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苦手な方はご注意ください。

5度目の正直は

作者: たくと

いま執筆中の『君は生まれ変わるんだ』と同じ世界、同じ時期のイメージで書きました

 私はビビアン・ブリリンカ、18歳。ブリリンカ伯爵家の三女なの。

 いま私はソリス・ヴァンダード辺境伯との婚姻のために辺境領に向かう馬車に揺られているわ。車窓を流れるのは見慣れた景色。

 季節は晩秋。樹木は葉を落とし草は枯れて、物悲しい風景が広がっている。外は身を切る寒さだろう。

 ダルベート大陸の北端にあるプリルベン国がビビアンちゃんの暮らす国なんだけど、その中央部に位置するブリリンカ伯爵領から国の北の端のヴァンダード辺境領までは馬車で20日程の旅程。いまは既にその殆どを消化していて、到着まであと数日と言ったところ。この旅も5度目なので記憶に間違いないはず。

 そう言うと私が何度もここを通っていると思われそうだけど、()()初めて通るよ。


 実は、私は毎回18から20歳までの間に亡くなってしまい、18歳まで巻き戻ると言うリピートを繰り返して今回が5度目の伯爵令嬢に転移したのよ。


 なになに?情報過多だって?

 おーけい。少し解体して説明するよ。

 体と魂の由来が別なのよ。


 まずこの体、伯爵令嬢のビビアン・ブリリンカは死に戻りをやっていて、今回が5回目で、いまリピートのスタート地点。

 嫁ぎ先の辺境伯領で魔獣に襲われたり、毒殺されたり、自死したり、毎回原因は違うのだけど、最初の3回は20歳で亡くなる。そして気が付くと、伯爵領を出発したばかりのこの馬車に揺られているってわけ。

 ビビアンちゃんは4回目のリピートで心が壊れちゃったみたい。投身しちゃった。

 そ・こ・で、私の登場。


 私は日本で生まれ育って、まぁ色々あって、30歳でパン屋を開業。開業から5年ほど経って経営も安定して順風満帆だったある日、店舗兼住居の1階から出火して死んじゃったのよ。火の取り扱いには十分気を付けていたし、火が出たのも商品を陳列する店舗部分からとなれば、放火だろうね。

 私の事に恨みを持つような人物には心当たりはない。放火魔にたまたま目を付けられたのか・・・


 とまぁ、そんな訳で気がついたら、この体に入って馬車に揺られていたのよ。心が壊れたせいで魂の再生が叶わなかったビビアンちゃんの代わりに私の魂が宛がわれたらしい。

 代用品って!


 最初はパニックよ。状況が分からなさ過ぎて、思考停止よ。

 で、その日から毎晩夢の中にビビアンちゃんの人生アーカイブが流れて、少しずつ自分(ビビアン)の事を知っていったの。




▲▽▲▽▲▽


 ビビアンちゃんは貞淑って言えば聞こえは良いけれど、自己主張ができない、理不尽な目に遭っても抗えない女性だった。

 ビビアンちゃんには15歳ごろに結ばれた婚約者がいたのね。家同士の政略ってやつ。

 で、その婚約者がクソだったのよ。浮気して、浮気相手に子供ができて、ビビアンちゃんは捨てられちゃったのね。

 有りもしない、“浮気相手に対する嫌がらせ”って言う罪をでっちあげられて、ビビアンちゃんの有責での婚約破棄よ。しかもブリリンカ伯爵主催のパーティ会場での衆目の中で断罪されちゃったもんだから悲惨よ。

 元婚約者の家格が侯爵だったもんでブリリンカ家は強く出られなかったみたい。

 ビビアンちゃんの両親は傷心の彼女を気遣う事も無く、まんまとしてやられたビビアンちゃんを責めるだけ。

 それから1ヶ月も経たないうちに、さっさと辺境伯へ送り出されたの。侍女や侍従も付けて貰えなかったし、荷物も必要最低限しか持たせて貰えなかった。


 結婚相手の辺境伯当主のソリスは35歳で前の奥さんを亡くされていて、ビビアンちゃんは後妻なわけ。前の奥さんとの間に子供も3人(息子2人に娘1人)いるし、辺境伯夫人の椅子を埋めるためだけの存在として呼ばれたビビアンちゃんには後継ぎを作る義務もなくて、その立場は弱い物になると分かっていた。


 案の定、辺境伯でのビビアンちゃんの扱いは酷かった。

 結婚式は2人だけで行う簡易式だったし、披露宴は家族と親戚が集まっての食事会程度。初夜には夫になったソリスに「君を抱く気は無い」宣言されちゃう。

 ソリスは別館に妾を住まわせていて、ソリスもその別館で寝起きしている様だったし、パーティーには妾を伴う事の方が多かった。

 ビビアンちゃんの有責で婚約破棄された事も侍女や下働きにまで知れ渡っていた。

 ホントなんでビビアンちゃんと結婚したのか?って疑問符だらけよ。妾さんと結婚したら良いじゃないね?

 ビビアンちゃんは前妻の娘とも折り合いが悪かったの。まともに言葉を交わした事なんて亡くなるまでの2年間に数回程度だった。

 そんな調子だから侍女や家令にも舐められてて冷遇されてて、ビビアンちゃんもグイグイ前に出る様な性格じゃなかったから、その状況に甘んじてた。


 1回目の死因は魔獣に襲われた事。惨たらしく殺されちゃった。

 ソリスは相手してくれないし、侍女や家令の態度も冷たくて、味方は誰も居ない。ビビアンちゃんは息の詰まる邸宅にあまり居たくなくて度々馬で遠乗りに出掛けていたのね。護衛は3人ついていたのだけど、魔獣が出た途端ビビアンちゃんを置いて逃げてしまった。

 私の見解では、あれはワザと危険な魔獣が出そうな場所に案内したんだと思う。だって、魔獣が出てからの護衛騎士の行動に迷いがなかったもの。


 2回目の死因は毒よ。いつもビビアンちゃんが好んで飲んでいるお茶に毒が混入していたの。

 1回目の事があったから、ビビアンちゃんはあまり外に出なかったの。で、読書とお茶を趣味にしていたのだけど、そこを狙われた。

 床に倒れて、血を吐いて苦しむビビアンちゃんを侍女が冷たい目で眺めてた。ちょぉ~怖い目で。その侍女はビビアンちゃん付きの侍女が実家から緊急の用事で呼び出されたとかで、急遽代わりに来ていた侍女だった。

 辺境伯夫人を毒殺するなんて、誰の指示に動いていたのやら。


 3回目の死因は階段で後ろから突き落とされて、首の骨を折って亡くなったの。

 1・2回目の事があったから、外出も控えてたし、お茶も自分で管理して自分で淹れる様にしてたし、食事前には毒見をさせて用心してた。

 その日は珍しく、ソリスがパーティの同伴にビビアンちゃんを指名したの。ビビアンちゃんは慣れない豪華なドレスに高いヒールを履いていたわ。ドレスは裾が大きく広がっているデザインのもので、足元を確かめるために下を向いていて一歩踏み出した瞬間、不意に背中を押されたの。両手で力いっぱい。ビビアンちゃんは支えきれなくてそのまま階下まで転げ落ちちゃった。

 あの手の感触は女性だった。2回目と同じ侍女だったのかしら?流石に顔は見ていない。


 4回目の死因は自死。

 3回の人生ですっかり心折られたビビアンちゃんは、馬車で辺境伯に向かう途中で何度も逃亡を図った。でも、伯爵令嬢の計画性のない逃亡なんて体力的にも護衛騎士に全く歯が立たなくて、直ぐに捕まって連れ戻されてた。

 そんな事を繰り返しながら、徐々に伯爵領に近づくにつれてビビアンちゃんはたびたび恐慌をきたすようになって、「いやぁーーーーっ!!!」「行きたくないーーーっ!!!」「行きたくないのーーーっ!!!」って叫び続けたかと思えば、疲れて虚ろな目をして座席に横になってたり、そしてまた叫んだり。

 心が少しずつ壊れていってるのは明らかだった。

 旅の最後の方はちょっと怖かったわよ。髪はバサバサ、肌はガサガサ。服はヨレヨレ。目は虚ろ。

 叫んだりするような事は無くなったけど、突然馬車から飛び降りて裸足で駆けだしたり、夜中に外に出て笑い出したり。そうとうヤバかったわ。

 それでも辺境伯の邸宅に着いてからは静かにしていたの。結婚式も促されるまま動いていた。言葉は発しなかったけど。

 で、初夜にソリスの目の前でベランダから投身してしまったの。

 「君を抱く気はない」宣言の言葉を聞く前に。

 落ちる瞬間、目を見開きビックリしているソリスの顔が見えた。




▲▽▲▽▲▽


 夢では8日に分けて毎晩少しずつビビアンちゃんの人生を見させて貰って、昼間は馬車に揺られながら夢で見た内容に対する考察をして過ごした。

 9日目からは夢を見なくなった。それで昼間は(ビビアン)が生き抜くための作戦を立てる事にした。


 まずは自分の能力の確認。

 この世界には魔術があって、騎士や冒険者などの戦う職業の人がいて、危険な魔獣がいる。いわゆるファンタジー世界なの。

 ビビアンちゃんにも当然魔力はあって、水系統の魔術が得意みたい。と言っても伯爵令嬢なんて戦う必要のある場所には行かないから、攻撃するような魔術は経験がない。水を出すだけ。

 あとは、なんとビビアンちゃん、『召喚』って言う特殊魔術ができるのよ。

 ただし、「塩を10g」とか、「小麦粉を1㎏」とか割とショボい感じ。

 魔獣や神獣召喚とか憧れるけど、生き物は出せないのよね。


 幸いにして馬車の中には(ビビアン)ひとり。魔術の訓練をする事ができる。下手に侍女なんかが付いてきてなくて良かったわ。

 まずはビビアンちゃんの記憶から、魔術の行使の基本、“魔力操作”の訓練から始めた。

 元々ビビアンちゃんはできていたから、何度か練習するだけで直ぐに私もマスターしたよ。体が覚えてるってやつね。

 で、次は水系統の魔術。水を出すのに、量や出す場所、数、形、水圧、水温など思い通りに出す訓練をやった。

 飛ばすのは流石に馬車の中ではできないから、飛ばす寸前まで発動して、キャンセル。これをひたすら繰り返した。ビビアンちゃんの体は優秀で、これも数日でマスターしちゃったよ。

 そして温度を下げて氷を作る事ができる様にもなった。これで攻撃に防御にと色々幅が広がる筈。

 

 次に『召喚』の検証。

 水、塩、砂糖、胡椒、小麦、米、野菜やお肉、コーヒー豆、ドライイースト、牛乳、重曹など、食品素材なら前世の物も出せた。

 けど、米飯、味噌、醤油、豆腐、インスタントコーヒー、ハンバーグなどの加工食品や調理済みの料理は出せなかった。

 絹糸、麻糸、木綿糸などの糸は出せるけど、布は出せなかった。

 金属は鉄やアルミ、銅など馴染み深い物は出せたけど、ミスリルとかのファンタジー素材は出せなかった。たぶん、ふわっとした印象しかない素材は出せない。

 1日に召喚できる量は少なくて、塩で10g程度、小麦で1㎏程度、ホウレン草なら1茎、プチトマト1個、肉は1口分、刺身1切れ、絹糸で1m、木綿糸で5mくらい、金属に至っては5㎜立法程度・・・とまぁ全く現実的じゃない。

 前世チートで大儲け!とかはできなさそうだけど、でも上手く運用すれば多少の助けにはなると思う。



 検証のあとは、新しい魔術にも挑戦した。

 定番の『無限収納』とか『転移』、『鑑定』、『索敵』。

 邸内で身を守るのにも要るし、逃亡するにも有用だと思う。


 逃亡。

 そう、辺境伯夫人として生き残る道以外に、逃亡するという手もあると思う。

 色々な可能性を含めて作戦を考えたい。


 辺境伯夫人として生き残るなら、最初の3回の殺人の黒幕を暴かなきゃね。犯人を野放しにした状態で身を守る事はできない。「攻撃は最大の防御」って言葉もあるくらいだから。

 ただし黒幕が辺境伯のソリスであるとか、あるいは義理の息子・娘達であるなら、これは逃げるしかない。

 

 その場合、できれば前世の特技を生かしてどこかの街でパン屋をやりたい。

 この世界のパンは、フワフワ・モチモチとは程遠い、顎が鍛えられそうな硬いパンしかない。だから、私の作るパンでパン業界に革命を起こしたい!って逃亡者が目立ってどうするよってか?


 それなら、パンを美味しく焼く技術を貴族家に売り込んで就職するのも有りかも。辺境伯よりも高位の貴族、侯爵か公爵とかなら、辺境伯に見つかっても連れ戻される事にはならずに済むんじゃないかしら?

 あ、でも逃亡の身で侯爵とか公爵への就職なんて無理?しっかりした身元保証人が必要とか言われそう?


 う~ん、侯爵様のおひざ元の街で美味しいパン屋を経営して、評判になって、侯爵家(あっち)からリクルートに来る事を期待してみる?


 そんな計画をつらつら考えたり、過去3回分の黒幕について推論したりして過ごしていたのだけど、結論がちゃんと出ないまま辺境伯領に到着してしまった。




▲▽▲▽▲▽


 辺境伯邸に到着した馬車からエスコートも無しに下りた(ビビアン)は、玄関先に立っていた家令に迎えられた。侍女や侍従も数人並んでいる。

 記憶通りの展開。ソリスには明日の結婚式まで会えないはず。


「ようこそいらっしゃいました、ビビアン・ブリリンカ伯爵令嬢様。(わたくし)この屋敷で家令を務めさせて頂いておりますヤニス・アーカンソーと申します。

 主人はあいにく公務から手が離せませんので、不肖ヤニスがご案内を務めさせていただきます」


 記憶通りの挨拶。

 私は頭を下げた家令の頭頂部をゆっくりと見下ろす。白銀の髪。ぴったりと揃えた両足の側面にこれまたぴたっと添わせた手の指先まで洗練された美しい所作。

 明日、辺境伯夫人になる令嬢に最大限の敬意を払っている様にも見える。

 でも、私は知っている。

 明日、夫となるソリスはいま別邸でお妾さんと“よろしくやってる”最中の筈だ。

 攻撃は最大の防御!


「そう、閣下は別邸のベッドでお妾さんとの公務にお忙しいのね。後継ぎを残すのもりっぱな公務ですものね」


「なっ!」


 ヤニスは思わずと言った様子で頭を上げて、目を見開いて驚きの顔になる。

 記憶の中のヤニスはホントに目を開けているのか?と疑問になるくらいの糸目の印象しかなかったのだけど、普通の人並みに開いた両目に薄茶色の瞳が見えて、「普通に開けれるんかぁ~い!」と心の中だけでツッコミを入れてしまった。


「何か驚くような事がありまして?それよりも、いつまで私をこの寒い中、立たせておく気かしら?早く部屋に入って、旅の疲れを癒したいわ。お風呂は肩まで浸かれる位のたっぷりなお湯を用意して頂戴。体の芯まで冷え切ってますの」


 私は顎をクイッと上げて、できるだけ高飛車に見える様に言い放った。


「畏まりました。こちらにお進みください」


 流石、優秀な家令ヤニス。直ぐに表情をいつもの糸目に戻して、慌てる事無く案内を開始した。




「あ゛、あ゛、あ゛、あ゛~~~~~~はぁ~~~~っ」


 き゛もち゛いぃ~~~。やっぱり日本人にはお風呂は欠かせない。特に冬!

 これだけのお湯を準備するのは大変な労力と魔石が必要だった筈。それを贅沢に堪能できるのは流石の辺境伯と言ったところね。

 でも、過去3回のビビアンちゃんは辺境伯邸でこんなたっぷりなお湯を使えた事なんてなかった。初日こそお湯を準備して貰えたけど、桶に1杯だけだった。それで絞った布で体を拭くだけ。

 3日目くらいからは水だった。真冬になってもそれは変わる事が無くて、身を切られるような冷たい水に手を入れて布を絞るもんだから、冬はあかぎれが絶えなかった。

 それでも文句のひとつも言えないんだから、そりゃ舐められるよね。


 私は伊達に女ひとりで店主をやってなかったからね。小さな店だったけど、それでも一城の主。主張はしっかりとしなきゃ、他社に食われるだけなのだ。

 (ビビアン)をしっかり幸せにしてあげるからね!




▲▽▲▽▲▽


 翌日、侍女にしっかり磨き上げられた私(最初の3回はこんなに丁寧じゃなかった!)は結婚式と初夜の「君を抱く気は無い」宣言のイベントを恙なくこなした。

 そして結婚式の翌日から悠々自適な辺境伯夫人生活を満喫している。

 邸内の采配は全て家令や執事がやってくれているし、侍女の采配も侍女長がいる。社交も殆ど参加する事がないとなれば、なぁ~~~んにもすることがない。ほんっとぉに、暇なのだ。

 昼前にのそのそと起き出して、優雅にブランチを楽しみ、読書や庭の散歩をして、夕食を食べて後は寝るだけ。

 転移する直前まであくせく働いてたし、転移してからは馬車で思考をフル活動させてたから、暫くはお休みしても(バチ)は当たらないよね?って事で1週間くらいは頭を無にして怠惰な生活をフルに満喫したのよ。暗殺されるのは2年ほど先だし。

 つまり、それまでは身の危険を心配する必要は無い。この2年間で屋敷内の家人を掌握・・・まではできなくてもそれなりに味方になりそうな人材を集めておくつもり。


 そのためには、まずは私付の侍女からね。

 彼女はナニーと言う名で、真面目な仕事ぶりは評価しているわ。まぁ、必要最低限以下の事しかしてくれないけど、それはたぶん上から命令されての事だと思うの。仕事自体は、手を抜かず生真面目にこなしてくれる。

 例えば、ベッドメイク。10日に1回しかしてくれないけど、しっかり洗って、良い匂いがするし、シワ無くピッチりとセットしてくれている。

 掃除もやはり10日毎だけど、隅まで埃を残さずきっちりと奇麗にしてくれている。

 食事は日に2回しか出ないし量も少ないけど、サーブの仕方は丁寧だわ。

 積極的に部屋に花を飾ったりしてくれないけど、私が庭で摘んできた花を渡せば、花瓶に丁寧に生けて毎日水替えをしてくれる。


 そんな彼女を散歩にお茶に読書にと誘った。


「ねぇ、ナニー。今日は庭に散歩に出るんだけど、お供してして頂戴」


「・・・はい」


「じゃあ、行きましょう。日傘を持って付いてきて!」



「ねぇ、ナニー。このお茶、先日来た商会から買ってみたのだけど、香りが素晴らしいわ。味見して感想を聞かせて頂戴」


「・・・甘い香りがするのに、味はくどくなくまろやかさもあります」


「でしょ⁈美味しいわよね!ナニーも気に入ってくれて嬉しいわ!」



「ねぇ、ナニー。商会から買ったこの大衆小説面白いわ。大衆向けだなんて馬鹿にしちゃいけないわね。私、思わず涙が出ちゃったし、途中で止められなくて夜更かししちゃったわ!ナニーに貸してあげるから読んでみて!3日後に感想を聞くから絶対に読んでよ!」


「・・・夜更かしは美容に良くありません。今後はお慎み下さいませ。

 ・・・読書は3日では短いです。これでも忙しい身ですので、6日下さいまし」


「良いわ!6日ね!絶対にナニーも気に入るって!」




 半年も続ければ、それなりに馴染んでくる。世間話もできるようになって、邸内の情報を差し障りない範囲ではあるけれど、教えてもらえる間柄になった。


「え?それで、それで?何で閣下はお妾さんと結婚できないの?」


 離宮に住まわせている妾さんはカテリーヌと言うお名前で、(ソリス)の従妹らしい。お義父様の弟(カイル様)の娘で、ただし妾の子なので身分は平民。

 ソリスが爵位を次いで暫くしてから押しかける様にこのお屋敷に来て、そのまま居ついたらしい。カテリーヌの両親は既に他界している。


「カテリーヌ様はカイル様が遠征中に滞在していた村の村長の娘と恋仲になってお生まれになられたらしいのですが、それを証明するものは何もなく、カイル様も既にお亡くなりになっており、確認する術がございません。その様な身分怪しい者を一族に迎えるなど罷りならんと親戚中からの異議申し立てがあるのでございます」


「へぇ・・・辺境伯当主であっても一族の総意を無視するわけにはいかないんだね」


「・・・実は、前の辺境伯夫人であるアンジェリーナ様はカテリーヌ様に毒を盛られたのではないかという噂があるのです。カテリーヌ様は泣いて否定されており証拠も見つからず不問となりましたが、それも理由のひとつかと」


「えぇ⁈ 閣下ってばそんなヤバい人と付き合い続けているの?危険な香りに魅せられるってやつなのかしら?馬鹿なの?」


「んんっん・・・」


 ナニーに咳払いで言い過ぎを注意される。


「でもさぁ・・・そんな曰くつき、さっさと追い出さない?普通」


「ご主人様のお考えは(わたくし)の様な下賤な者には分かりかねます」


「下賤って、ナニーは男爵家の出でしょ?」


「実家は弟が継ぎましたから、もう(わたくし)は平民でございます」


「・・・んまぁ、それについての議論はまた追々ね。

 で、アンジェリーナ様の死因が毒である事は間違いないの?」


「お医者様の『鑑定』では、毒が原因であることは間違いないとの事でございます。

 問題の毒の由来については、有毒の食材の誤食か、服毒による自死か、他殺か不明と言う事でこの話は終わりになりました」


「辺境伯夫人が亡くなったにしては、捜査の打ち切りが早いわよね?」


「ご主人様のご判断でした」


「?夫婦仲が悪かったの?」


「いえ、その様な事はけして・・・」


「ふーん」


 なーんか、秘密がありそうよね。

 なににせよ、過去3回のビビアンちゃんを殺した黒幕はカテリーヌ説が一番濃厚そうじゃない?



 

▲▽▲▽▲▽


 名探偵ビビアン、『隠密』『索敵』『遠耳』『鑑定』使えそうな魔術をフル活用して捜査を進めた結果、


「真実はひとつよ!」


 部屋でひとりポーズを決めて叫んでみた。言ってみたかっただけ。

 まず、カテリーヌはヴァンダード辺境伯と全く血の繋がりはなかった。

 カテリーヌの部屋に『隠密』で忍び込んで待機する事数ヶ月。

 彼女と彼女付きの侍女との会話から、カテリーヌの母親とカイル様が付き合っていたのは事実だけど、複数の男性との同時進行だったってわけ。

 ナニーの話だと村長の娘だったって話だったけど、違いました。元々カトリーヌの母親は旅のジプシーで、村長を誑し込んで転がり込んだ。で、村長の家を拠点に村長、村の青年、遠征中の騎士、行商人などなど幅広くつまみ食いをしていたと。

 だから、カテリーヌがカイル様のお子かどうかは分からないって話をゲット!

 次にカテリーヌとソリスの唾液を採取して、遺伝子を『鑑定』したのよね。親戚関係にある可能性は10%以下。はい、他人~~!

 え?ただの元パン屋が遺伝子検査なんてできるのかって?

 そんなの、『鑑定』魔術を発動して「遺伝子の一致率ぅ~遺伝子の一致率ぅ~」って唱えただけだよ。でも、ちゃんと頭の中に数値が現れたんだよ?魔術の有能性を侮られては困るね。


 最後にアンジェリーナ様が亡くなった時の症状を医者に聞き出したところ、その症状が2回目のビビアンちゃんの亡くなった時の状況とピッタリ一致する事を確認。

 それでカテリーヌの部屋を粗さがししたら・・・出て来たわよ。毒を入れた瓶が。『鑑定』によると、この毒は南の方の原産の植物を使って作られているらしく、「間違って料理に混入する」なんてことは起こりえない物だって事まで分かった。

 はい、犯人確定ぃ~~!

 

 ついでに、カテリーヌ付の侍女はカテリーヌに実家の弱みを握られていて、脅されて言う事を聞かされていた。他にも辺境伯の護衛騎士の中にも女やギャンブルで失敗してカテリーヌに言う事を聞かされている人が数人いる事も分かった。


 もう完全に黒、真っ黒、黒幕判明ぃ~~!


 さて、この真実を伝えた時のソリス閣下の反応はいかに?

 遺伝子を『鑑定』したなんて、信じて貰える?

 全てを握りつぶされる?

 カテリーヌの部屋に忍び込んだ事を断罪されて、私が逆に罰せられる?


 う~~ん。

 ソリス、辺境伯一族の親戚達、アンジェリーナ様のご実家の侯爵家、国王陛下・・・あと、教会?の複数にこの情報を送り付けると共に、私は逃亡ってどお?


 よし、行ける気がする。






▲▽▲▽▲▽


「いらっしゃいらっせぇ~!」


 帝都で開店した私のパン屋は大盛況よ。

 今日も朝から引っ切り無しにお客様が来店される。


 そう、私は逃亡に逃亡を重ね、プリルベン国を脱出し、パミドロル帝国までやって来て、その帝都でパン屋を始めたのよ。

 なんたって、水も小麦も塩もドライイーストも『召喚』で手に入る。あとはバターを買えばパンが焼ける!

 最初は露店から始めた。

 宿の厨房を借りてパンを焼き、5日毎に開かれる中央広場のマーケットに出店。最初は端の方のあまり売り上げの良くない場所を宛がわれたんだけど、私のパンの美味しさが口コミで広がって、売上が伸びるに合わせて、徐々に良い場所を提供して貰えるようになり、ついに、店舗を持てるまでになった。

 私が帝都に来て3年目の春のことね。

 店舗は職人街に近い場所にあるから、最初のお客さんは職人さんがお昼ご飯を目的にと言う感じだった。だからパンは総菜パンをメインに甘いパンも少し。イートインスペースも5席設けてある。

 すると、職人さんがお家の人にも食べさせたいってんで、買って帰って下さり、口コミで主婦層にも広がって、今の客層は職人さんと主婦が半々ってところ。


「ちょっと遠いけど、この美味しさについつい足を運んでしまうのよねぇ~」


「そんな風に言って下さって嬉しいです!これ、新作なんですけど、サービスなんで入れておきますね!後で味見してみて下さーい!」


 私は毎月新作を出して味見させ、飽きさせない工夫をしてリピート客を呼び込んでいる。

 住宅街や商店街から少し離れているから、「隠れた名店」って言われていたけど、人気が広まってもうあまり隠されていない感が強い。


 あれから一度だけ商人ギルドでプリルベン国のヴァンダード辺境伯領の情報を買ってみた。

 お金を払って買ったのは、私が情報を収集した事を秘匿して貰うため。


 で、お家騒動が起こった事。

 当主が病気を理由に蟄居を言い渡され、息子が爵位を継いだこと。

 ただし、息子はまだ未成年であったため、親戚筋が後見人に選ばれた事などを知る事ができた。

 お家騒動の詳しい内容までは分からなかった。

 辺境伯夫人の事もなにも情報はなかった。


「お妾さんの罪が暴かれただけで、お家騒動になるのかなぁ?当主が病気って、もしかしてソリスも毒を盛られちゃったのかしら?

・・・ま、今の私には関係ないね!探されてもいないみたいだし!」


「あ、いらっしゃいらっせぇ~!塩パンが焼きたてですよー!」








 ソリス辺境伯が魅了効果のある薬物でカテリーヌの傀儡になり果てていた事、薬物の毒性で精神が破綻し始めていた事など帝国にいるビビアンには知りようもない事だった。



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