1話 転生したら脳筋家族の一員でした
あ、やばっ。
この世界って乙ゲーの世界じゃん!
私ってば、『乙女ゲーム転生』しちゃったの!?
廊下を長いワンピースの裾を翻しながら駆けていたら、曲がり角から現れたスキンヘッドでマッチョな大柄の男とぶつかってしまった。
その素晴らしい筋肉にボヨンと弾かれた私は宙を舞い、壁に頭をゴツンとぶつけて一瞬気絶した。
……と思ったらすぐに意識が戻り、ついでに前世の記憶まで取り戻していた。
「お嬢!あっしが前をよく見ていなかったせいで……。お嬢!!」
「お嬢、しっかりなさって下さい!私がわかりますか?」
デカイ体を丸めたヒゲ有り坊主の男と、メイドの格好をした女の子が私を覗き込んでいる。
うん、大丈夫だから二人とも落ち着いて。
というか、いま一番動揺してるのは私だっつーの!
前世を思い出したら、この二人が某アニメの海坊◯と、メイドカフェの店員にしか見えない……。
サングラスは流石にしてないけど、アスファルトがタイヤを切りつける歌が頭を流れていったわ。
それより、なんで私が転生なんてしてるわけ?
今までなんとも思ってなかったけど、『お嬢』呼びってのも冷静に考えてみたらおかしいよね?
この家は任侠一家か!!
どうでもいいことばかりに突っ込みつつ、マッチョが差し出してくれた大きな手を取り、立ち上がる。
気分も悪くないし、平気そうだ。
「大丈夫。私こそごめんなさい。急いでいるんでしょ?私のことは気にしないで」
ニコッと笑って見せると、筋骨隆々の男はすまなさそうにペコペコしながら去って行った。
彼は父の部下の一人だ。
私もこうしてはいられない。
メイドのサリーに声をかけると、再び屋敷の玄関へと急いだ。
ここは多分、前世でプレイした乙女ゲーム、『イケメン王国物語 夢みるフォーチュン』の世界だと思う。
まあ、私ルイーザ・ガルシアはモブだし、ストーリー自体には関係しないから驚いたけれど気は楽だ。
モブなのになぜここが通称『イケ夢』の世界だとわかったのかというと、兄のテオドールが攻略対象の一人だからである。
イケ夢は、伯爵令嬢のマリアベルが王子や高位の貴族令息とキャッキャする乙女ゲームで、最初から伯爵令嬢なこともあって非常識な言動もなく、妙な婚約者略奪や、悪役令嬢が出てこないユルい乙女ゲーだった。
攻略対象者はタイトル通りイケメンばかりだったが、婚約者もいないため、単純に好感度が上がる行動を選び続けてさえいれば、割と簡単にハッピーエンドを迎えられる。
ただしハーレムエンドは存在せず、お相手は毎回一人に絞らなければならない。
兄が攻略対象の一人ということからもおわかりいただけるかもしれないが、うちのガルシア家は身分が高い。
父は侯爵で、この国の騎士団を束ねる騎士団長でもあり、将軍と呼ばれている。
よって、テオドールは攻略対象によくみかける『騎士団長の息子』というやつなのだ。
確かに顔も整っている……顔は。
そこまではいい。
自分が攻略対象の妹なんて、どうせモブだし別にどうでもいいことだからだ。
テオドールがマリアベルとくっつこうが、マリアベルが兄にフラれようが、私自身には関係ない。
むしろ勝手にやってくれ。
重要なのはテオドールの性格……いや、ここガルシア家のイメージだ。
家風と言えばわかりやすいかもしれない。
イケ夢の中でテオドールは「脳筋枠」であり、ガルシア家は「脳筋一家」として登場していた。
「脳筋一家」ーーつまり、家族みんなが脳筋ということで……?
いやーっっ!!
それって、私まで脳筋ってことじゃない?
自慢じゃないけど、前世では一応リケジョだったのに!?
インテリ男子好きだったこの私が!?
ショック過ぎる……。
そして、今世での私、ルイーザの今までの行動や発言を思い返して死にたくなった。
今までの私、めっちゃ脳筋じゃん!!
まさに猪突猛進、感覚だけで生きてる十六歳……。
侯爵令嬢なのに、さっきも廊下を思いっきり走ってたし。
あ!うちの使用人も領民もやけにマッチョが多い上、脳筋っぽいんだよな。
ん?騎士団のメンバーもそうかも!!
うわ、まわりに脳筋しかいないなんて、いくら元がゲームだからってちょっと引くわ。
いや、みんな性格はいいんだけどね?
私、今までみたいにうまくやっていけるかな?
「お嬢!間に合いましたね!!」
玄関まで辿り着き、声をかけてきたサリーに一応笑顔を向けたが、私の内心は荒れていた。
だーかーらー、お嬢ってなんなんじゃい!!
せっかく侯爵令嬢に転生したんだから、そこは「お嬢様」でしょーが!!
私は前途多難な今後を思うと、溜息を吐きたくなった。