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第4話 恵みの雨と、予期せぬ出費

次の週末、俺はスキップでもしそうなほど浮かれた気分で、アパートのドアをくぐった。

キラミンとコロポムが、まるで飼い主の帰りを待つペットのように、ドアの前で俺を出迎えてくれる。この光景も、すっかりお馴染みになった。


「ただいま、2人とも。畑の様子、見に行くぞ!」


俺の言葉に、コロポムは「ポミュ!」と元気よく跳ね、キラミンは「キュイ!」と嬉しそうに光をまたたかせた。

3人で連れ立って、湖畔の畑へと向かう。

そこには、俺の期待を遥かに超える、感動的な光景が広がっていた。


「うおぉぉ! すげぇ! めちゃくちゃ育ってる!」


俺が作った不格好な畝から、緑色の小さな双葉が、力強く、そしてびっしりと顔を出している。

先週、種を蒔いたばかりだというのに、その成長速度は、日本の野菜の比じゃない。これも、コロポムが作り出してくれた、この世界の豊かな土壌のおかげだろう。

俺は、そっと膝をつき、小さな双葉に指で触れてみた。

柔らかく、瑞々しい。確かな生命の息吹を感じる。

会社で、何百万円の契約を取った時よりも、ずっと、ずっと胸が熱くなる。

これが、自分の手で何かを「育てる」ということなのか。


「見てみろよ、コロポム。俺たちが作った畑だぞ。すごいだろ?」

「ポム!」


俺が言うと、コロポムも誇らしげに胸を張った。

この小さな畑は、俺たちの希望そのものだ。

『名もなき滋養の芋』と、新しく植えた野菜たち。これらが育てば、安定した食料と、そして、この世界で生きていくための「資金」になる。

順調だ。あまりにも、順調すぎる。

そんな、浮ついた俺の心を、自然は見逃してはくれなかった。


西の空が、急速に黒いインクをぶちまけたように、染まっていく。

さっきまで聞こえていた鳥の声が、ぴたりと止んだ。

生暖かい風が、ざわり、と森を揺らし、湖面を波立たせる。

経験の浅い俺でも分かる、嵐の予兆だ。


「……まずいな。来るぞ。2人とも、戻るんだ!」


俺たちは、慌てて拠点であるタープの下へと駆け込んだ。

その直後だった。

ゴロゴロゴロ……!

腹の底に響くような、重い雷鳴が、世界を震わせる。

そして、

ザァァァァァ……!

空に穴が空いたかのように、猛烈な雨が、地上へと叩きつけられ始めたのだ。


ただの布一枚の屋根など、気休めにしかならない。

風に煽られたタープが、バタバタと狂ったように暴れる。

横殴りの雨は、容赦なく吹き込み、地面を叩く雨水が跳ね返り、あっという間に、荷物も、俺たちの体も、びしょ濡れだ。


「さ、寒い……」


急激に下がった気温に、ブルリと、体が震える。

コロポムも、俺の足元でボールのように小さく丸まり、ぷるぷると震えていた。

火も起こせず、ただ吹き込む雨風と、轟く雷鳴に耐えるしかない。

ピカッ!と空が光るたびに、一瞬だけ照らし出される森は、まるで牙を剥く巨大な獣のようだ。

俺は、自分の無力さを、心の底から痛感していた。


「クソッ……!」


畑が、どうなっているだろうか。

まだ根付いていない苗や、植えたばかりの芋が、この豪雨で流されてしまったら……?

俺の投資が、俺たちの未来が、文字通り、水の泡と消えてしまう。

それだけじゃない。このタープが、もし破れたら? 風で吹き飛ばされたら?

俺たちは、この嵐の中で、完全に無防備になる。


この時、俺の脳裏に浮かんだのは「ログハウス」の姿だった。

雨風を完全にしのげる、頑丈な壁と屋根。

暖炉の火がパチパチと燃える、温かい室内。

それは、もはや単なる趣味のDIYじゃない。この世界で、安全に、快適に過ごすための、絶対に必要な「砦」なのだ、と。


そして、もう一つ。

『光』の重要性だ。


雨雲のせいで、まだ夕方だというのに、辺りは夜のように暗い。

その闇が、恐怖を増幅させる。

持ってきたLEDランタンは、確かに明るい。だが、その光は鋭く直線的で、照らせる範囲は限られている。

ランタンの光が作る、濃い影の向こうで、ガサガサと何かが動く音がするたびに、心臓が、ひゅっと縮み上がった。

もっと、こう……空間全体を、ふんわりと照らしてくれるような、安心できる光が欲しい。


何時間、そうしていただろうか。

雨足が、少しだけ弱まってきた。

今のうちに、濡れていない薪を確保し、体を温めなければ、本当に体調を崩してしまう。

俺はランタンを片手に、震えるコロポムに「大丈夫だ、すぐ戻る」と声をかけ、意を決してタープの外へ出た。


森の中は、雨に濡れて、植物の匂いが一層、濃くなっている。

その、暗い森の奥で。

ポゥ……

不意に、蛍のような、温かい光が灯っては、消えるのが見えた。


「……なんだ?」


獣の目か?

いや、それにしては、光が優しすぎる。

俺は、まるで何かに導かれるように、その光の方へと、ゆっくりと歩を進めていた。


光の源に近づくと、それが、イバラの枝に絡まって、身動きが取れなくなっている、小さな光の玉だと分かった。

大きさは、ソフトボールくらい。

綿毛のようにふわふわした体で、その中心にある、パッチリとした大きな目が、苦しそうに、俺を見つめている。

光は、弱々しく、点滅を繰り返していた。


――助けなきゃ。


理屈じゃなかった。

俺は、バックパックから革の手袋を取り出すと、絡みついたイバラの鋭い棘に気をつけながら、慎重に、その光の玉を助け出した。

「もう大丈夫だぞ」

そう声をかけると、俺の掌の上で、光の玉が、ぽわん、と一際、温かい光を放った。

スキル『絶対友好』が発動し、信頼の感情が流れ込んでくるのを感じる。


「キュイ!」


自由になった光の玉は、嬉しそうに一声鳴くと、俺の周りをくるくると飛び回り、俺の肩の上に、ちょこんと乗った。

こいつが、2人目の仲間、光の精霊『キラミン』との出会いだった。


俺が拠点に戻ると、キラミンは、まるで自分の役割を理解しているかのように、ふわりとタープの中心に浮かび、辺り一面を、温かい光で照らし始めた。

さっきまでの、心細い闇が嘘のようだ。

そこはもう、ただの雨宿りの場所じゃない。

温かい光に満ちた、安心できる『我が家』のようになっていた。


俺は、キラミンを助けた時に、イバラに引っかかってちぎれた、キラミンの体の一部――米粒ほどの大きさの「綿毛」が、自分の手袋についているのに気づいた。

ただのゴミだ。捨てようとした、その時。

ふと、好奇心が湧いた。

これを、「売却」したら、どうなる……?


俺はドアのそばへ行き、スキルを発動。

指先の綿毛を、おそるおそる鑑定してみる。


『アイテム名:光精の綿毛(0.1g)』

『査定額:12,000円』


「…………じゅ、じゅうにまん!?」


違う、ゼロの数を間違えた。

1万2000円!?

この、綿ゴミみたいなのが!?

俺の、ブラック企業での日給よりも、ずっと高いじゃないか!


俺は震える指で「承認」を念じた。

綿毛が消え、即座にスマホが鳴る。

【お振込 12,000円】


俺は、自分の肩の上で、無邪気に光を放つキラミンを見上げた。

こいつは……歩く、いや、飛ぶボーナスだ。

もちろん、キラミン自身を売るなんて、絶対にしない。こいつは、雨の夜に俺たちを救ってくれた、大事な家族だ。

だが、自然に抜け落ちた綿毛を拾って売るくらいなら……バチは当たらないだろう。


嵐のせいで、畑への投資は大きな打撃を受けたかもしれない。

だが俺は、それを補って余りある、とてつもない「財源」を、この夜、手に入れたのだった。

嵐が過ぎ去った後の暗闇の中で、俺は、未来への、確かな光を見出していた。

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