第63話:調査依頼2
調査を開始した私たちは、互いの姿が見える範囲で行動していた。
護衛騎士が目を光らせているとはいえ、王都の外に一歩でも出れば、何が起こるかわからない。身の安全を最優先にして、各々作業に取り組んでいる。
瘴気の前で錬金術の道具を広げるクレイン様に、土に含まれる魔力を測定するリオンくん、そして、初めての地質調査で何をしていいのかわからない私。
ボケーッとしつつ、瘴気を見つけたら浄化ポーションをシュシュッとかけるだけの簡単な仕事しかできなかった。
もはや、私は調査と言えないが、経験と知識が不足しているため、どうしようもない。
こういう時こそ見習いらしく、クレイン様にいろいろと教えてもらおう。
思い立ったが吉日、クレイン様の元に近づいていくと、何やら怪しい儀式のようなことをしていた。
魔法陣が描かれた巻物を広げて、その上に黒い遮光瓶を置いている。
「何をされているんですか?」
「瘴気の成分を分析するのに、サンプルを採取するところだ」
そう言ったクレイン様が魔法陣に魔力を流すと、黒い遮光瓶の中に瘴気が吸い込まれていく。
「ほえ~。こういうこともできるんですね」
「手で触わると危険なエネルギー体は、何が起きるかわからないからな」
すべての瘴気を吸い終えると、クレイン様は遮光瓶に蓋をして、密閉用のシールを張り付けた。
それを魔力が込められた布で厳重に覆い、慎重に箱の中に入れている。
「意外ですね。薬草はともかく、瘴気の成分まで調べるとは思いませんでした」
「万が一瘴気の毒素でやられた時、成分を解析していないと適切なポーションが作れなくなる。瘴気が濃い場合は、最優先で行なう仕事だ」
なるほど。今回は瘴気の濃度が薄いから、必ず必要な作業とは言えないのか。
瘴気を防ぐマスクや防護服も準備していないので、すでに毒性の低い瘴気だと判断しているんだと思う。
「詳しい話を聞くと、納得しますね。まさか瘴気にも種類があるとは思いませんでした」
「調査に来る人間は限られているし、知らなくても不思議ではない。今回のようなケースで成分を解析することは少ないが……。まあ、念のためと言うやつだな」
口を濁したクレイン様は、思うところがあるのか、神妙な面持ちをしていた。
先ほどのお父様との話から推測すると、穏やかな状況だとは思えない。
人為的に瘴気を発生させるなんて話、聞いたこともないが、果たして……。
「騎士団の調査では、このあたりを中心に瘴気が多く発生している。騎士が安全を確保してくれているが、十分に気を付けてくれ」
「わかりました。瘴気を見つけ次第、シュシュッと浄化しておきますね」
今回の調査依頼は、師弟関係を築く良い機会になると思ったけど、それどころではないらしい。詳しい調査方法を教えてくれる様子はなく、瘴気の浄化を優先するように言われてしまった。
これはあくまで国王様の依頼であり、お父様まで前線に駆り出される異常事態だと考えると、我が儘を言えるような状況ではない。でも、ちょっとくらいは教えてくれてもいいのに、とも思ってしまう。
そんな私の気持ちを察したのか、クレイン様に笑みを向けられた。
「ミーアには、まだ調査のやり方を教えていない。今回は見学しながら、瘴気を浄化してくれるだけで十分だ。万が一不審な魔力の痕跡を見つけたら、遠慮なく知らせてくれ」
クレイン様の言いたいことはわかるし、その通りだと思うんだけど……。
なんだか上手いことを言って、機嫌を取られているだけのような気がして、思わず私はムスッとしてしまう。
「見習い錬金術師にもわかるような異常なら、もう騎士の方々が見つけていると思います」
「物理的な痕跡はともかく、魔力の痕跡は難しいだろう。俺はミーアがとんでもないものを発見しそうで怖いと思っているぞ」
「そういう台詞を、フラグを立てる、って言うらしいですよ」
「なんだ、それは」
「平民の間で流行っている言葉です。縁起が悪い言葉に分類されるので、クレイン様も気を付けてくださいね」
気遣ってくれたクレイン様を責められないので、次は魔力を測定するリオンくんの元に向かった。
小さな袋に土を採取した後、持参していた薬剤を加えて、それの反応を見ている。
「リオンくんはこういう調査に来たことがあるんですか?」
「何度かありますよ。ヴァネッサ様の下で仕事をしていた時は、いろんなことをやりましたからね。絶壁に咲く花の採取とか、魔物の血で育てるブラッドフラワーの栽培とか……。ヴァネッサ様の気が向く限り、何でも……」
急にリオンくんの目が死んだので、過去の仕事が頭によぎり、ツライ思い出が蘇っているんだろう。
深く関わっていない私でも、ヴァネッサさんとの思い出は良い方が少ない。それだけに、今までリオンくんがどれだけ振り回されてきたのか、聞かない方がいいと思った。
どうやら錬金術師として活動していた時も、ヴァネッサさんは果てしなく自由に過ごしていたらしい。
「なんとなく察します。リオンくんも苦労されてきたんですね……」
「わかってくださいますか? ヴァネッサ様、やりたくない仕事を押し付けてくる癖があるんですよ……」
「ヴァネッサさんらしいと思います。私はクレイン様の助手で本当によかったです」
ただ、悪い思い出ばかりでもないみたいで、徐々にリオンくんの目に生気が宿り始める。
「それでも、僕は恵まれている方ですよ。ヴァネッサ様が教えてくださった錬金術は、誰にも成し遂げることができなかった技術です。もし弟子になっていなかったら、力の腕輪は作れませんでした」
錬金術師としてのヴァネッサさんを知らない私は、どれほどすごい人だったのか、あまり実感が湧かない。
しかし、彼女が残した功績である破邪のネックレスを見ると、納得せざるを得なかった。
三日月型にデザインしたネックレスに付与することが、どれだけ困難なことか、今ならよくわかる。針に糸を通すような感覚で魔力を付与した形跡があり、精密な造りをしている印象だった。
これが未完成と言われても、納得できないほどに。
「私には、ヴァネッサさんの考えることがよくわからないんですよね。たとえ魔装具が作れなかったとしても、優れたネックレスが作れるなら、引退しなくてもよかったのに」
「普通の感覚ではそうだと思いますが、ヴァネッサ様は満足されなかったんでしょう。これ以上のものは作れないと、自分で証明してしまったんですから」
「気持ちがわからなくもないですが、そんな代物を託されてもなー……」
心の声をボソッと口にしてしまい、ハッとする。
受け継ぎたかったであろうリオンくんの前で不謹慎だった……と思っていたのだが、意外にそんな感じでもない。
周囲の様子をキョロキョロと確認したリオンくんは、私に顔を近づけてきた。
「あまり大きな声で言えませんが、破邪のネックレスを託されたミーアさんには、お伝えしておくべきかもしれません。誰にも成し遂げることのできなかった、ヴァネッサ様の錬金術のことを」
「私、とても口が堅いです。ぜひ教えてください」
錬金術大好きセンサーがビビビッ! と反応した私は、考えるよりも先に言葉を発していた。
元Aランク錬金術師が残した素晴らしい技術。そんな喉から手が出るほど聞いてみたい情報を前に、興奮せざるを得ない。
絶対に聞き逃さないようにと、私は全神経を耳に集中させる。
「実は、付与領域と形成領域を同時に展開すると、魔力の通り道を二重にできるんですよ。そうすることで、魔装具に近づくことができたんです」
……。どこかで聞いた話だな。それって、もしかしなくても――。
「EXポーションを作成する時に同じことをしましたね。調合領域と形成領域を同時に展開すると、ポーションの品質が向上することがわかったんですよ」
ギョエッ! と驚くリオンくんは、急にアタフタとし始めた。
「難しくありませんでしたか? 僕、力の腕輪を一つ製作するのに、最低でも五日はかかるんですけど」
「めちゃくちゃ難しいですよ。素材ランクが低いものを使用するEXポーションでさえ、時間と手間が段違いですからね」
「わかります! 魔力操作が著しく難しくて――」
「ン、ンンッ!!」
クレイン様の大きな咳払いが聞こえ、私とリオンくんはハッとした。
知らないうちに二人で興奮して、互いに大きな声を出していたようだ。
思わず、クレイン様の冷たい視線を見た私たちは、シュンッと縮こまってしまう。
「リオンくん。この話を聞かれるわけにはいかないので、なかったことにしましょう」
「そうですね。調査を再開しましょうか」
何事もなかったかのようにサササッと移動した私たちは、調査を再開するのだった。







