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無言
「ねぇ、野根怪しくない」なんて言ったのは誰だったか。
声の調子と話し方からして滝本だろうとは思うけど、僕はそれを確かめることはなかった。
未だに、いるかも分からない水川の靴を隠した犯人とやらを探しているらしい。
野根。それはつまりは僕の苗字で、トイレから教室へと戻ろうとしていた時に聞こえてきたものだった。
「いいや、それはないよ」
「なんでよ」
教室の扉を掴んだ手を戻す。聞こえてくる否定の声の主は水川だ。
「あいつは話せないし……、家がうちと隣だぜ?それに理由がないだろ」
僕は彼の言葉をそれ以上聞かないようにして、チャイムが鳴るまで時間を潰した。
水川が言うように、僕は言葉を話すことが出来ない。嗚咽を出すことはできるけど、そんなもの、とても見せられるわけがない。
廊下に背を預けた僕は、心を落ち着かせるために目を閉じて、そっと息を吐く。
改めて言われると、胸がざわついて仕方がなかった。
失声症を治すために月一でカウンセリングを受けてはいるけれど、僕は未だに声が出せない。
そして次の日、水川の靴が見つかった。