09.バカ話は戦場でこそ色褪せない
緊急事態に付き主人公が全力で現場に向かいます。
「人使い荒いんとちゃうか? ホンマ勘弁してくれや……」
「ドラ1のくせに文句言うなよ」
ジャーマニカが攻めて来た、それが警戒体制が敷かれた時のカワズニーの第一声だった。決して慌てず事実だけを伝える彼女の表情は淡々と仕事をこなすサラリーマンの顔つきだった。
「そない言うから貧乏くじ引くんやで? ドラ4も言いたいことははっきり言った方がええって」
「まだ引いてないから。それよりも油断するな」
「そやな。この先に敵がおるっちゅう話やから気を引き締めんと、マウンドに立つように淡々とアウトを取るように、な」
俺は平仮名が読めるバカ、通称ドラ1と共に戦場に向かって走っていた。
コイツは大阪府の名門BL学園出身のバッティンピッチャーだった男だ。俺と同様に公式戦の出場経験はゼロ、名門の壁に埋もれて来た男だ。
今になって互いに思い出したが俺たちは初対面じゃなかったんだ。
俺も神奈川県の名門日大最高の出身で名門同士、都道府県を跨っての練習試合など珍しくない。
俺たちは母校の練習試合で過去に出会っていたのだ。そして二軍同士、直接対決したこともある。
コイツは良い変化球を放る奴だったな、と微かな記憶が掘り起こされていく。ドラ1も同様に俺を思い出してくれて、そう言った経緯も相まってコンビを組む流れに至った訳だ。
「今回はカワズニーの尻拭いじゃない?」
「アホか!! 可愛い女の子のお尻を拭えるなんてご褒美やで、ホンマに!!」
「……お前聞いた? カワズニーの実年齢?」
ドラ1は女の子の尻を追いかける典型的な変態で『見た目だけ』は美女とも美少女とも取れるカワズニーに熱をあげてしまったのだ。
だが俺は彼女の口から恐ろしい事実を聞いて思い出すだけで吐き気を催すほどに酔ってしまっていた。
何故ならばカワズニーは魔法の力を使って見た目を操作していたのだから、あのババア、絶対に許さねえ!! 幼気な高校男子の心を弄びやがって!!
「知っとるよ? 777歳やろ? スリーセブンで最高やん、スリーサイズも生唾モンやで?」
「……バカで羨ましいよ」
実は出撃する前にカワズニーの年齢を知ったのだが、あのロリッ娘は777歳のババアだったのだ。完全に詐欺、年齢詐称だよ。となるとヤクザの情報は間違いでは無かった訳か。
本当に頭痛が酷くなる思いだ。
「お前は少し漢字が読めるからって人をバカにするのは違うんとちゃうか!? かああ、こない嫌な奴だとは思わんかったわ。ホンマに幻滅するわ、頼むから俺の青春の1ページを返して欲しいで!!」
こうやってバカ話を繰り返すが、俺たち二人はカワズニーの依頼で戦場に向かって走っている。
ではどうしてジャーマニカが攻めて来たかと言えばドラフト会議の一悶着が原因だそうだ。
ロマーリオのセレソンにエスパーニュアスのハイエニスタ、二人は会議が荒れても異世界の拮抗のためにとカワズニーの強引なやり方を黙認してくれた。
だが文官上がりのカンはそうしてはくれなかったのだ。
大国としてのメンツに泥を塗られたとジャパポネーゼに宣戦布告をしてきた訳だ。
アイツ、最後までカワズニーに文句を言っていたからな。この状況に陥っても俺は思わず納得してしまった。
そして大国らしく中堅国家に鉄槌を下さんと鼻息を荒げて軍を起こして来た、と言うことだ。
その戦場とは両国の国境付近、地形は地肌を晒した断崖絶壁に囲まれた複雑に入り組む荒野。俺たち二人は現場に到着してまるで山を登頂しきった登山かの如く額に手を当てて、その状況を観察する。
「ジャパポネーゼは国境の警備隊が先に動いてるのか」
「しゃーないやろな。奴さんはそれなりに準備して攻めとるんやから、反対にこっちは後手後手や」
戦況はまさにドラ1の評する通りでジャパポネーゼは苦戦していた。
何とか地の利を生かして守備を固めているがジャーマニカの軍勢はその数五十万、俺はその数に思わず息を呑んでしまった。
これには異世界が慢性的に食料問題を抱えていると言う事実を実感してしまう。
敵国を攻め入るのに数日の準備だけでこれ程の規模の軍を起こせるとなれば、一般市民は如何ほどかと考えざるを得なかったのだ。
「ジャパポネーゼ側は五千だっけ?」
「これを戦争と呼ぶんやな、あの肥えた禿頭は」
「今更だけどホッとするよ。カワズニーがドラフト会議に参加してくれててさ」
「何や? さっきまでブー垂れてたくせしよって」
「別に彼女を嫌ってる訳じゃない、寧ろ今は尊敬してる」
これは俺の本心だ、そしてこんな質問をしておきながらドラ1もそれを理解している。だからこそ戦場と言う非現実の中でバカ話として花を咲かせている。
ドラ1も俺の答えに「さよか」と簡潔に返事を返して戦闘準備に取り掛かるのだ。
両軍が衝突している場所は俺たちのいるポイントから約5キロの位置、ドラ1にはこの距離からでも攻撃を成功させる能力があるからだ。
ドラ1のポジションは投手、つまり能力も投擲に特化しているのだ。
ドラ1は背中に背負っていたカバンを下ろして武器を取り出している、武器と言っても野球の硬式ボールなのだが。
コイツが手のひらを翳すとその上でボールがフワフワと浮いて不規則に動く。
俺はコイツの手の内を知っているから何となくだけど予測が付いていた。
これからドラ1がどう動くか、何をするかの見当が付く。後はそれを『何処にぶつけるか』が重要なため、俺たち二人はその相談を開始した。
「ほな、そのカワズニーちゅわんに敬意を評してド派手に敵軍の中心にワシの能力をブチ込んだろか?」
「違う違う、敵軍の後ろ。後方に投げ込んでくれ」
「なんでや? 真ん中の方が敵さんをギョーサン倒せるで?」
俺がドラ1の作戦を否定したものだから、コイツは不思議そうに首を傾げてそう問いかけてくる。
だが俺は戦場の全体像を見渡して既に流れを描いていたのだ。
両軍がぶつかり合う場所は五十万以上の兵士が戦うには狭すぎるのだ、四面を断崖で囲まれた僅かな平地で戦闘は繰り広げられていた。
まさにバーゲンセールに詰め寄る主婦の如くジャーマニカの兵士は我先に敵を屠れとジャパポネーゼに食ってかかって行く。
この戦場の出口は両軍の後方にあるこれまた狭い岩を切り分けたような道。
俺はこの状況が危険だと判断した訳だ、この状況でドラ1の能力は危険だ。何しろコイツの能力は投擲した球を爆弾に変えるものだからだ。
俺はジャーマニカの軍勢を指差して俺の作戦を伝えた。
「真ん中に投げたら敵の兵士たちがどこに吹っ飛ばされるか見当も付かないだろ? 下手にジャパポネーゼの方に飛んだら被害が拡大するだけだ」
「男は恋も野球も黙ってど真ん中やろ!!」
「それよりも後方を狙った方が挟撃になる。あの戦力差はそれくらいやらないと覆らない、……お前、カワズニーに嫌われたいの?」
「くっ!! 痛いところ突くなや。……しゃーないか、それで行くわ」
ドラ1がボールを握っている訳でもないのに振りかぶって投球姿勢に入った。
俺は他人の能力発動の瞬間を初めて見た。ドラ1の周囲にまるでオーラの様な流れが立ち込めて周りにいる人間を拒絶し始めて行った。
俺はあまりの風圧に両手を翳してドラ1に話しかけていた。
「……凄えな、ピッチャーってのはどいつもこいつも雰囲気だけは一級品だよ」
「ドラ4は口の減らんやっちゃで」
「頼むぜえ、相棒」
「任せときや、俺は男を見せてこの異世界でカワズニーちゅわんと甘酸っぱい恋を謳歌するんや」
「……この童貞やろう」
「行くで、必殺!! 七色爆弾変化球!!」
ドラ1が放った硬式球は七色に光り輝いて敵に一直線に向かっていった。