第58話:待ち伏せ1
すっかり周囲が暗くなり、王都に酒飲みたちの声がワイワイと響き渡る頃。
仕事終わりの私は、明るい大通りを歩いて帰路に着いていた。
「まさか錬金術に集中しすぎて、時間を忘れてしまうなんて」
新しく付与スキルを身に付けたことが嬉しくて、ついつい「もう少し。もう少しだけ」と、聖水ばかり作っていた。
その結果、就業時間を過ぎても作り続け、最終的にクレイン様とリオンくんの白い視線を痛いほど感じて、しぶしぶ終えることにしたのだが。
あまりにも外が暗くて、ビックリしている。夜遅くに一人で出歩くことはないので、王都の街並みをちょっぴり怖く感じていた。
「強がらずにクレイン様の言葉に甘えた方がよかったかな……」
貴族の女性が夜に一人で出歩くべきではないと、クレイン様が気遣ってくれたけど、丁重にお断りしている。
私の我が儘で仕事を長引かせた以上、付き合わせるわけにはいかなかったから。
これくらいの時間帯なら、大通りを歩いている限り、危険な目に遭うことはない……と思っていたのに、急に路地裏の暗闇から一人の男性が近づいてきた。
高い身長から見下ろし、必要以上に威圧的な態度をする、この方は――。
「随分と遅い時間まで仕事しているんだな、ミーア・ホープリル」
リオンくんが師事する宮廷錬金術師、ゼグルス様である。
思いも寄らないところで遭遇して、私は反射的に身構えた。
「な、なんですか。こんなところで、急に」
「警戒するな。チンチクリンのところのひよっ子に手を出す趣味はない」
……。相変わらず言葉遣いが酷いというか、見下してくるというか。警戒しないでほしいなら、先にその威圧的な態度を直してほしいよ。
一応、護身用に持っている癇癪玉に手をかけ、いつでも使える準備だけはしておく。
「まったく、あのチンチクリンは何を考えているんだ。夜間に帰宅させる時は、騎士の一人くらい手配してやればいいものを」
ん? これは何かの罠だろうか。暗い裏路地から待ち伏せしていたかのように出てきて、優しい言葉を投げかけてくるなんて。
彼の意図が読めないので、絶対に不意を突かれないように気を付けよう。
「クレイン様には気にかけていただきましたが、お断りしました。仕事が長引いたのは、私のせいだったので」
「馬鹿なことを。誘拐でもされたいのか? 王都の治安は安定しているが、いつどこで何があるかわからないんだぞ。次からは必ず送ってもらえ」
「でも、私のせいで残業をさせてしまっているので――」
「いいなっ!!」
「は、はい……。すいません」
突然の親切に、私はただただ圧倒されてしまう。
さっきまで暗闇でよくわからなかったが、明かりで照らされたゼグルス様の表情は、思っている以上に穏やかだった。
言葉遣いは悪いものの、以前あった時とは別人のように思える。
「話は変わるが、リオンはうまくやっているか?」
「えっ? あっ、はい。まあ、大丈夫ですけど」
「そうか。やはり、あいつは人に好かれる奴だな。俺の元から離れても、十分にやっていけると思うんだが」
ましてや、突き放すように押し付けたリオンくんの心配までするのだから、私は混乱状態である。
もしかしたら、これが本来のゼグルス様の姿なのかもしれないが……。
「お言葉ですけど、リオンくんが好んでゼグルス様の下にいるとは考えにくいんですが」
「どういう意味だ」
「そのままの意味で受け取っていただいて大丈夫です」
あまり良い印象がないので、少し反論すれば本性を現すかな……と思っていると――。
「貴族が多い錬金術の世界において、平民にしかわからない悩みもある。誤解するのは勝手だが、見えるものだけがすべてだと考えるのはやめておけ」
年相応に落ち着いている雰囲気があり、とても真っ当なことを言われてしまった。
これでは、噛みついた私の方が失礼である。
「おっしゃる通りですね。クレイン様と言い合っていた時とは、まるで別人みたいです」
「チンチクリンとは考え方が合わん。奴は理想ばかり語るだけで、肝心な現実が見えていない」
「そんなことありません。現実を見た上で、理想を追い求めているだけです。ポーションを作っていると、助けられない人も見えてくるわけであって……」
魔物の繁殖騒動のことを思い出した私は、思わずゼグルス様から目を逸らした。
EXポーションを作成したことで、大勢の人の命が助かり、いろいろな方から感謝されている。でも、被害は出ているし、何名もの人が命を落としていた。
それに対して、私がもっとポーションを作れていたら……などと、背負うつもりはない。でも、心のどこかでモヤモヤした気持ちが残っていた。
そんな私とは対照的に、再び魔物の繁殖が起きないように努力されているクレイン様は、現実を見据えていると思うんだけど。
ちょっぴり感傷的な気持ちを抱いていると、ゼグルス様は察してくれたのか、頭をポリポリとかいて場が悪そうにしている。
「奴の錬金術の腕だけは認めている。だが、理想を中心に物事を進めようとするのは、チンチクリンの証拠だ。責任感に押し潰されてしまっては、自分を苦しめるだけだぞ」
やっぱりゼグルス様は悪い人ではないのかもしれない。なんだかんだで気遣ってくれるし、相手のことを思う気持ちを持っている。
平民から男爵位を得た方だし、宮廷錬金術師の経験も長い。本当にクレイン様と考えが合わなくて、苛立ってしまうだけなんだろう。
思わず、失礼な態度を取ったと自覚する私は、癇癪玉から手を放し、深々と頭を下げる。
「先ほどは大変失礼しました」
「……チンチクリンのところのひよっ子にしては、物分かりがいいな。道端に落ちていたパンでも食べたのか?」
「食べませんよ」
うぐぐっ……前言撤回。この人、やっぱり嫌な人だ。あまり深く関わらずに、早く家に帰ろう。
「で、どうして私を待ち構えていたんですか」
「興味深いことを言うものだ。やはり、頭もひよっ子か」
「むぅ。それはどういう意味でしょうか……!」
「ひよっ子に手を出す趣味もなければ、待ち伏せする趣味もない、ということだ。俺は今、少し……いや、かなり迷惑な奴を待っている。正直に言えば、ひよっ子の送り迎えをしている方がマシなくらいにな」
なんでこの人はいろんな人に喧嘩腰なんだろう。だいぶ慣れてきたから、別にいいけど。
「いったい誰を待っているんですか。そんな迷惑な人がこの街にいるわけ――」
「だ~れだ~? ミーアちゃんなら、わかってくれるわよね」
いたわ……。自由奔放で迷惑かける人が、一人だけいた……。
良い大人になっても、こんな目隠しをしてくる人なんて、この世に一人しかいない。
「私が待ち合わせをしていたわけではないので、やめてもらってもいいですか。ヴァネッサさん」
「あったり~! もう、ミーアちゃんは相変わらず照れ屋さんね」
ヴァネッサさんが目隠しを取ってくれたと思ったら、不用意にベタベタと抱き付いてくる。
さっきまでリオンくんと一緒に仕事をしていたこともあって、ネックレスのことを聞いてみたいのだが……。ゼグルス様が何を考えているのかわからないので、聞きにくかった。
まずは二人の関係性を探るべきだろう。
「二人が待ち合わせするほどの仲だったなんて、意外ですね」
「そうかしら。こう見えて、ゼグちゃんとは長い付き合いなのよ」
ぜ、ぜぜ、ぜ、ゼグちゃん!? な、なんてあだ名で呼んでいるんですか!
さすがに似合ってなさすぎますよ。ニ回り近く年の離れたおじさんを、ゼグちゃんと呼ぶなんて……!
「おい、ひよっ子。笑うな」
「い、いえ。全然笑ってないですよ」
「口元を引き締めてから言え。だから、こいつと会うのは嫌なんだ」
先ほどまでの穏やかな表情とは一転して、ゼグルス様は呆れたようにプイッとそっぽを向く。
思い返せば、ゼグルス様は路地裏に隠れるように誰かを待っていた。もしも隠れていなかったら、遅れてきたヴァネッサさんに『ゼ~~~グちゃ~~ん!』と、大声で呼ばれていただろう。
たとえ怪しまれたとしても、路地裏に隠れたくなるゼグルス様の気持ちがよくわかる。
それを考えると、私に声をかけてくれたのは、純粋に心配してくれた結果なのかもしれない。
「今日は時間がない。ヴァネッサ、早く行くぞ」
「せっかちね。ついでだし、ミーアちゃんも一緒に来るといいわ。家まで送るわよ」
「あっ、はい。ありがとうございます」
何とも言えない奇妙な三人で、夜の王都を歩いていくのだった。







