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 10時きっちりに宮沢の対局は始まった。相手は山手武志六段、三十六歳。二十代のような深く正確に詰みまで将棋を読むことはできないが、今まで経験してきた将棋の流れや感覚で指すことができるようになる年齢だ。だが山手六段は現在、4連敗中と聞いており、ここ2,3年、成績のほうも下降気味である。宮沢は若い頃の山手を知らないがこのスランプ気味の相手には絶対負けるわけにはいかないと固く心に決めていた。


「時刻になりました。では始めてください。」

 記録係が声を掛けた。振り駒の結果、先手は宮沢である。電車の中で考えていたように7六歩と指す。大駒である角の交換をして激しい勝負に持ち込むのもいいし、角交換しなくても角が動きやすいように道をつくっておくのもいい。

 山手六段は角を交換するほうを選ぶ。彼も自分が若い頃のように何千手も先まで読めないことを感じているので敢えて激しい将棋に持ち込み、長年の経験が活かせる未知の局面の将棋に持ち込もうとしているのだ。だが宮沢もこのような将棋を指すのは嫌いではない。どちらかというと先人たちが研究してきた定跡通りの将棋よりも自分の感覚で指すほうが好きである。

 お互いに先が読みづらい将棋を指そうとしている本局は昼休みに入る前から激しい駒のぶつかり合いになった。駒組みの序盤がほとんどなく、中盤に突入している。山手、宮沢どちらも王の位置をほとんど動かさず、盤の中央で駒が行き交っていた。そして12時ごろ山手が手番になった時、彼は立ち上がる。


 「ふっー。」と山手は息を吐き、額の汗をハンカチで拭う。

 形勢は6対4で、宮沢のほうがやや優勢か。

 なんとか後手の山手としては次にいい一手を指すか、または発想を変えるような手が必要があった。

 山手は「ここは十分に時間を使うか。」と言い、眉間に皺を寄せながらそのまま昼飯を食べに対局室を出ていく。

 宮沢も側に置いてあったペットボトルからお茶をコップに入れ、一口呑む。持ち時間のほうは山手があと約2時間、宮沢は約3時間と既に1時間近く差がついている。将棋の形勢のほうも宮沢はこの”勝負はいける”と自覚もしていた。だがやはり定跡通りの戦いではないので彼もかなり神経をすり減らしていた。

 いろいろな手を考えることはできる分、一歩間違えると悪手になりすぐに形勢は逆転してしまう。宮沢もプロ棋士になるまで何局、何百局と指したり、観戦したりしてきたが、こういう場面で悪手を指してしまい、勝星を逃がす棋士はとても多い。人間が将棋を指すので常に最善手を指すことは難しいのだが、将棋のプロになるにはどれだけ悪手を減らし、最善手を指すかが重要になる。

ここは山手がいったように気分を変える必要があるな。

少し外の空気に触れよう。

宮沢も昼になったので対局室を後にし、昼飯を食べに行った。

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