6話 推しが我が家へやってきた
はーーっ、昨日は精神的に疲れたわー。
死んだように眠ったお陰で気力も体力もバッチリ回復したけれど、起きたらもうお昼を過ぎていた。
どんだけ消耗してたんだ、私!!
でもマリアベルのお相手があの義兄、カイルだとはね……。
あいつは攻略対象者の中でも圧倒的にチョロかったからな。
狙ってもないのに勝手に好感度は上がるし、望んでもないのにカイルルートに入っていたこと数回。
『イケ夢』はヒロインの誕生日に誰がプレゼントを持って会いに来たかで、どの個別ルートに入ったかがわかる仕組みになっていた。
何度狙ってもいないカイルが現れて、「お呼びじゃねーよ!!」と叫んだことか……。
つい優しい口調の選択肢を選んでしまう自分が悪いのだが、いくらゲームとはいえ無視や冷たいセリフは、波風立たないように生きていた私には罪悪感が強過ぎて……。
ノーと言えない日本人代表だったのである。
つまり、カイルさえ毅然とスルー出来れば、このゲームはすこぶる簡単だった。
逆に言えば、心優しい選択肢を選んだ時点で、カイルエンディングへまっしぐらなのだが。
まさか、マリアベルもカイルから逃げられなくなっただけだったりして。
……怖っ!!
しかもカイルの誕生日プレゼントって、チョーカーだったんだよね。
……さらに怖っ!!
まあ、うちの兄ルートだったとしても脳筋に染まるだけだし、人生何が幸せかなんてわからないよね、うん。
それに思ったんだけど、昨夜マリアベルがヒューゴルートだったらどうなってたんだろ?
ヒューゴは立て続けに私とヒロイン相手に、二回も頭を撫でるシーンをやってたかもしれないってこと?
そんなの再放送じゃん!ヒューゴ、スケコマシじゃん!!
良かった、ヒューゴ様がスケコマシてなくて。
やっぱり推しにはモラルのあるヒーローでいてほしい。
なーんてことを、朝食をーーいや昼食をモグモグしながら考えていた。
母はとっくに食べ終わったらしく、いま私は食堂に一人で座っている。
派手に寝坊したのだから自業自得なのだが。
うん、今日のトマトスープも美味しい。
うちのコック達はなぜか揃いも揃ってマッチョだけど、腕はいいんだよね。
「パワー!!」とか言いながらザバッと調味料を入れるくせに、絶妙で繊細な味付けになっている。
謎だ。
昼食をとり終わった直後、メイドのサリーがパタパタと駆け寄ってきた。
「お嬢!お嬢!大変です!!」
なんだなんだ、カチコミか!?
ガルシア相手に命知らずな!
「コックス家のヒューゴ様がいらしてます!!」
「え?ヒューゴ様?なんでお兄ちゃんがいない時に……。ヒューゴ様もお兄ちゃんが留守なことを知ってるんだけどな」
思わず「ヒュー」と呼ぶのも忘れるほど驚いていた。
ヒューゴが我が家を訪れることはあるが、公爵家全員で遊びに来るか、テオドールに会いにくることばかりだったからである。
「お母さんが応対してるの?」
「いえ、奥様は茶会へお出かけになりました。今は執事長がとりあえず応接室へご案内しています」
そうだった、今日はお母さんが茶会で婦人方に『アカネイルは大丈夫ですよアピール』をしてるんだった。
じゃあ私がヒューゴのお相手をしなくちゃいけないってこと?
あ!早く行かないと、執事長のトーマスが余計な脳筋発言をぶちかましそうな気がする……。
正直、これ以上ヒューゴに幻滅されたくはない。
そうだ、これってもしかして「ルーって、少しは会話が成立する相手なんだな。これからはもっと話しかけよう」とか思ってもらえるチャンスじゃないの?
私、頑張って知的な会話を目指します!!
ってなわけで、やって来ました応接室。
ヒューゴはソファーで優雅に紅茶を飲んでいらっしゃる。
眼福眼福。
「ああ、ルー。突然訪問してすまない。ルーに話したいことがあってね」
カップを丁寧に置いたヒューゴが、目を細めて私を見た。
え、私目当てにわざわざ来てくれたの?推しが私に会いに!?
いやーん、感動ーー!!
『知的なルイーザ大作戦』は、ヒューゴの先制攻撃によって遂行する前に呆気なく失敗した……と思われたが。
「う、ううん、大丈夫。お兄ちゃんが留守なのに珍しいなとは思ったけど。私に話ってなに?」
なんとか踏みとどまった。
脳筋キャラだけはなんとしてでも払拭しておきたい。
「少し話しておくべきことがあるんだ。あ、その前にこれお土産。ルー、好きだろ?」
差し出された紙袋には、見慣れたお店のマーク。
こ、これは……カステラおばさんのクッキー!!
もはやカステラなのかクッキーなのかわかりづらいが、アカネイルで一番人気のクッキー屋さんである。
もちろんルイーザもここのクッキーが大好物だ。
「ヒュー、覚えてたんだね!」
嬉しくなって満面の笑顔になってしまう。
「そりゃあね。いつも最初にチョコチップをあるだけ全部食べてたじゃないか」
ひぃぃ、それは言わないでーーっ!
確かにルイーザは、空気も読まずに好きなものを好きなだけ食べる派だったけど、今の私はちゃんと弁えられる大人ですからー!!
『知的な女性』への道程は、遠く険しいと私は悟った。