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1. プロローグ 出会い

「……捨てられたか」

 雨の中、黒いローブに身を包んだ少女が呟いた。

 半眼をした少女の視線の先、路地裏の闇に隠れるようにうずくまる子供がひとり。

 石壁にもたれかかり、うずくまる薄汚れた孤児のその姿は世界中どこの国でもよく見かける、特段、珍しくもない光景であり、聖者ではない少女が気にすることではなかった。

 ――だから、少女が孤児の前でしゃがみ込んだのは……ただの気分、気まぐれとしか言いようがないものだった。

「『……誰?』」

 孤児の話した言葉に、少女は眉をわずかに動かした。

「『君はサリシラーフ国の子か?』」

 こくり、と孤児が頷く。

 少女が話したのは海向こうにある国、サリシラーフの公用語。

「『名前は?』」

「『……リィナ』」

「『リィナ? ……君は女の子なのか?』」

 またこくり、と孤児――リィナは頷いた。

 着ているのは、あちこち擦り切れた麻のワンピース。よく見ると、サリシラーフ人に多い褐色の肌と、髪は白に近い銀髪をしていた。

「『助けて、ください』」

「……」

 リィナが少女に手を伸ばす。

 その手を見て、少女は半眼だった目をさらに細めた。

 ――両手の指が黒く変色している。

 いくつかの指は第二関節までまるで木炭に変じてしまったかのようで、特に酷い指は指先がすでに欠損していた。

 少女は少しの間、考え込むような素振りをみせた後ため息を吐き、「『私と一緒に来なさい』」と告げた。

「『え……』」

 あるいは食べ物を恵んでもらおうとしていたリィナは、予想外の提案に固まった。

 リィナが少女の顔を見る。

 何を考えているのか読めない半眼。

 ローブのフードから覗く金の髪以外、何もわからない少女――リィナの自分を見るその瞳に、困惑と恐怖の色を読み取り、少女は自分の胸に手を当てた。

「『私はシエルテ・ネペタ。魔女だ』」

「『ま――』」

「『警戒しなくていい。危害を加えるつもりはないから。ただその指を治してあげようというだけだ』」

「『ほんとう……?』」

「『嘘は言わない』」

 少女――シエルテは立ち上がると、リィナの腕を取り立たせた。

 雨に濡れたリィナは、立たせてみると改めて酷い姿をしていた。

 頭皮の油でべったりの長い髪。頬も痩せこけている。手は黒く変色し、腕も足もやせ細っていた。

「『ふむ。……そのまま動くな』」

 シエルテが何かを呟き軽く指を振る。たちまちリィナの頭上に水球が現れ、弾けた。

 頭から水を被ったリィナは思わずぎゅっと目を瞑ったが、すぐに目を見開いた。

「『あ、温かい……!』」

「『そのまま』」

 また何かを呟き、シエルテが指を振る。

 ――瞬間、リィナに向かって強風が吹き、あっという間にリィナの濡れた体を乾かした。

「『乾いたな。ふむ。ではこのまま行くぞ』」

 そう告げるなり、シエルテはくるりと道路の方に振り返り歩き出した。

「『……』」

 数秒。

 呆然としていたリィナは意を決すると、シエルテの後を慌てて追いかけた。



「『これからホテルに移動する。そこで君の治療をする』」

 リィナがついてきた事を確かめて、そう話したシエルテにリィナは頷く。

 何故か何度も同じ道を通りながらホテルを目指し、やがてシエルテは目的のホテルにたどり着いた。

 そこは、古い街並みには不似合いなまだ真新しいコンクリート製のビルだった。

「ようこそ当ホテルへ」

 入口に立つベルボーイにガラス扉を開けてもらい、二人はホテル内へと入った。

 慌ただしく荷物を運ぶホテルマンが、二人の前を通り過ぎる。

 敷かれた赤いベルベットの絨毯や内装からは高級感が漂い、正面に見えるカウンターやロビーに置かれた椅子に腰かける宿泊客も身なりのいい人間ばかりだった。

 そんな中をシエルテは気後れすることなく、フロント横のエレベーターへと向かう。

 リィナは場違い感に身を竦ませながら、それでも立ち止まることなくシエルテにぴったりとくっついてロビーを歩いた。

「301号室に宿泊している。三階に頼む」

「承りました」

 応対したのは、パリッとした制服に身を包んだ若いホテルマンだった。

 ホテルマンがエレベーターの蛇腹式扉を開ける。

 中には立派な髭をした係員と、革張りの椅子、それとロープコントロールのための麻ロープがエレベーター天井からかごの床を貫通していた。

 シエルテとリィナがかご内に乗り込むと、係員は扉を閉め、麻ロープを強く引いた。

「三階に上がります」

 エレベーターはとてもゆっくりとした速度で上がっていき……三階に着くと止まった。



 角部屋の301号室。

 黒ローブの内側から鍵を取り出したシエルテは、鍵を差し、回す。

 部屋に入ると、リィナは思わず感嘆の声を漏らした。

 広い部屋にテーブル椅子と、整えられたベッドが二つ。高そうな調度品と、落ち着いた色合いで花柄の刺繍がされた絨毯。大きな窓ガラスの向こうには、意匠の凝ったロートアイアンの窓手すりが見えていた。

 それらは、リィナにとっては見たこともない光景だった。

「……さて。『君、そこの椅子に座ってくれ』」

 リィナが頷き椅子に座るその間に、シエルテはローブを脱ぐ。

 フリルのついた白いブラウスに、黒いロングスカート姿。

 右肩に金色の長い髪を束ねて流した、見た目十六、七の美少女――シエルテは、テーブルの上に置きっぱなしにしてあった革張りのトランクに手をかけた。

「『君の治療を始める』」

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