出来損ない令嬢ノエルはもう止まれない!
ーーベルティ王国
魔法に溢れたこの国で王家を裏から支えるアリアン公爵家……。
そこには魔法の才に恵まれた子供達が居た。
火の魔法師、ドーム
風の魔法師、レイチェル
水の魔法師、バレード
彼等は最高の魔法師の称号である"グランド"の称号を史上最年少で得た天才達だった。
しかしアリアン公爵には称号を持たない者も居た。
一番末っ子であるノエルは魔法の才には恵まれなかった。
由緒正しいアリアン公爵家にとっては異例の事態だった。
『出来損ないの公爵令嬢』『役立たず』
ノエルはアリアン公爵家の中で、そう呼ばれていた。
この国の伝統で、魔法属性を数多く得る為に一夫多妻を取っている。
故に子供達の間でも争いは絶えなかった。
より強い者がアリアン公爵を継ぐ事が出来るからだ。
一番上の兄のバレードと、二番目の兄のドームの相性は属性的にも性格的にも最悪である。
姉であるレイチェルも負けん気が強く二人に引けを取らなかった。
しかし彼女は、この国の王太子であるマーベリックに一目惚れしてから、後継争いから身を引いていた。
今や最も王妃に近いとされている婚約者候補の一人だ。
それまでの三つ巴の争いは魔法の力も強いだけあって、屋敷が壊れてしまいそうに激しかった。
ノエルの母は産後の肥立が悪く、ノエルを産んで亡くなってしまったと聞いていたが……本当は。
(まぁ……いいんだけど)
その為、兄姉から嫌味を言われる時は決まって『人殺し』と呼ばれる事もあったが、そんな侮辱とも取れる発言を聞いても、ノエルは無反応を貫いていた。
何故ならば三人に力で敵わないから。
酷くなっていく暴言を止める術はなかった。
そして一番厄介だったのは父がノエルの母を一番深く愛していたという事実だ。
それは今でも変わらない。
その為、アリアン公爵夫人達……つまり彼等の母親からもノエルは疎まれている。
白い雪のような肌にライトゴールドの髪と珍しい水色の瞳は人形のようであった。
他の兄姉達は死んだ母に似た容姿を持つノエルをアリアン公爵が愛していると思っているようだが、アリアン公爵はそんな生温い理由でノエルを"気にかけている"訳ではない。
しかし外側からみれば、力のないノエルを気に掛けて可愛がっているように見えるのだろう。
そんなアリアン公爵は兄姉の中で一番、力のない自分を公爵に添えようとしているのだが、そんな事実を知ったら兄姉達は発狂してしまうだろう。
「ノエル……公爵にならない?」
「ならない」
「何で?」
「逆に、なんでなるって言うと思った訳?」
「普通に人間として暮らしてほしいなーって、父は思うんだよね」
「…………ふーん」
「カッコいい旦那さんと可愛い子供に囲まれて、ピクニックしたりなんかしてさぁ」
「そういう事を言っても無駄。奴らを力で捩じ伏せて二度と口を開けないようにしたい」
「自由にして」
「無理だ」
「あ゛あぁ……!今すぐに奴らをぶっ飛ばしたい!!ちょっと!一瞬でいいからあぁッ」
「いやいや、一瞬でも自由にしたらあの子達、絶対に死ぬじゃん。それにノエルに国から出られたら世界が困るからさぁ」
「じゃあ、どうにかしてよー!」
「父だってノエルの幸せを願ってるけどさぁ~無理なんだって」
「結局、どっちの味方なの?」
「そりゃあ愛する娘の味方だと言いたいけど…………ノエルが逃げたら殺さなきゃいけないだろう?」
「…………」
父は普段はふざけているように見えるが、とてつもない力を持っており“ノエル"の管理を任されている。
ノエルのその力は極秘に守られており、危険度S級と認定とされていた。
無闇に力を使う事を禁じられていたのだ。
それを知らない兄姉は今日もノエルを邪険にしていた。
「……おいっ、役立たず!邪魔だ」
「本当……アリアン公爵家の血が入っているとは思えないわ」
「父上はどうしてこんな奴を可愛がるのか理解出来ない………出来損ないめ」
ノエルは魔法に関する呪文を声を"出せない"ようにされている。
首にある黒いチョーカーは幼い頃に付けられたまま外せないようになっている。
だから魔法で対抗出来ない以上、反抗出来ないという訳だ。
何もできないノエルはその辺の一般人よりも、ひ弱なのである。
長年姉と兄に虐げられていて学んだ事は何も反応を返さない事。
一度、階段から突き落とされて大怪我をした事もあった。
その時は……流石に殺意が湧いた。
憎しみは膨れ上がる一方で発散出来はしないので常に爆発寸前だ。
しかし、その事で彼等は相当キツイ罰を受けたそうだ。
ノエルに怪我をさせれば父から重い罰を受ける為、傷付けられることは無かったが、居ない隙を縫って容赦ない言葉を浴びせられるのである。
その日から物理的な被害は一切なくなったが、代わりに暴言は酷くなった。
(また始まった……)
こうして苛立ちとストレスを吐き出す事で外面を保っているのだ。
そして今日も憎しみを募らせて黙って耐えていた。
ーーーそんなある日の事
アリアン公爵が国境に入り込もうとするSクラスの魔獣を退治に向かっていた時だった。
バレードとドームの喧嘩は過去最高の激しさを記録していた。
地震のように屋敷がグラグラと揺れている。
そしてレイチェルは、平民出身の聖魔法の使い手であるアニスにこの国の王太子のマーベリックの好意を全て奪われて、最高潮に苛立っていた。
その矛先は勿論、屋敷でのんびりと過ごしているノエルに向かう。
「役立たずッ!!早く出て行け」
「貴女の顔を見ていると苛々するのよ!!屋敷から出て行きなさい」
「ーーアリアン公爵家の恥晒しめ!お前はいらないんだよッ」
相当、虫の居所が悪いのだろう。
次々と吐かれる暴言はいつものことだ。
けれどいつもと違う事があった。
それは兄姉達がノエルは追い出そうとした事だった。
父が居ない今……こんなチャンスを生かさない手はない。
「……お兄様、お姉様」
「何だ?喋るなよ、気色悪ぃ……」
「何様のつもり!?」
そんな挨拶のような暴言を平然と無視して言葉を続けた。
「実は……わたくしはお父様に屋敷から出れぬ様に縛られているのです」
「は……?」
「出られないように!?そんな訳……ッ」
「だが、有り得ない話ではないぞ……?父上は絶対にノエルを外に出さない」
「そんなにこの女が大事なのかしら!?お父様の目は本当に節穴ねッ」
そのお父様の目が節穴ではないから困っているのだ。
あの適当に見える性格もわざとなのだろう。
父は兄姉達が持つグランドの更に上で、国に三人しかいないロイヤルグランドの魔法師である。
ロイヤルグランドはグランドの魔法師三人分とも言われている。
そして目の前には性格クソでもグランドの称号を持つ魔法師が三人もいる。
つまりは兄達と姉が力を合わせれば、公爵家に縛り付けていた枷が外れる可能性が高いというわけだ。
今までムカつき過ぎて気付かなかったが、父の居ない隙に彼等の力を利用して使えばいい。
「ずっと聞いてみたい事があったのですが……」
「下らない事を言ったら、その口引き裂いてやる」
「お兄様達とお姉様が力を合わせれば、お父様の魔法を破れたりするのですか?」
「は……?お父様の魔法を!?」
「……最年少でグランドの称号を得たお兄様達なら可能かと思ったのですが、やはり厳しいですよね?」
「!?」
「なっ……」
「だってお父様はロイヤルグランドなんですもの」
「……」
「それが破られさえすれば"役立たず"のわたくしはアリアン公爵家から去ることが出来ます」
「……は?何を」
「でも、きっと無理に決まっているわ……!」
目の前で魔力がブワリと大きくなるのを感じて、口元を押さえながらニヤリと唇を歪めた。
「いくら最年少でグランドを取ったとしても、グランドは所詮グランド……ロイヤルグランドのお父様には敵わないですものね」
「!!」
「ああ、いいのです……!無理なお願いをしているわたくしが悪いのですから」
後ろで見守っていると、薄っぺらい紙に小さな亀裂が入るのと同時にチョーカーにも僅かな傷が付いた。
そんな状態が三十分程続いた頃だろうか。
流石に魔力が持たないのか三人共、その場に座り込んでしまった。
「はぁ……はぁ」
「めちゃくちゃ固いぞ!?どうなっているんだ」
「わたくし達、三人でもお父様に敵わないって事!?有り得ないわ」
悔しい気持ちは察するが、時間は着々と迫っていた。
もし今回の事がバレれば、更に拘束がキツくなってしまうかもしれない。
そうなれば逃げるチャンスはなくなり、自由への道は閉ざされてしまう。
此処でずっと文句を言われ続けるなんて、想像しただけでも吐き気がする。
(はやく、早く……!お父様が帰ってきたら、わたくしの人生が終わってしまうわ)
先程のように煽ったとしても無駄に体力を使わせるだけになってしまう。
急かしたとしても、こちらの言う事を聞くとは思えない。
(どうすればいい……?)
逃げる時間も考えてあと五分程で破って欲しい所だ。
「皆で力を合わせてみてはどうでしょうか?」
「ッ、やってる!!」
「煩いわね!役立たずは黙ってなさいよ」
そんな中、ドームがブツブツと呟いている。
「この綻びを利用して……いや、一点に力を」
「……!!」
そんな姿を見逃さなかった。
「さすがバレードお兄様!こんな時でも冷静で素晴らしいですね」
「「……!!」」
「余裕が感じられます……!バレードお兄様ならきっと出来ます!!」
「と、当然ですよ!!」
嬉しそうな表情を隠しているようだが、バレバレである。
三人は常にライバルとなり"アリアン公爵"の座を争っている。
レイチェルはマーベリックに恋をしてからは勢いはなくなったが、ドームとバレードに関しては常に互いを意識している。
故に普段は何も言わないのに片方を急に褒めれば……。
「ははっ、バレードに出来る訳ないだろう?」
「はっ……力任せにしても無駄だとまだ気付かないのですか?」
「だったら、どうすればいいのか分かるのかよ!?」
「だから、それを今考えているんですよッ!!」
「所詮その程度かよ」
「頭が足りない下等な奴に言われたくないですね!この綻びにすら気付けない馬鹿に」
「あ゛ぁ!?」
喧嘩が始まりそうな雰囲気に溜息を吐いた。
怒りの底力を利用しようと思ったが、いまいちである。
あの父に、どうこの事を誤魔化そうかと必死に頭を巡らせていた時だった。
「……わたくしがこの綻びをこじ開けるから、バレードお兄様が圧で広げてドームお兄様が力を真っ直ぐに込めたら、何とか破られるんじゃないかしら?」
「何だと……!?」
「確かに……理論上はそれならいけそうですね」
「ならさっさと始めましょう。お父様の匂いを風が運んで来た……あと二十分もすれば此処に着いてしまうわ。この役立たずを遠くまで運んで捨てるにしても、手段は選んでられないわ」
「…………」
「……分かった」
「やってみましょう」
「…………目障りな奴を追い出す為よ!なんだってやるわ」
ギロリと睨みつけられて、ニヤけるのを抑えていた。
先程から追い出す気満々であるが、此方としては「待ってました」と嬉しい限りである。
同性であるレイチェルはドームとバレードよりもずっとノエルにライバル意識を持っている。
父に……というよりは誰よりも一番に愛されたいという願いが根底にあり、それに勝る者がいると、自分と比べては勝手に悔しがっていた。
恐らく、ノエルを追い出せば自分が一番に愛されると思っているのだろう。
(レイチェルが協力的で良かった……ウフフ)
笑みが溢れそうになるのを懸命に堪えていた。
顔を伏せて肩を震わせているのを悲しんでいると勘違いしている三人はこの姿を見て更にやる気が上がったようだ。
自分の兄姉ながら、なんて性格が歪んだ奴等なのだろうと拍手を送りたくなってしまう。
やる気が増している三人はタイムリミットが迫っていると分かり、大きく息を吸い込んで吐き出した。
レイチェルの作戦を実行する為だろう。
「行きますわよ!!」
「おう!」
「……行きましょう」
レイチェルが綻びをこじ開けて、バレードが水圧で固定する。
そしてドームが力を込めて炎を放った瞬間……。
ーーーーパキッ
首のチョーカーが音を立てて壊れたのが分かった。
力が凄い勢いで解放されるのと同時に、膝をついて両手で顔を覆った。
「……ッ!」
「はっ!俺達に出来ないと思ったんだろうが、残念だったな」
「アンタはこっから出て行くのよ!大丈夫……安心して?歩いて帰ってこれない遠くまで送ってあげるから!!直ぐに死んじゃうかもしれないけどね!アハハハ」
「ふふっ、父など我々は直ぐに追い越してみせますよ!!」
各々、喜んでいるところ申し訳ないが、此方も喜びを爆発させたくて仕方ない。
「…………ふふっ!」
「!?」
「っ、何がおかしいのよ!?」
「ショックで頭がおかしくなったんじゃないですか?」
「レイチェル、さっさと運べよ」
「わたくしに命令しないで!」
「…………」
レイチェルが右手を掲げて此方に向ける。
だが、何も起こらない。
「……え?」
「おいっ!何してるんだよ」
「遠慮しているのですか?父上への言い訳なら……」
「ッ、違うわ……!」
けれど何回手を振り上げたとしても同じだった。
「!?」
「はぁ……何やってんだよ」
「魔力切れですか?……情けない」
「ちがっ……えっ?何、これ……!?」
「…………レイチェル?」
「お、おかしいわ!おかしいッ」
「どうしたんだよ」
「魔法が……っ、なんで!?」
それを聞いて、ゆっくりと立ち上がった。
カラン、と音を立ててチョーカーが床に落ちた。
重みが……枷が外れたことに唇が歪む。
声が堪えられずに喉から漏らしていた。
「アハ……」
腹が捩れそうだ。
やっと訪れた解放に安堵と共に込み上げてくる。
魔力が血液を巡っていく久しぶりの感覚に気分が高揚していた。
「なんだ、何なんだよ!この力は……!?」
「あり得ません……これは、まさか」
「わたくし達より……いいえ、お父様より……ッ!」
その言葉を聞きながら、長年苦しませてもらった特注の枷を粉々になるまで、何度も何度も踏み潰していく。
ーーガンッ、ガン
ドレスの裾を捲りながら、何度も足を床に叩きつけた。
床に穴が空いて靴はぐちゃぐちゃに壊れて、ドレスは破けていってもお構いなしだ。
その狂気じみた行動に三人は唖然としている。
「お、おい………」
それから動きにくいドレスをビリビリと力任せに引き千切っていく。
「ノ、ノエル……お前」
一番上の兄、ドームに名前を呼ばれて視線を合わせる。
怯えるように大きく肩を揺らした彼を見て唇を歪めた時だった。
「うわぁあぁ……!」
バレードから水の魔法が放たれる。
しかし体に当たる前に蒸発するように一瞬で消えてしまう。
そしてパチンと指を鳴らすだけでバレードは一瞬で壁にめり込んでしまった。
パラパラと破片が落ちるのを横目で確認しながら、指を一回横に振ると、体は何かに押し潰されるように更に奥へ。
「カハッーーー!?」
手を下ろすと体は重力に従ってべチャリと床に落ちていく。
バレードはそのまま意識を失ったようでピクリとも動かない。
「ーーバレードッ!!?」
「な、なに……?何が起こったの……!?アンタッ!アンタ何なのよッ」
「…………黙れ」
「え…………?」
そう言った瞬間、床を蹴りレイチェルの首を手のひらで掴んで持ち上げる。
「ッ……ひっ、ッぁ」
「…………うるさい」
メリメリと首に爪が食い込んでいく。
そしてもう片方の手を振り上げた瞬間……。
「…………あーあ、もう気絶しちゃった」
力の抜けた体を軽々とその辺に放り投げる。
ブクブクと口端から泡を吐き出す様子を冷めた目で見ていた。
不完全燃焼……時間がないとはいえ物足りない結果である。
確かに多く魔力を使ったのだろうが、今までの分を考えればまだまだ意識を保って抵抗してくれないと困るのだ。
「ひっ…………!?」
「……」
残ったドームに視線を這わす。
一歩前に進むと、ドームも一歩後退していく。
背中が壁に当たり一瞬だけ振り向いた後に、これ以上逃げ道はないと悟ったのか、ズルズルと垂直に座り込んでいく。
それを見下すように目の前に立っていた。
手のひらを目元に被せるようにして近づけていくと……。
「あーあ……」
「……ッ」
「フフッ……恥ずかしいですわね、お兄様」
ズボンにジワリとシミが出来て水溜りが出来ている。
体を離したあとに後ろに下がってにっこりと笑みを浮かべた。
その後、ある気配を感じて手を振り上げる。
「ーーーッ!!」
ドームの直ぐ横にある壁に大きな穴を開けると冷たい風が吹き込んでいる。
声が出ないのか目を見開いたまま固まっているドームを気にする事なく、パンパンと手を鳴らした瞬間……大きな黒い影が二つ現れる。
「ッ、お迎えに上がりました……!!ノエル様っ」
「ありがとう。アルセルク」
「やっとッ、やっとノエル様に名前を……呼んでもらえる日が来るなんて!!私は感激ですッ」
恍惚とした表情で此方を見た後に深々と頭を下げるアルセルクの髪を優しく撫でる。
アルセルクは頬を染めて跪くと手の甲にキスを落とす。
しかし、ボロボロのドレスが目に入ったのかすぐに眉を顰めた。
「お召し物が……まさか彼等のせいですか?」
鋭いさっきを送る燕尾服を着た男の圧に固まっているドームを横目でチラリと見る。
いつもの自信がある態度は消えて、子兎のように震え上がっている。
「違うわ。自分でやったの」
「当然ですわ!人間如きが力を取り戻したノエル様に傷をつける事が出来るとは思いませんもの」
隣にいたセクシーな衣装を着た女性が何処かから取り出した黒い布を上から掛けた。
「イザベラ、ありがとう」
「……ッ!!!まさかこんなっ!!わたくし感動ですわっ!ノエル様……!!すぐに新しいお召し物を用意いたします。早く城に帰りましょう」
愛おしいと言わんばかりに手を握る二人を見てニコリと微笑んだ。
それにイザベラの言う通り、早く城に帰った方がいいだろう。
どうやらアリアン公爵は予想よりも早くこの屋敷に向かっているらしい。
けれど、この状態を見て直ぐに何が起きたか知ることになるだろう。
兄姉達は、その時にやっと己の罪を知る事となる。
その絶望した表情を目に焼き付けたいところではあるが、今までの復讐には十分だ。
今からその責任を問われて、死ぬほど苦しみ屈辱を受ける事になるのだから。
「お父様が帰ってくる前にこの屋敷を出た方がいい……鉢合わせたら面倒なことになるしね」
「そうですわね……!ノエル様を独り占めしていた"御礼"をしたいところですけれど今回は我慢してあげますわ」
「そうだな。行こう」
「お兄様……さようなら。目が覚めたら二人にも宜しく伝えて下さいな」
「ノ、エル…………お前」
ドームが名前を呼んだ瞬間……アルセルクがドームの首を掴み上げる。
「気安くノエル様の名前を呼ぶな……!!ゴミがッ!殺すぞ……?」
「処理致しますか?」
「イザベラ、アルセルク……あまり虐めない方がいいよ。ほら、弱いのに可哀想でしょう?」
「ーー!?」
「ふん……分かりましたわ。ノエル様の慈悲に感謝なさい」
アルセルクとイザベラの背中から黒く立派な羽が生える。
バサリと音を立てて飛び上がった。
「空の上は気持ちいいね!自由最高ッ!!」
「我々がどれだけ貴女様を待ち続けていたか……!一日中、お話して差し上げたいくらいです!!」
「そうですわ!!力が抑えられていたから場所も特定し辛いし、あのクソジジイのせいで屋敷にも近付けない……最悪でしたもの」
「ですが宜しかったのですか?あの三人を放置して……息の根を止めた方がいいのでは?」
「あの三人はあの屋敷から抜け出すのを手助けしてくれた。あとは……国王やお父様次第かしら」
「ふむ……ノエル様がそう言うのなら」
「それにトドメを刺したら詰まらない……今から死ぬほど苦しむんだから。皆に責められて可哀想にね」
「ふふっ、さすがノエル様……今回だけは許して差し上げましょう」
肌寒さにアルセルクに温もりを求めて抱き付くと、彼は嬉しそうに力を込める。
イザベラが「ずるいですわ」と頬を膨らませている。
暫く飛んでいくと大きく立派な城が見えて来る。
「アレがそう?」
「そうです。この辺一体は全ては貴女様のものでございます」
「今は誰が管理しているの……?」
「ノエル様の代わりなど烏滸がましところですが、ディルナーが務めております」
「あらら、大人しく席を明け渡してくれるかな?」
「さぁ……ですが我々はノエル様の絶対的な味方ですから」
「そうですわ!誰も貴女には逆らえませんもの……」
「なら、行ってみよう」
「その前に着替えましょう!沢山用意していますのよ」
「さすがイザベラ!」
「ふふっ、楽しみですわね……!」
城に降り立つと禍々しい雰囲気が体に良く馴染んだ気がした。
自分よりも大きな大人達が跪いて深く深く頭を下げながら此方を取り囲んでいる。
「「「「おかえりなさいませ」」」」
「ノエル様」「ノエル様……!」と嬉しそうに名前を呼ぶ声が、聞こえてくる。
「ただいま、みんな」
にっこりと笑みを浮かべて返事を返すと、涙を流しながら喜んでいる。
長い廊下を進んでいくと豪華な両開きの扉が開いた。
そんな中、王座に座る初老の男性がゆっくりと立ち上がり、胸に手を当てて少しだけ頭を下げた。
「おかえりなさいませ、ノエル様」
「ただいま、ディルナー……調子はどう?」
「恙無く……」
そう言った後にディルナーは電流を纏った剣を構えた。
それに応えるようにアルセルクの腕から降りる。
勝負は一瞬だった。
ーードサッ
大きな音と共にディルナーは倒れ込むようにして膝をついた。
「ぐっ…………」
「馬鹿ね……ノエル様に敵う訳ないのに」
「うーん、やっぱりまだ体に力が馴染んでないみたい」
手を握って開いてを繰り返していた。
「これからですわ」
「我々にお任せください」
「そうだね……時間が経てば大丈夫かな」
これからは力を体に馴染ませながら、ゆっくりとここの暮らしを楽しんでいこう。
「さぁ……どうやって人間共を根絶やしにしようか?」
end