私の婚約者は兄の妻を愛していますが、問題はありません
いつからでしょう。
私の婚約者の視線の先に彼の兄の妻がいると気付いたのは。
それは彼女が婚約していた頃からかもしれませんし、結婚してからかもしれません。
兎も角、私の婚約者は兄の妻に恋をしていたのです。
私は彼女にそんな価値があるとは思っていません。
ええ。思いませんとも。
夫の弟に恋する目で見られて、勝ち誇ったように彼の婚約者を見る女性を好きになれますか?
いくら美人でも、100年の恋も冷めませんか?
その時から私は彼女の敵でした。
結婚式でも話題は美しい兄嫁が攫っていきました。
スペアである次男の結婚など、跡継ぎの結婚ほど盛大におこなわれないものです。主役である花嫁の衣裳もまた跡継ぎの結婚式より劣る物。
人生でたった一度の主役の場ですら、スペアの妻はスペアで済まされるのです。
それに引き換え、花嫁の色ではないとしても、跡継ぎの妻は跡継ぎの妻に相応しい品質の物が選ばれます。主役の色は使えなくても、跡継ぎの妻の衣装のお披露目会でした。
やがて、夫の兄夫婦に男の子が生まれました。
とても可愛い子で、この家の王子様となりました。
夫は兄の妻が兄の子どもを妊娠している姿を目にしようが、実際に愛の結晶が生まれようが、想う気持ちは変わりませんでした。
自分以外の殿方の子どもを産んだら、魅力も何もなくなりませんか? 私が殿方なら、諦めます。
え? 貴族の結婚なのに、恋愛結婚のように魅力やら諦めるやら考えるのはおかしい?
実は夫の兄夫婦はほぼ恋愛結婚と言って差し支えないのです。始めは家同士の婚約でしたが、二人は恋人になって結婚に至ったのです。
夫は噛ませ犬というやつでした。
その噛ませ犬に結婚後も慕われて、噛ませ犬の婚約者であった私に見せつけて嘲笑していたのが、婚約者の兄の妻です。100年の恋も冷める女性でしょう?
そして、王子様が5歳になる頃、夫の兄が急死しました。
なんやかんやありましたが、夫の兄の妻=未亡人は息子がいるからと、実家には戻りませんでした。夫の両親は健在で、王子様が害される心配などないというのに。
私は出産したばかりでバタバタしていた時期でしたので、夫の兄の葬式にも参加していません。その葬式でも彼女は主役でしょうから、良かったかもしれません。
ある日、王子様の大きな声に私は驚いて駆け付けました。
そこには肌も露わな男女――王子様の教育に悪い光景でした。
メイドはすぐに王子様の目を塞いで、子ども部屋に連れて行きます。
残されたのは、私と夫と未亡人。
夫は何やら言っていますが置き去りにして、私は夫の父親のところに報告に行きました。
その夜は家族会議が開かれました。
夫の母親は夫と未亡人を庇いました。
馬鹿でしょうか?
未亡人が恋愛遊戯を大っぴらに楽しめても、子どもが出来てしまえば、一転して亡くなった夫を裏切った身持ちの悪いふしだらな女として、未婚で母親になった令嬢以上の醜聞持ちになります。
その相手が既婚者で夫の弟にだなんて、子どもが出来ても離婚には何年もかかって、私生児を産んだ未亡人の誹りは逃れられません。
これは王子様が成人しても、語り継がれるこの家の醜聞になります。
それを庇う?
既に子どもが出来ていたら、醜聞待ったなしの状態で?
未亡人を追い出して、王子様を守ることが、王子様の祖母である夫の母親がすることなのに。
そんなに次男が可愛いのでしょうか?
孫である王子様が苦労するより、腹を痛めた我が子が可愛い?
貴族の家族関係は希薄だと言われますが、祖父母と孫の関係は親子の関係よりは希薄ではありません。
それなのに?
夫の父親は未亡人だけでなく、王子様と夫と夫の母親も絶縁して家から追い出しました。
私も夫と離縁することになりました。実際に元夫婦になるのは2年ほどかかりますが、離縁は離縁です。
夫の父親の忍耐も限界だったのです。夫の兄の死には夫と夫の母親と未亡人が関わっていました。
夫の母親は自分の愛する次男を跡継ぎにしたくて。
未亡人と夫は自分たちの関係をこれ以上、隠していたくなくて。
王子様までこの家を追い出されたのは、この家の血を引いていないのに、跡継ぎになっては困るから。
夫の兄が死ぬ前に我が子の顔を見られたことだけが救いでした。
夫たちのことは結婚前に夫の父親に教えられました。
夫の兄も薄々、妻と弟の関係に気付いていました。
裏切られた者同士が傷を舐め合っていたと思わないでください。
夫のことは言えませんが、私も婚約者ではない人に惹かれていたので、結婚を了承したのです。
短い間でも、私は愛する人を手に入れて、その子どもを後継ぎにできたのです。
元夫たちが何やら言ってきましたが、あちらは罪を犯した身。
私がしたことはこの家に嫁いで、この家の血を正しく引く子どもを産んで、正当なる跡継ぎを齎しただけ。
国のほうにも夫の父親――いいえ。義父が事情を説明してお家乗っ取り案件として記録されたそうです。夫も王子様もこの家を相続する権利は、この国が存続する限り永遠に失われました。
夫の母親にとって未亡人は”可愛い息子の愛する女性”なので、主人公の結婚式は簡素になり、未亡人が目立つ格好をしても許されていました。