13話 「推し」から「恋人」へ
恥ずかしいことを大声で暴露させられて、もう息も絶え絶えの私……。
今現在はヒューゴと隣り合わせで、図書館備え付けのテーブルセットの椅子に座っている。
近距離で向かい合うよりかはダメージは少ないが、肩が触れ合うほどくっ付いて座っているため、すでに体力も気力も瀕死状態の私にはこれでも十分きつい……。
そして、私と対照的にヒューゴはすこぶる機嫌が良さそうだ。
なにゆえ?
鼻歌でも歌い出しそうなヒューゴに、なんだか段々腹が立ってきた。
のこのこデートに付いてきた私も悪いけど、なんで私ばかりが秘密を打ち明けさせられ、意味深に揶揄われ、恥ずかしい思いをしなきゃいけない訳?
閉じ込められて、前世のことや細マッチョ好きを白状させられるなんて、これってかなり理不尽だよね?
そうだよ!一方的に攻撃されたままなんて、ガルシアの娘としてあるまじき姿!!
ここは戦闘一族の端くれとして、一矢報いねば気が済まぬ……。
攻守交代じゃー!!
「ちょっとヒュー!!」
心の中でホラ貝が鳴り響き、「出陣じゃー!」とばかりに勢いこんでヒューゴに攻め込んだ。
……つもりだった。
「ん?どうした?ルー」
あまぁーーーい!!
ヒューゴの声も瞳も、何もかもが甘過ぎる!
え?どうしちゃったの!?
ダダ漏れの色気に酔いそうなんですけど……。
「えーと、どうしたと言われましても、ヒューのほうこそ………えーい!もう!!ヒュー、あなた一体どういうつもり!?何を企んでるの?油断してた私が悪いから、煮て食おうが焼いて食おうがそっちの勝手だけどさー、攻めてくるならせめて目的をハッキリ……」
「え?食べていいの?じゃあドロドロに溶かして、グズグズにしてから食べようかな」
「ちがーう!なんか卑猥に聞こえたんだけど、それは私の心が澱んでるせい?って、そうじゃなくて、ヒュー、さっきから揶揄うにしては度が過ぎてるよ。一体どうしちゃったの?もう訳がわからないんだけど!!」
私はもうパニックだ。
ヒューゴってこんなキャラだっけ?
しかしヒューゴは依然として冷静だ。
「ねえルー、俺がこの前ガルシア家に行った時のことを覚えてる?」
「え?それはもちろん覚えてるよ。まだそんな日も経ってないし。お父さんとお兄ちゃんの悪ノリにヒューが付き合ってくれた時ね」
そうだった、アレも冗談だと確認しとかなきゃ。
タスクが多いのにパニクってる場合ではない。
ビークール、私!!
「悪ノリに付き合ったつもりはない。俺はずっと本気だ。真面目にルーと結婚したいと思っている。ルーは嫌なのか?」
ほうほう、ヒューゴが本気で結婚を……。
………………。
……え?結婚!?
ヒューゴが私と結婚したいって言った!?
「う、嘘!そんなの嘘だー!!だって、ヒュー、私のことなんて興味なかったじゃん。なんで急にそんなこと言うの?あ、家のため?」
推しにプロポーズをされてしまった。
でも私に好かれる要素があったとは思えない。
政略結婚のつもりなのだろうが、私は気持ちが伴わない結婚なんてしたくはない……。
悔しさに歯を食いしばって耐えていたら、ヒューゴが腕を伸ばしてテーブルに突っ伏した。
「嘘だろ?え?俺の気持ち全然通じてなかった?全部独りよがりだったのか!?」
ヒューゴが何か唸っている。
腕で顔が見えないと思っていたら、片目でチラッとこちらを見た。
何、その角度もカッコいいとか狡い……。
「ルーの察しが良くなったと思って油断していた…。前世の分も長く生きてる癖に鈍感すぎないか?まあ、ウブで益々可愛いが……」
ん?最後は聞き取れなかったけど、悪口言われてない?
散々気持ちを弄んだ挙げ句に悪口とは、私も怒るよ?
「ヒュー!!いくら政略結婚だからって、もう少しロマンチックに出来ない?」
ヒューゴがガバッと体勢を戻した。
「誰が政略だ!ルーが好きだから将軍にお願いしたに決まってるだろ!」
「だから!私のこと好きなんて嘘としか思えないって言ってるの!」
ヒートアップした私は、ドン!とテーブルを叩いてしまった。
「嘘じゃない!!確かに俺はずっと幼馴染みとして可愛がってきた。でも夜会で再会して以降、知的なことを言いながら態度は可愛いままのルーにやられっぱなしで、どうやって早く手に入れようかそればかり考えてきた。気のない女性をデートになど誘わないし、これでも態度で示してきたつもりだ!!」
こんな必死なヒューゴは見たことがなかった。
しかも、愛の告白にしか聞こえないではないか。
おや?
もしかして『幼馴染み特権』で私に甘かったんじゃなくて、私が愛されてたってことなのでは?
うぇぇぇぇー!!
「そ、そんなの気付かなかったよ。私、脳筋じゃないところを見せたくて必死で」
「俺はルーとの会話が誰と話すより楽しいと気付いたんだ。ルーの口から生き生きと語られる新しい言葉や価値観に心を奪われた。ルーが『脳筋』だろうと構わないし、むしろ『脳筋』という言葉に愛着すら湧いてきている」
やめてーー!
ゲームのヒューゴ様に脳筋は似合わないから!!
テオドールだけでお腹いっぱいだから!!
でも……ヒロインがカイルルートに進んだなら、私もヒューゴと結ばれてもいいのかな?
もう『推し』っていう言葉で誤魔化さずに、本当に好きになっても許される?
「そっか。私の勘違いだったんだね。嘘だって決めつけてごめん」
「いや、俺もちゃんとルーに気持ちを伝えてから将軍に言えば良かった。外堀を埋めるようなことして悪かった」
「ううん。私、本当は嬉しかったの。でも期待して冗談だったら辛いから、信じちゃダメだって思って……。私もヒューが好き!ただの幼馴染みじゃなくて、ヒューに愛される唯一の女性になりたい!!」
ヒューゴをしっかり見つめた後、思い切って自分から胸に飛び込んでみた。
この触れられる「推し」が、自分の愛する「恋人」になるのだと私自身に教え込むように……。
座ったままだったから、体がちょっと捩れてるけど。
しっかり受け止めてくれたヒューゴが強く抱きしめ返してくれて、私は「異世界転生最高!」と心の中で叫んでいた。




