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うちのミケ様は招き猫【三毛猫奇譚】  作者: NAO
第2章 人か猫かバケモノか
11/43

11 幸と福

 わっちがついてきていると気付いた幸に「村に戻れ」と何度も言われたでありんす。

 何度言われてもわっちは幸の後をついて行った。

 幸は何度も振り返り、わっちがまだついて来ていると分かると、その度「村に戻れ」と言う。

 わっちはその度「イヤーン!(いやー!)」と言う。

 そんなやり取りが何度続いたのか忘れたが、いつしか幸は振り返って「戻れ」とは言わなくなった。

 どれくらいの時間歩いてきたのか忘れてしまったが、わっちもいつしか幸の歩調に合わせて横を歩いていたでありんす。

 「福、見て。これが琵琶湖よ。」

 と、幸が指差した。


 ─相変わらずでっかい水溜りでありんすねぇ


 わっちは昔おっかさんと見た事を思い出した時、湖から風が吹き荒れた。

 わっちは思わず風に煽られる。

 「湖風だわ。福、大丈夫?」

 幸はわっちの方を向いて微笑みかけた。

 「ニャァ!」

 わっちは答える。

 「もうすぐ着くわよ。」

 幸はゆっくり歩き始めた。


 その町に着いたのは、その日の夕方だったと思う。

 湖から来ていた風は、今度は湖に向かって吹き始めていたでありんす。

 そこは湖岸で、村とは違い人がたくさん行き交っていたでありんす。


 ─人ってこんなにいたのか!


 と、あの時のわっちの衝撃は今でも覚えているでありんす。

 何せなるべく人とは関わらない様に生きてきたでありんすから。

 幸の横を歩きながら、わっちは人とすれ違う度にドキドキしてでありんす。

 幸はわっちがはぐれない様にゆっくりと歩き、わっちは幸を見失わない様に足早に歩いて行くと、『琵琶薬屋』と言う看板の前で幸は止まった。

 「旦那様、女将さん、只今戻りました。ご不便をおかけして申し訳ありませんでした。」

 幸は店の中にいた老爺と老婆に向かって言った。

 中で椅子に腰掛けていた老婆はゆっくりと杖をつきながら立ち上がり、腰を擦りながら幸に近付いて

 「幸、お帰り!お母様は元気だったかい?」

 と、言う。

 老爺の方は足が痛むのか、足をさすりつつ立ち上がろうとしたが辞めたようだ。

 「幸ちゃん、おかえり。」

 老爺もそう言って幸に優しく微笑んだ。


 ─コイツが幸を「売った」奉公先の主人たちか。


 わっちは幸の前に出て「フシャーーー!」と威嚇すると、老婆は穏やかに、優しそうに笑って言う。

 「おや?これはかわいらしい幸を守るお侍様だこと。」

 「村にいた子なんですけど…ここまでついて来ちゃって…。」

 と、幸は少し照れたように言う。

 「お侍様の名前は?」

 老婆は杖に寄りかかりながらわっちを見るために、低い上半身をさらに低くしてわっちに笑いかけた。

 「『福』と言うそうです。」

 幸が答える。

 「そりゃ縁起が良いじゃないか!『(サチ)』と『(フク)』で『幸福』とはねぇ!」

 老爺はニコニコとしながら言う。

 老婆がわっちの頭に手を伸ばして来た。

 わっちは何の抵抗をする事なく大人しく触られてやったでありんす。

 優しい手であったでありんす。

 「旦那様、明日湖西屋に行きます。」

 幸は覚悟を決めた様に真剣な眼差しで言った。

 それを聞いた老婆は目に涙を溜めたまま

 「ごめんなさい…幸…。」

 と、幸を抱きしめた。

 この人たちが幸を「売った」のには、どうやら理由がありそうだ。 


 幸が老夫婦に頼まれて買い物に出掛けている間に、その理由は分かった。

 老夫婦は幸が帰って来ない事を望んでいたが、その願いは届かなかったと、悲しんでいたのだ。

 この老夫婦は、幸の死んだ父親の遠い親戚らしい。

 老夫婦の息子たちは皆、戦で戦死し跡継ぎももういない。

 老爺の若い頃は商売も上手くいっていて、他より少し「裕福」であったが、歳を重ねて次第に経営が傾いて来ていた。

 しかし幸を丁稚奉公として囲うくらいの余裕も蓄えもはあったのだが、近年の戦続きのご時世により経営は更に悪化。

 しかも加齢による身体的な衰えも相まって、店を開けることもまばらになった。

 しばらくは幸が店に立ち、何とかギリギリの生活をしていたが、ついに店を閉めることにしたらしい。

 しかし、幸の仕送りがなければ梅が窮地に立たされてしまう。

 そこで幸は老夫婦に頼み湖西屋に『身売り』をして貰った。

 と、言う事らしいのだ。

 老夫婦は幸が他の店に行く前に、梅に会っておくようにと、暇を与え、あまつさえ梅に止められて戻らない事を願っていたのだ。


 買い物から帰ってきた幸はなぜかゴキゲンだった。

 部屋で幸の帰りを待っていたわっちの毛は(毛づくろいのしすぎで)ベチョベチョだったが、幸のゴキゲンな顔に安心したでありんす。

 「福、お土産よ。」

 と、ニコニコしながらわっちの首に何かを巻きつけた。

 青い紐に鈴が付いている。

 「福は青が似合うわね。」

 と、言いながら幸はわっちを抱きあげた。

 首輪を貰うなんて初めてで、首の周りがくすぐったかったがやぶさかではなかった。

 「福、この首輪は私と福が家族って言う『印』よ。」

 わっちはなんだかとても嬉しくて

 「ニャン!」

 と、ゴキゲンに鳴いた。

 おっかさんがいなくなってから一人ぼっちだったけど、幸が家族になってくれたでありんす。

 大事な家族でありんす。

 『男なら大切な物を守る』

 わっちが必ず幸を守るでありんすよ!


 と、わっちは意気揚々だった。

 今度はちゃんと守れる気がした。

 しかしわっちはまだ小僧だったから、『身売り』はどんな店に売られるか、良く分かってなかったんでありんす。

  

 

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