第2話 赤字スタートの異世界開拓と、最初の換金アイテム
チュン、チュン……。チチチ……。
柔らかな鳥の声が、鼓膜を優しく揺らす。
都会の喧騒とは無縁の、生命力に満ちたコーラスだ。
ゆっくりと瞼を開ける。
視界に飛び込んできたのは、乱反射する朝の光。木々の葉の隙間から、まるでスポットライトのように光の筋が何本も降り注ぎ、地面の苔をキラキラと照らしている。
「…………そっか。俺、異世界に……」
昨日までの、けたたましいアラーム音に叩き起こされる朝とは、全く違う。
鉛のように重い体を引きずって、満員電車に揺られることもない。
大きく息を吸い込むと、肺が、澄み切った空気で満たされていく。湿った土の匂い、深い森の香り、そしてどこか甘い、名も知らぬ花の香りが混じり合った、生命の匂いだ。体が、驚くほど軽い。細胞の一つ一つが、喜んでいるのが分かる。
これが、俺の新しい週末の朝か……!
それにしても、この状況。まるでゲームの世界だ。
ゲームと言えば、定番のアレは……もしかして。
「……ステータス、オープン」
ダメ元で、そう呟いてみた。
すると、どうだ。
ポロロン♪
軽やかな電子音と共に、
俺の目の前に、半透明の青いウィンドウが浮かび上がった。
「うわっ、マジかよ!? 本当に出た……!」
SF映画で見たような、美しいデザインのウィンドウ。そこには、俺の「スキル」が、くっきりと記載されていた。
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【ユニークスキル】
・『空間接続(次元の扉)』
└ 自宅のドアと、認識した特定座標を接続する。意志の力で開閉可能。
・『絶対友好(もふもふ限定)』
└ もふもふ、あるいは愛くるしいと認識した生物に対し、絶対的な友好関係を築くことができる。
・『等価交換』
└ 購入: 日本の通販サイトで購入した物品を、自身の銀行口座残高を対価として転送する。
└ 売却: 異世界で入手した物品をスキルに認識させると、瞬時に日本円での価値が査定され、承認と同時に物品は消滅し、査定額が自身の銀行口座に振り込まれる。
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「…………マジか」
俺は、3番目のスキル『等価交換』の説明文を、何度も、何度も読み返した。
通販サイトが使える。それは、最高のチートだ。
だが、その隣に書かれた一文が、俺の脳天をガツンと殴った。
――自身の銀行口座残高を対価として転送する。
つまり、タダじゃない。支払いは、俺のリアルな給料から引かれる、ということか。
俺は慌てて、スマホのネットバンキングアプリを開いた。
残高、38万4520円。
先週、給料が振り込まれたばかりの、俺の全財産だ。
大金に見えるかもしれないが、東京で一人暮らしをしていれば、家賃や光熱費、食費であっという間に消えていく。
「……無駄遣いは、できないな」
夢の楽園作りは、いきなり「予算」という現実の壁にぶち当たった。
だが、希望はあった。
「売却」の項目だ。
瞬時に査定、即時振込……? なんだその神システムは。フリマアプリみたいに、梱包や発送の手間も、買い手とのやり取りもいらないっていうのか?
だとしたら、俺が今、真っ先にやるべきことは一つだ。
この世界にある何かを、日本円に換金すること。
この週末スローライフを、赤字経営で終わらせないために。
俺が今後の資金計画に頭を悩ませていると、足元でコロポムが「ポミュ!」と鳴いた。腹が減った、という合図らしい。
俺は一緒に、コロポムが食べられるものを探し、そいつが土の中から美味そうに芋のようなものを掘り出して食べるのを見届けた。
その時、俺の頭に電流が走った。
これだ。俺が探すべきは、こういう物だ。
日本にはない、この世界固有の産物。
もしかしたら、これが「売れる」かもしれない。
「コロポム、悪い! その芋、1個だけくれないか?」
俺はコロポムから芋を1つ譲ってもらうと、急いでアパートのドアへと戻った。
スキルの効果範囲は、まだよく分からない。だが、ゲートの近くが一番確実だろう。
俺は、震える手でスキルを発動し、「売却」のコマンドを選択。そして、泥のついた芋を、スキルに認識させた。
『鑑定しますか?』
心の中で「はい」と念じる。
すると、目の前に、新たなウィンドウがポップアップした。
『アイテム名:名もなき滋養の芋』
『査定額:1,850円』
「いっ……!? いっせん、はっぴゃくごじゅうえん!?」
声が、裏返った。
この、泥だらけの芋が1個、1850円!?
都内の高級スーパーで売ってる、ブランド野菜も真っ青の値段だ。
俺は、唾を飲み込み、「承認」のボタンを、強く、強く念じた。
シュンッ、と軽い音を立てて、掌の上の芋が光の粒子になって消える。
その直後。
ブブッ、と、ポケットのスマホが震えた。
画面には、俺が使っている銀行アプリからの、入金通知が表示されていた。
【お振込 1,850円】
「…………マジだ」
俺は、スマホの画面と、目の前に広がる雄大な森を、交互に見た。
さっきまで、ただの癒やしの風景だった森が、
今や、巨大な宝の山にしか見えなかった。
こうして、俺の赤字確実だった異世界開拓は、
「一攫千金」という、新たな、そして、とてつもなく胸躍る目標を得たのだった。