茎からの出血なども見られないし、下痢や嘔吐という症状もなかった。そもそも患者達の家の場所も職場もバラバラだったはずだ」

 同意を求める視線をシエルテに向けられ、エリースは頷く。

「――だったら。だったら、貴様はこの奇病の原因を何だと考えているんだ」

 老医師の絞り出すような問いかけに、シエルテはさらりと「“憑き物”だよ」と答えた。

「私はそう診断して治療した。奇病は憑依によって引き起こされていた」

 一瞬、目を丸くした老医師だったが、すぐに笑い出した。

「ははは。偉そうに講釈を垂れて何を言うかと思えば……何を熱くなっていたのか儂は。おいペテン師、これ以上余計なことはするな。二度と患者に近づくなよ」

 言い捨て老医師が店を出ていく。

「失礼な……!」

 拳を握り、老医師が出ていった扉をにらみ続けるリィナの背中を、シエルテが軽く叩いて落ち着かせた。

「彼の言う通り、詐欺や効果のない治療をする者も多いのだろう」

 大人げないことをしたと零したあと、シエルテはさて、と仕切り直す。

「私はこれから原因の調査と処理に森へ向かう。いないとは思うが、私が戻ってくるまで森には人を近づけないように」

 エリースが頷く。

 次いでシエルテは、オリーを向いた。

「ここで待っていることもできるが」

 オリーは、迷うことなく「行きます」と答えた。

「怪我などは当然、自己責任になるが?」

「も、もちろんです。なるべくお邪魔にならないよう心がけます」

「ふむ。……リィナもそれでいい?」

「はい」

「ふむ。――ところで君は、空は好きか?」

「空ですか? ……晴れの日に雲を眺めるのは好きですが」

 戸惑いながらそう答えたオリーに、リィナはにんまり笑顔を向けた。

「今日は眺められる側になりましょうか」

「はい?」

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