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メロンパン

作者: 須木賀夏

 改札前のコンビニで、新作のメロンパンを買った。中に大量のホイップと板チョコ1枚を豪快に挟み込んだ、罪深いやつだ。本当は三つ並んでいた分を全て買い占めたかったのだけれど、謙虚に一つだけ買った。

 アニメの最新話を見つつメロンパンを齧る至福の瞬間に思いを馳せながら改札を通ろうとしたその時、

 ぴんぽおぉーん。

 フラップドアが私を通すまいとしてぱたんと閉まった。一気に冷や汗が吹き出る。

 まずい、もう一度タッチすればいいのか? まさか残高不足? しまった、改札機のアナウンスを聞き逃した。私が今ここを占有してしまっている原因が分からない。いや落ち着け。定期区間内の駅なのだから、残高不足もなにも定期を買っていれば無問題だろう。よってもう一度しっかりとタッチすればいいだけのこと。……なぜ開かない?

 右手に違和感。

 ……なんと、私が必死に改札に押し付けていたのは、先程コンビニで購入した後リュックにしまい損ねていたメロンパンだった。レジ袋有料化の影響により突如この日本に発生した、「コンビニでレジ袋を購入しない場合における、決済完了後の客による袋詰め時間」を少しでも短くするために、メロンパンを手に持ったまま出てきてしまったのだ。


「チャッ」


 すぐ後方から舌打ちのような音が聞こえ、慌てて改札の横に避ける。メロンパンを定期券に持ち帰るのに、最短でも三秒はかかる。三秒、それは都会のせっかちな人間の機嫌を損ねるのに十分な時間だ。体制を整える為の戦略的撤退。我ながら賢明な判断だと思った。

 しかし、私が改札をどいた後も、舌打ちの主と思われる影が動こうとしない。既にメロンパンを定期券に持ち替え、今度こそ改札を出る準備が整った私は、恐る恐る影の方を見やる。影、またの名を深淵、いや、見知らぬおっさんもこちらを見ていた。


「嬢ちゃん、そいつは切符じゃねえや。笑かすわ。」


 その時、私は二つの事実に気付いた。一つ。私はメロンパンと定期を間違えたことを見知らぬ中年男性に笑われている。二つ。先程舌打ちだと思ったのは、おっさんがガムを噛んでいる音だった。


「ははっ、すみません。」


 我ながら引きつりに引きつった笑みを浮かべてしまった自覚があった。

 そういえば時刻はまだ十四時。活きのいい学生連中も、くたびれたサラリーマンもいない中途半端な時間で、改札付近には殆ど人がいない。右手にメロンパンを握りしめた成人女性が改札を一つ占領していたとしても、大した問題にはならないのだ。だのに私は、存在しない人混みの喧騒と焦燥感を全身に感じながら、何を急いでいたのだろう。思わずおっさんの顔面に安堵の吐息を吹きかけそうになる。ちなみに、先程ランチに餃子定食を食べたばかりだ。

 何はともあれ、改札を通過し損ねたことで大勢のヘイトを買ったわけではない、という結果に大いに安心した私は、3回ほどエクストラのすみませんを口にしてから改札をくぐった。

 帰宅後、戦利品のメロンパンをリュックから取り出して、危うく卒倒しそうになった。何とか原型を留めてはいるものの、円周が五ヶ所ほどガタガタとへこんでおり、メロンパンの命とも呼べる外側のサクサク生地がひび割れて粉々になっていた。定期の役割をさせられた際に負った傷と見てまず間違いないだろう。まるで、上司のパワハラに耐えかねた部下の精神衛生を体現したような有様だった。一体どれだけの負荷がかかったのか、推して知るべしというものだ。それにしてもなんだよこれ。私焦りすぎだろ。

 おまけに、楽しみにしていたアニメは振り返り特番の週だったらしく、最新話の配信がなかった。

 仕方がないので、虚空を見つめながらボロボロのメロンパンを食すことにした。あまりにも惨めだった。







 

 

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