15話 乙女ゲームのはずなのに
ヒューゴからのプロポーズが、使用人、はたまた騎士団までをも巻き込んでの大騒動へと発展しつつあった。
我が侯爵家の庭に、観覧席付きの決闘場らしきものが猛スピードで造られようとしている。
思いっきり日曜大工感が溢れる、素朴な出来ではあるが……。
図面も引かずに、いきなり一斉にてんでバラバラに造り始めるのだから当然だ。さすが脳筋。
早くも使用人達の間では、簡単にお嬢をくれてやるものかという「おとといきやがれ、結婚反対派」と、コックスの倅となら許してやろうという「お前見る目あるな、結婚賛成派」に別れているらしい。
って、なんだそれ?
ほんとみんな私に甘過ぎるというか、公爵家の跡取りに対して不敬が過ぎるんだよな……。
コックス怒らせたら、いつの間にか消されるぞ?
そもそも私の結婚に皆が口を出す意味がわからない。
自分の部屋で紅茶を飲みながら溜め息を吐いていたら、メイドのサリーが話しかけてきた。
「私は賛成派です!今回ヒューゴ様が負けちゃったら、もうこの後お嬢にプロポーズする人なんて出てこないでしょうし……」
それな!
私もそう思ったさ。でもメイドが言うことじゃないよね?
オブラートや気遣いという美徳を君はどこで落としてきたのだ。
まあそれより、今はなんで決闘が当たり前のように受け入れられているのかを確かめるのが先だ。
「ねえ、サリー。みんな当然のように、私が結婚するにはお父さんを倒す必要があるって思ってるみたいだけど、なんで?この前のヒューへの台詞は、お父さんとお兄ちゃんの咄嗟に出た悪ふざけじゃなかったの?」
私が首を傾げて尋ねると、サリーがポカンと口を開けてから、驚いた様子で言った。
「お嬢、マジで言ってます?ガルシアの娘なのにご存じない?え?マジでなんで知らないの?」
ある意味通常営業なのだが、本当に失礼なメイドだ。
「悪かったわね。っていうことは、有名な話なんだね?」
サリーいわく、ガルシアに娘が生まれて年頃になったら、当主はその嫁入り先を吟味し、己の代わりに大切な娘を守れる相手かどうか選別する義務があるらしい。
まあガルシアは武の要だから、嫁入り先で娘が誘拐され、人質に取られでもしたら影響が出るからだろう。
理屈はわかる。
でも今回は父と兄の趣味というか、楽しんでいるだけにしか見えない。
そして使用人達も、単にお祭り騒ぎがしたいだけだよね?
「ガルシアに娘が生まれたのはお嬢が久々なんですよ!ほら、旦那様も兄弟しかいらっしゃらないですし。みんなお嬢の結婚話がいつ出るか楽しみにしてたら、ヒューゴ様が『手合わせをお願いします』なんて仰るから、私はもう慌ててみんなに伝えたんですからね!」
やっぱりお前の仕業か。
脳筋が盛り上がると手に負えないんだよな。
とりあえずヒューゴと相談する必要があると感じた私は、彼に手紙を書いたのだった。
翌日、私はお城を訪れていた。
宰相補佐官を務めるヒューゴから、城でなら少し時間がとれると返事が来たからだ。
執務室へと案内されてノックをすれば、ヒューゴ自らが扉を開けて出迎えてくれた。
「よく来たね、ルー」
「ヒュー、忙しいところにごめんね」
部屋に通されると、宰相であるヒューゴパパが豪華なデスクに座っていた。
相変わらずシュッとしたイケオジだ。
「おじ様、ご無沙汰しています。お仕事中の訪問をお許しください」
頭を下げると、にこやかに席を立った。
「何を他人行儀な。ルイーザちゃんならいつでも歓迎だ。あ、お義父さんと呼んでくれても構わないよ?少し気が早いか?」
ハッハッハと笑うヒューゴパパは、この結婚話に乗り気のようだ。
「コックス家はみんなルーとの結婚に賛成なんだ。決闘も一発かましてこいって発破かけられているし」
私はヒューゴの言葉に驚いてしまう。
「そうなの?こんな面倒臭い相手でごめんね。ヒューならもっといいお相手がいくらでもいるのに……」
「いや、ルイーザちゃん。ガルシアとの縁が結ばれることはコックス代々の悲願なんだ。かつても打診をした先祖が返り討ちにあったり、直前に怖じ気づいたりで、結局結婚までは至らなかった。が、ヒューゴならこの困難にきっと打ち勝つだろう!!」
拳を握りながら熱く語る宰相……。
……おや?
ヒューゴパパまで脳筋っぽくなってきてない?
やっぱり父と仲良くしてると伝染るのかしら?
怖っ。
「ルーと話していて思ったんだ。ルーは今のガルシアの戦い方に疑問を持って、改善していくべきだと言ったよね?俺達も代々それを訴えてきたが、全く聞き入れて貰えなかった。でも娘の言葉なら聞く耳を持つかもしれない。俺とルーが結婚することによって、ガルシアの戦闘方法に一石を投じられれば、この国の武力そのものが変えられる」
なんだか壮大な話になってきたぞ……。
うちの家系はその頑固さと脳筋で、どれだけこの国に迷惑をかけてきたんだか。
確かに誰が聞いても無駄だと思う戦い方をしてるからな。
下手に勝ってるから文句も言いづらかったんだろうけど。
「わかったわ。ヒューをうちの面倒事に巻き込んで申し訳ないと思ってここまで来たけど、頑張って勝ってね!」
「ああ、作戦でも立てるか」
私達は式の日取りやドレスを決めるのではなく、なぜか父と兄を倒す作戦を練り始めたのだった。
あれ?この世界って乙女ゲームだったのに、なんでバトルマンガになっちゃったんだろ?
周囲を巻き込む脳筋の強制力に私は慄くしかなかった。




