武術家ですが、道場破りをしたらメチャクチャ楽しい接待を受けました
俺は武術家だ。
強くなるため、自分がどこまで行けるか試すため、旅をしている。
今日は『剛滅流』という道場にやってきた。目的はもちろん道場破り。
『剛滅流』か。いかにも強そうで、破りがいのある名前じゃないか。こりゃ心してかからないとな。
俺は扉を開け、道場破りとしてお決まりの台詞を吐く。
「たのもうッ!!!」
するとすぐさま、黒い道着を身につけた若い男が三人出てきた。
おそらくは門下生だろう。
道場破りというのは、まずはこういった門下生を二人か三人倒す。そうすると道場主との対決になり、これを破れば看板をもらえる。大抵はこういう流れになる。
三人の体はよく鍛えられており、かなり強そうだ。
「俺は道場破りに来た者だ。勝負してもらいたい!」
俺がこう言うと、三人が同時に動く。
まさか、三人いっぺんに来るか?
いや、道場破りなんてのは道場にとっては迷惑で厄介極まりない存在だ。こういう事態だって普通にあり得る。
俺もすかさず身構える。
ところが――
「ささ、座布団をどうぞ」
「お茶を淹れてきます」
「お茶菓子もありますよ!」
なぜか接待してきた。
出された座布団はふかふかで非常に座り心地がよく、お茶は渋みがあって体に染み渡り、お茶菓子は程よい甘さで美味であった。
門下生の一人が聞いてくる。
「いかがでした?」
「いやぁ、美味しかったよ。お茶も菓子も……」
思わずこう答えてしまったが、俺は自分の使命を思い出す。
「って、ちょっと待て! 俺は道場破りに来たんだ! 勝負しろ、勝負を!」
すると、門下生の一人がトランプを取り出した。
まさか、武器か?
トランプを武器にするなんて、なんてオシャレな奴なんだ……。
「この中から一枚をお引き下さい」
と思ったらこう言われたので、俺はトランプの束から一枚のカードを引く。
スペードの9だった。
「そのカードを覚えてから、裏にしてこの中に戻して下さい」
俺は言われた通りにする。
門下生はトランプの束を切る。
一体何をしようというんだ。
「では、あなたがなんのカードを取ったか当ててみましょう」
「なんだと……!」
これには驚いた。
しかし、そんなことできるはずがない。
こいつは俺のカードを見てもいないのだから――
「あなたが取ったのは……この“スペードの9”ですね?」
「……!」
当たっている。目の前に突きつけられたスペードの9を見て、俺は息を呑むしかなかった。
そして、俺の両手は自然と拍手を送っていた。
「お見事……!」
「いや、どうも……」
カードを当てた門下生は照れ臭そうに笑った。俺もそれを見て顔をほころばせた。
――ん、いや待て待て待て。俺はこんなことをしにきたわけじゃないんだ。
こいつらと勝負を――
「次は私です」
二人目の門下生が俺の前に正座した。
正座? そういえば聞いたことがある。武術を極めれば座ったままでも戦うことができるという。まさかこいつ、その極意が使えるというのだろうか。
俺も迎え撃つべく構えを取る。すると――
「ここでちょいと小噺を一つ」
門下生は軽妙な口調で、小噺を始めるではないか。
これがなかなか達者で、敵地にもかかわらず、俺は何度も笑ってしまった。
「……これがホントの石橋を叩いて壊すってやつだねえ!」
「アハハハッ!」
オチの時には声を出して大笑いしてしまった。
こいつ……できる!
「いやー、笑った笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだよ」
「こりゃどうも!」
頭を扇子で叩く門下生。この姿が滑稽で、さらに笑いを誘う。あー、面白かった。
――って、笑ってどうする。
だから俺はこの道場を破りに来たんだっての。
「いい加減にしろ! 勝負するつもりがないなら、こっちから仕掛けるぞ!」
俺は拳を握り込む。石を砕けるほどに鍛え抜いたこの拳を奴らに叩き込んでやる。
だが、背後から両肩を押さえ込まれた。
「いけませんねえ」
「!」
バカな、俺が背後を取られただと。
小噺に夢中になりすぎたか。
や、やられる――
「ものすごく凝っています」
三人目の門下生は肩揉みを始めた。
「うっ!?」
これがよくツボを刺激しており、非常によく効く。効きすぎる。
思わず変な声が出そうになった。というか出ちゃった。あふぅ、って。
「ほぐして差し上げましょう」
門下生が揉めば揉むほど、俺の肩周辺の血流がよくなっていくのが分かる。
それにしてもこんなに凝ってたのか。
まあ、今まで散々無茶なトレーニングをしてきたしな。ちょっと自分の体に謝りたくなるよ。
そのまま体を預けて30分ほど揉んでもらっただろうか。
「いかがでした?」
肩揉みが終了する。
「とてもよかったよ」
俺の肩はすっかりほぐれていた。岩のようにカチカチだった肩が、クッションのようになったような感覚だ。
さて、このほぐれた肩で何をしよう……って、決まってる。
しつこいようだけど、俺はこいつらと戦いに来たんじゃないか。
「ええい、もう騙されんぞ! 俺と勝負しろ! お前らを倒し、道場主を引きずり出してやる!」
こうなったら問答無用。また何かされる前に、こいつらを――
「いらっしゃいませ」
その時だった。
柔らかな女の声が俺の耳に届いた。
声がした方に目を向けると、道場の奥から和服姿の女が現れた。
この女が道場主だろうか? いや、違う気がする。武術をやっているようには見えない。
「女将さん!」
三人の門下生が声を揃える。
「わたくし、当道場の主の妻でございます」
和服の女――女将は自己紹介をしつつ、頭を下げる。俺もつい下げてしまう。
「あ、どうも……」
「せっかく訪ねてくださったのです。ごゆっくりなさってください」
この女将、よく見るとかなりの美人だ。
あでやかな黒髪をまとめ上げ、切れ長の眼を持ち、しっとりとした大和撫子といった印象。
こんな女性に「道場破りをさせろ!」と怒鳴るのも気が引けてしまう。
ここから俺は流されるように接待されてしまった。
数々の手料理をご馳走になり、美味しい日本酒を飲まされ、ほろ酔い気分になったところで、三人の門下生たちはなんと漫才を披露してくれた。
これがチームワークのよく取れた漫才で、俺は腹がよじれるくらい大爆笑した。
だいぶ気分がよくなってきたところで、女将が一言。
「そろそろお休みになりません?」
「お休みって……?」
「ほら、こちらで……」
女将はにっこりと笑い、正座の姿勢で自分の膝を指差した。
ひょっとすると膝枕をしてくれるというのか。
いやいやいや、人妻にそんなことさせるわけには――
「それは、さすがに……」
「遠慮なさらず。ささ、どうぞ」
武術一筋に生きてきた俺にとって、女将の笑顔はあまりにも魅力的だった。
花の蜜に誘われる虫の如く、俺は女将の膝に歩み寄っていく。
「じゃあ、休ませてもらいます……」
「ええ、ごゆっくり……」
女将の膝枕は心地よかった。
酒が入っていたこともあり、俺の意識はあっさりと眠りに落ちていった。
***
目が覚めた。
感覚で分かる。早朝だろう。
「――ハッ!」
意識がはっきりした瞬間、後悔する。
道場破りに入って、その道場で接待され、ぐっすり眠ってしまうとはなんたる不覚。
こんなの罠に決まってるじゃないか。
寝てる間に腕の一本や二本折られていてもおかしくはないし、文句も言えない。
膝枕をしていた女将ももうおらず、俺はすぐに起き上がる。
だが、体に痛みはない。肩はほぐれたままだし、酒は飲んだが二日酔いなどもないようだ。
そして、すぐに気づく。
俺の近くに、髭面の大男があぐらで座っていた。
やはり黒い道着姿であり、この迫力――もしかして、道場主だろうか。
俺は緊張しつつ、身構える。
「ワシはこの道場の、道場主です」
俺の予想は当たった。
この男こそ、『剛滅流』道場の主。
今までは門下生や妻に俺の相手をさせていたが、ついに自ら乗り出してきたか。
それにしても本当に強そうだ。勝てないかもしれない。
だが、道場破りなんてやってるんだ。倒される覚悟もできている。いざ――!
「このたびは我が道場に足を運んでくださり、ありがとうございます」
道場主は俺に深々と頭を下げた。
「え?」
俺は呆気に取られてしまう。
道場主は続ける。
「お土産として、ぜひ道場の看板をお持ちください」
看板を渡された。
大きく『剛滅流』と書かれた、木製の立派な看板である。
「え、いいんですか?」
「はい、どうぞ」
道場主の笑みに、俺も自然と笑顔を浮かべてしまう。
「じゃあ、ありがたく……」
俺は看板を受け取った。
こうして俺の道場破りは終わった。
道場主と女将、門下生たちに温かく見送られ、軽やかな足取りで道場を後にしたのだった。
それにしても楽しいひと時だった。
お茶をご馳走になったし、手品は凄かったし、小噺は面白かったし、肩揉みは気持ちよかったし、女将さんは美人だったし、看板までもらってしまった。
なんて素晴らしい道場だろう。
だから俺は――
「皆さん!!!」
街の人間が俺に注目する。
「『剛滅流』という道場はとても素晴らしいですよ! もし、ちょっと体を鍛えたい、武術を習いたい、なんて人がいたらぜひあの道場にどうぞ!」
俺は『剛滅流』を宣伝することにした。
だってあんないい道場が、たった門下生三人じゃもったいない。
もっと栄えて欲しいと思うのは当然じゃないか。
***
しばらくして――『剛滅流』の道場には大勢の門下生が通うようになり、賑わっていた。
道場主が門下生たちに稽古をつける。
「それでは突きを百本、始めっ!!!」
かつて道場破りを接待した三人の門下生ももちろんこれに加わっており、女将は稽古の様子を穏やかな面持ちで眺めていた。
そして、稽古が終わり静かになった道場で、道場主と女将、三人の門下生が集まる。
「今日も道場は盛況であったな」
道場主が笑う。
「本当でございますね」
女将が微笑む。
門下生たちもうんうんとうなずいている。
「これも道場破りを接待したおかげだろうな」
「その通りですね」
「かつては道場破りが来たら、それこそ半死半生にして道場から叩き出していたが、そんなことをすると恨みを買い、『あの道場の連中は危険すぎる』などと噂を流され、かえって人が寄り付かなくなってしまった。おかげで門下生は三人にまで減った」
道場主はしみじみと昔を思い出す。
「しかし、お前の『道場破りに来た方を接待してみてはどうでしょう』というアイディアが、見事に功を奏したな」
「ありがとうございます」
「道場破りは叩きのめすのではなく、もてなしてやるのがよい……か。時代も変わったということだな」
遠い目で新たな時代を見据える夫を、女将は柔らかな笑みで見つめていた。
この後、『剛滅流』道場はさらに発展していくことは言うまでもない。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。