10話 話が飛躍していませんか?
本日は予定無し。
部屋でゆっくり読書をしていた午後、なんだかやけに玄関の方角が騒がしいと思って顔を上げたら。
「ルー、帰ったぞー。お父さんだよー」
「お兄ちゃんが帰ってきたぞー。寂しかったかー?」
唐突に父と兄が戦地から帰ってきた。
まるで酔っ払いの帰宅の仕方だ。
え、普通先触れとかあって、いつ頃到着するか知らされるものじゃないの?
しかも勝ったかどうかすら知らないし。
まあ、勝ったんだろうけど。
「お帰りなさい、お父さん、お兄ちゃん。ケガはない?みんな無事?」
「もちろんなんともないさ。全く骨のない奴らだったからな。騎士も全員無事で、もう解散済みだ。ルーはいい子にしていたか?」
「もちろん。ねー、お母さん?」
「ええ。ルーちゃんはお城の夜会に行ったり、街に出たり頑張ったわよね」
などと、両親と平和でほんわかする会話をしていたら、テオドールにトントンと肩を叩かれた。
「なあなあ、この変顔凄くない?戦いの途中で思い付いたやつなんだけど」
うん、確かに凄いな。もう元の面影がないじゃん……。
舌がよくそんなに伸びるものだ。
いや、一番凄いのは戦ってる時に思い付いたってことだけどね。
こいつ、緊張感の欠片もねーな。
「う、うん。確かに凄いね。お兄ちゃん、元は格好いいのに勿体ないけどね」
なんて残念な男なんだと呆れながら返事をしていて思い出した。
兄が有り得ないほどポジティブだということをーー。
「そんな誉めるなよ!ルーがお兄ちゃんのこと大好きなのは知ってるが、俺達は兄妹だから結婚出来ないんだ。ごめんよ、ルー」
いやいや、このハチマキは何を言い出すんだ!?
どういう思考回路してるんですかねぇ、会話になってませんけど?
誉めてないし、兄妹じゃなくてもお前なんぞお断りじゃーっ!!
ヒロイン、義兄のカイルも微妙だけど、テオドールルートじゃなくて良かったね。
そしてグレモナの兵隊さん達、これに懲りたらもう攻めてくるのはやめてね。
無駄に兄の変顔のレパートリーが増えるだけだから。
玄関でわいわいしていたら、外から声がかけられた。
「家族でご歓談中に失礼します。将軍、無事のご帰還おめでとうございます」
ヒューゴが扉の脇に立っていた。
「おおっ、ヒューゴ!!今回も世話になった。父君によろしく伝えてくれ」
「はっ。……テオドールもお疲れ。って、疲れてなさそうだな」
「腹は減ったけどな。なんだ、わざわざ俺達に会いにきてくれたのか?」
私はヒューゴが父や兄と言葉を交わすのをこっそり観察していた。
今日も麗しい立ち姿に惚れ惚れとしていたら、ヒューゴがチラッとこちらを見た。
「ああ、もちろん労うためもあるが、今日は将軍にお願いがあって来たんだ」
ヒューゴがお父さんにお願い?
なんだろう、珍しいな。
「ん?何でも言ってくれ。コックスには恩があるからな」
うんうん、そうだよね。
お父さんはコックスの情報の有り難みをちゃんとわかってるもんね。
それに比べて兄よ!次期騎士団長としてもっと見識を広めないとまずいんじゃ……
「ルイーザ嬢とデートをする許可をいただきたいのです」
ん?ルイーザとデート?
んん?ルイーザって私のことじゃね?
「ああ、なんだそんなことか。わかった、許可しよう」
「なんだヒューゴ。お前、ルーとデートしたかったのか?仕方ねーな。俺もお前なら許してやるよ」
え?なんかあっさりと許可がおりて、ヒューゴとデートする流れになってるんですけど……。
確かに前回会った時、次回のデートを匂わせてたけど、まさかきちんと親に許可まで貰うとは。
でもそういう真面目なところ、ゲームのヒューゴ様のいいところだったんだよねー!
大切にされてる気がして、キュンキュンしちゃう!!
やっぱりヒーローは真面目なインテリに限るってもんよ。
「じゃあルー、正式にそういうことになったから。日はまた改めてでいい?」
「うん、楽しみにしてる!」
私が嬉しくてニコニコしていたら、視界の端でサリーが「やったね!」とばかりにパチンと指を鳴らしていた。
やめなさい、お行儀が悪いですよ?
「だがな、ヒューゴ。覚えておけ」
なぜか父が急に低い声でシリアスモードに変身している。
嫌な予感しかしない。
「デートは許すが、結婚はそう甘くはないぞ?ルイーザと結婚したくば……」
父が言葉を止めて、キッとヒューゴを睨み付けた。
「俺を倒して見せろぉぉぉ!!!」
はぁ?
この親父は藪から棒に何を言い出したんだ?
明らかに情緒がおかしいでしょ。
ヒューゴ、結婚の話なんてしてないじゃん。
「そうだぞ!ルーと結婚したかったら、俺達の屍を越えて行け!!」
兄まで変なテンションで加わってきた。
多分言ってみたかっただけだと思うけど。
待て待て、君達落ち着きたまえ。
ヒューゴは前回のデートのやり直しに誘ってくれただけだからね?
深い意味とかないし。
しかもなんで二人を倒さないと私はお嫁に行けないの?
そんな強い人この国にいないし、そしたら私って一生独身!?
「ちょっとやめてよ、二人とも。ごめんね、ヒュー。二人が変なこと言って……」
「いや、想定内だ。将軍、テオドール、時が来たら手合わせをお願いします」
ヒューゴが美しい動作で頭を下げた。
「楽しみだな」「せいぜい腕を磨いておけ」なんて父と兄がニヤニヤしながら頷いている。
へ?デートの許可を貰いに来たんだよね?
いいの?話が飛躍しちゃってるよ??
「こうしちゃおられん!」とか言いながらサリーが走り去っていったけど、あなたまた変な話を広めるつもりじゃないでしょうね?
私は一人、オロオロするしかなかった。




