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「いや、すまない。休みの日に呼び出して。ちょっと聞いてもらいたいことがあってな。」
土曜日の朝、宮沢とよく将棋の練習をした戸田の将棋教室にいった上村は、近くの空いている席の椅子を引いて座った。「最近の将棋の成績はともかく、内容はどうだ。俺も思うような将棋が指せずヒドイ将棋を指しているが、お前のことが少し気になってな。今、自分で自分の将棋の内容に関してどう思う。」
この日も師匠と軽く将棋を指すつもりで盤を眺めていた宮沢はかけていたメガネを取り、ハンカチで付着していた曇りを拭きながら上村の顔をじっと見た。
「内容はまずまずかもしれません。対局には負けていますが・・・。オレなりに、棋士として経験が豊富な相手とよくやっているような気がします。」
本音では、勝星が取れていない現状に悔しい思いがあるだろうが、宮沢は心の内をのぞかせはしなかった。
「そうか。実はな、今回お前を呼び出したのは研究チームをつくりたいと思ったのだ。」
上村はいい、話を続ける。
「オレ自身もそうだが、最近、”将棋に対して情熱”や”勝ちにこだわるような勝負”ができていないような気がするんだ。確かにそれが原因で将棋に勝てなくなっているとは言い切れない。年齢や現在の相手の強さなどが関係はするとは思うのだが。ただ、今の状態ではダメだと俺は思う。」
宮沢は意外そうに一瞬きょとんとした顔を見せる。上村の最近の成績が良くないことは知っていたが師匠がそんなことを思っていたとは。オレと同じように勝利を得るためにもがいていたのか。
そこで、
「ジローさん、具体的にはどうするつもりです?」とするどい返事を寄越す。
「まだ研究会といっても何をするかは決めていない。ただ今まで通りに漠然と将棋を楽しんで指していくつもりはないんだ。まず最初にやることとして研究会では目標をつくろうと思う。」
「目標ですか。」
宮沢は物珍しそうに尋ねる。
「師匠に研究会に誘われるのは正直うれしいですが、オレ自身、仲間と何を研究すればいいのか分からないです。今でも他の棋士と勉強会に誘われて行くんですが、研究をするというよりもむしろトッププロの力を肌で感じるため。自分がどこまで強いのか測ることは重要ですから。それに勉強することにより将棋に絶対こうするれば勝てるという取って置きの秘策なんか見つけることができるんですかね。」
「言いたいことはわかる。オレと研究会をしても友春が求めているトップレベルの対局ができるわけでもない。そしてどうすれば将棋に勝てるのかをつかめるキッカケになるかもわからない。だがオレは既に目標をつくっている。」
上村はそこでごくりとつばを飲み込み、「今年の目標は、棋戦の優勝を行うことだ。」とはっきりとした声でいった。