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10. 更地の魔女の弟子

「あの……何が……」

 今目の前で起きた出来事に、母ジルとエリース、オリーは呆然とする。

 シエルテはアデルの目を覗き込む。

「今抜けていったのが【妖精】だ……ふむ。追い出せたな」

 ぐったりとしたアデルを再び横にしながら、シエルテはあっさりとそう言った。

「もう大丈夫なの……?」

 恐る恐る訊くオリーに、シエルテは頷き返す――それを見て、ジルがアデルに駆け寄った。

 アデルの肩を掴んで小さく揺らす。

「アデル、アデル起きて……」

 何度も呼びかけるジルの声に、アデルがゆっくりと瞼を開いた。

「……う……お、母さん……?」

 漏れたアデルの声に、ジルは強くアデルを抱きしめた。

「ああっ! 良かった!」

 アデルから出た白い煙の発した“森の匂い”が充満する部屋の中、見守っていたエリースは口元を手で押さえて肩を震わせていた。

「しばらくは【憑依】の後遺症で、解魂症と呼ばれる無気力症が続くが心配しなくていい。そのうち治まる」

「はい、はい……ありがとうございます……!」

 何度も礼を言うジルに頷いて、シエルテはリィナに声をかけて寝室を出ようとする。

 それに気づいたジルが、慌ててシエルテの前に回り込んだ。

「お、お待ちください! お金を――」

 引き留めようとするジルの顔前で、シエルテは「その心配はしなくていい」と首を振った。

「そう、なのですか……娘を助けていただいたのに、そんな――」

 シエルテが寝室の入り口に立ったままのエリースに目を向ける。

「だったら彼女に礼を。私をこの街に呼んだのは彼女だから」

 突然、水を向けられてエリースが驚いた顔をする。

「いえ、あの――」

「ありがとう、エリースちゃん」

「……はい」

 お礼を言うジルに向けるエリースの笑顔は、どこかぎこちなかった。



 アデルの家を後にして、少し。

 行きと同じく先を歩いていたエリースがふと足を止め、シエルテを振り返った。

 何かを言おうとしてエリースは少し俯き――ロングスカートを握りしめた。

「単刀直入に、聞きたいのですが……“原因”についてはどうお考えですか」

「原因?」

「おとぎ話について聞かれましたよね? た、例えば誰かが森の奥まで行って妖精を怒らせたのが町で憑依が起きた原因だったり……」

「心当たりがあるのか」

 エリースの肩がびくりと震えた。

「……父はよく、私に店番を任せていなくなることがありました」

「父?」

 シエルテの問いに答えたのはオリーだった。

「ヒック・ブレナンさんです。魔術書の収集も販売もしている『ブレナンの本屋』の店主さんです」

 そんなことを言っていたなと、シエルテは「ああ」と口にする。

「その、アーシェルさんにはまだ言っていませんでしたが、父は先日亡くなりました」

「えっ!?」

 知らなかったらしいオリーが驚きの声を上げた。

「私は、父が今回の奇病の原因ではないかと、その……疑っています」

「ふむ。それが、患者が身内にいるわけでもない君が、魔術師組合に依頼した理由か」

「……はい」

「説明してもらっても?」

「……『ブレナンの本屋』は父が、魔術書を手に入れるために始めたものでした。魔術を勉強するために」

「父親は魔術師だったということか?」

 エリースは一瞬固まり、言葉を選ぶように「ちゃんと聞いたことはありません」と答えた。

「でも、たぶんそうだったのだと思います。その父が、ひと月ほど前に急死して……それからすぐに町で奇病が。私には、父の死も奇病も無関係だとは思えなくて」

「つまり、君の父親が魔術を使うなどして憑依の原因を作った可能性があると考えているのか」

 エリースが真剣な表情で頷いた。

 シエルテは少し考えるように目を伏せた。

「……ふむ。さっきの娘の憑依が魔術由来かといえば、直接的には違う、と言える」

 肯定とも否定とも取れるシエルテの物言いに、エリースは困惑した表情を浮かべる。

「そう、なのですか……」

「だが、この時代に森から妖精が町へ現れること自体、珍しい。それが複数人に憑依するほどの数でだ。故意かどうかはわからないが、人為的なものである可能性は十分ある」

「……やはり。では――」

「もしそうなら、それは()の仕事だ。そっちの方は君が心配しなくていい。それより他の患者治療はしなくていいのか? もちろん、料金はかかるが」

 はっとしたエリースとシエルテの目が合った。

 悩む素振りも見せず、お願いしますと口にしたエリースに、シエルテは頷き返した。

「ならば、患者のところへ案内を頼む。この町にはさっきの娘の他に、患者は何人いる?」

「私の知る限り、あと五人です」

「ふむ。五人程度なら今日中に済むだろうし、森には明日行こう。――それでいいか?」

 リィナとオリーが頷き、エリースは短く「はい」とだけ返事をした。



 エリースの案内で患者宅をまわって診察、治療をして夕方――。

 オリーが泊まっているという町外れの民宿を紹介され、シエルテ達も部屋を取った。

 木造の古民家二階の一室。

 オリー・アーシェルは薄暗くなった部屋の中でランプの明かりを頼りに、紙にペンを走らせていた。

 魔術師に強い憧れを持つオリーにとっても、また、オリーの研究対象である魔術史研究にとっても今日の出会いは正しく奇跡だった。

 ふとオリーはペンを止め、うっとりとした顔でため息と共に熱を吐き出した。

「まだ夢を見ているみたい……」

 オリーは床に置いたリュックに手を伸ばす。背負えばオリーの姿など隠してしまえそうなほど大きなリュックの口から取り出したのは、いかにも古い本。

「シエルテ・ネペタって、そう、よね」

 本のページを(めく)り、オリーはその名を見つける。


 ――魔術師の歴史を語る上で、決して外せない名前は四つある。

 魔術師が二人と、魔女が二人――。

 そのうちのひとり、『冷たい月のヴィヴィアン』。あるいは『更地の魔女』と呼ばれた古い魔女にはあまり知られていないが弟子がいた。

 弟子の名を――シエルテ・ネペタ。今から三百年前に登場する名前だった。


 その途方もなさにオリーは目眩がする。――名を(かた)っているわけではないだろう。あの半眼の少女が、そういう虚栄(きょえい)を張るタイプには見えなかった。

 本物の魔女。それも、伝説の魔女の弟子。

 シエルテに聞きたいことはたくさんあった。

 魔女の使う魔術のこと。伝説の魔女のこと。今は失われた魔術のこと。呪術のこと。それと『魔女の蔵』のこと。

「おそろしい魔女の弟子、か……いけない、いけない」

 興奮で鼻血を出しそうになり、オリーは手で顔をあおぎ息を吐く。

 いつもの勢いで突撃して、嫌われてしまっては意味がない。

 気を取り直すようにオリーはメガネを掛け直した。

「……うん。とにかく、コミュニケーションをとってわたしを認めてもらわないと」

 そうだ、とオリーは椅子を立つ。

 土地勘のない二人を夕食に誘う――そんな“妙案”を思いつき、オリーは手早く身支度をすると部屋を出た。

 向かいの、二人が泊まっている部屋のドアをオリーはノックする。

「……あれ?」

 もう一度ドアをノックするが、中から応答はなかった。

「……もう行ってしまった後、ですか。残念」

 オリーは肩を落として呟くと、仕方ないとそのままひとり、夕食のために宿を出ていった。

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