天才と呼ばれた君へ
平均よりもちょっと上。それが周りから見た彼女の評価だ。
「いつまで手を抜くつもりなの?」
「やる気が出るまで」
私の質問に対し、彼女は気のない返事をする。彼女の視線は手元の本へ注がれたままだ。
「そんなこと言って……」
彼女の生返事に私はため息をつく。
彼女とは物心がつく頃からのつき合いだ。幼稚園から高校までずっと一緒。
天才
幼い頃、彼女はそう呼ばれていた。頭が良くて、運動神経も抜群。少し教われば、どんなに難しいことでも涼しい顔でさらりとこなしてしまう。
そんな彼女が今読んでいるのは英語の医学書。どうして読めるのか、不思議でならない。
「本気を出すと利用されて面倒でしょ」
彼女の言葉に私は言い返せない。
天才だから
その一言に幼い彼女は振り回された。大人たちにあれもやれ、これもやれ、と言われ続けてきた。彼女は大人たちの期待に応えられるものだから、要求がどんどんエスカレートした。結果、彼女は体調を崩した。
あまりにもがむしゃらな姿を私はずっと見ていた。私が遊びに行っている間、彼女は大人たちに利用されて拘束されていた。笑ってはいるものの、目は笑っていなくて、それが幼心にひどく響いた。
『天才じゃなくてもいいんだよ』
彼女のお見舞いに行った私は泣きじゃくりながら彼女に訴えた。
それからだった。彼女は天才と呼ばれなくなった。明らかに今までできていたことができなくなっていたのだ。
否、手を抜いて調整した。私にはそれがわかる。こうして難しい本を読むのも私の前だけだ。
『私、利用されないために手を抜いて生きていくよ』
中学生になったばかりの頃、彼女は私にそう明かした。
平均よりもちょっと上という見られ方をされる彼女を見てきた私にはわかることがある。
「だからと言って、夢を諦めるのは違うと思う」
私の言葉に彼女は顔を上げる。
「本当はやりたいことあるでしょ?」
私は積み上げられた本の中からプリントの束を抜き出す。それは難関大学の医学部の過去問のコピーだ。
「今度こそ、自分のために力を発揮しなよ」
大人たちの期待に応えるためではなく、彼女自身に応えるためにその天才ぶりを発揮してほしい。
私の願いに彼女はしばし沈黙する。そして、ぱたんと本が閉じられる。
「久しぶりに本気出してみようかな」
彼女は快活な笑顔を浮かべる。幼い頃、何にでも挑み、楽しんでいたときの表情だ。
「うん。応援してるよ」
彼女の新たな一歩に私も笑みがこぼれた。
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