08.小さな教師
異世界で戦闘に身を投じたらこう言うことを教えてやれよ、と言うお話。『そんな大人は修正してやる!!」てきな。
お楽しみ頂ければ幸いです。
俺は無言のままカワズニーについて行った。彼女もまた何も言わず、俺に声をかけて来ない。
ズンズンと廊下を進んで、とあるドアの前に到着するとカワズニーは「邪魔するわよ」と乱暴に声をかけて両手で開いて中に入っていった。
当然ながら俺も彼女について入り、部屋をクルリと見回した。
ここは……訓練場?
いるのは全員が魔導士だろうか、全員がファンタジー世界のように炎や氷を具現化させて人の形を模した人形に放ち続けていた。
カワズニーが何の前触れもなくピタリと足を止める、振り向くでもなくこれまた何の前触れもなく背中越しに俺に話しかけてくるのだ。
俺はその声が清廉潔白な聖者の如く透き通っていたから思わず聞き入ってしまうそうになるが、それでは俺がここに来た理由がはっきりしない。
だから俺は呪縛に抵抗するかのように首を横に振って抗うような仕草を取った。
それでもカワズニーはそんなことは関係ないとばかりに話を進めていった。
「ここは新兵たちの訓練場、見たら分かるわね? コイツらにだって家族がいて養うために戦闘の訓練をする、それは当たり前」
「職業軍人って奴か」
「そう。アンタ、コイツらの最も多い入隊動機が何か分かる?」
「……国家の安全を守りたいって言う愛国心?」
「アンタは自分がアンタ自身を分かってないじゃん。……アンタと同じよ、家族のため、大切な人を守りたいって気持ち。それよ」
訓練している兵士たちはカワズニーに気付くなり敬礼をするも、彼女は気にするなと言いたげに手で合図を送っていた。普段と変わらない対応、そう言った類の行動を俺に見せながらカワズニーは彼らを語り出す。
「皆んな必死なんだね」
「そうよ、自分だって死にたくないから必死で訓練だってするわよ。だけどねそんな気持ちもいつか薄れるんだわさ」
「……」
「職業だからね、上の命令に従ってナンボだし。戦場に私情はご法度、それを経験と共に学んでいくんだわさ」
「カワズニーはどうだったのさ?」
「私は魔導士よ? 人を殺すって言う感覚も実感が薄くてね、それに気付くのが人より遅かった」
カワズニーは己を自嘲するかのように肩をすくめてそう呟く。
魔法は人を刺さない、斬らない、撃たない。全てを破壊出来るだけの力がある、だから自らの手を汚したと言う実感が湧きづらいのだそうだ。
刺されれば人は赤い血が流れる。
その赤が人の罪悪感を植え付けてくる故に、それを伴わない魔法の殺人は遅効性で感情を呼び起こすのだとカワズニーは俺に教えてくれた。
「大義名分か……、或いは知識か。どちらにしろ俺もいずれは選択を迫られるってことね」
「もしもアンタが快楽を求めて戦場に赴くような奴だったら私が止めてやるわさ」
「どうやって?」
「ぶん殴って理解させてやるから、それでも分からなかったら殺すかもね」
「こえー上司だよ」
「私はアンタみたいなヤツ、嫌いじゃないよ?」
そう口にするカワズニーは今度こそ俺の方を振り向いてくれた。
彼女が言うには別に俺を責めている訳ではないそうだ。
他の兵士も同じように苦しんでいるとか、ドラフトにかかった以上は諦めろと言いたい訳じゃないそうだ。
彼女はただ良い奴だっただけなのだ。
苦悩する俺を心配して戦うものとしての心構えや目的の大切さを説いてくれたと言うわけだ。
戦場は迷ったやつから死ぬ、そう呟く彼女の表情を見て俺は「死ぬな」と念押しをされている気分になった。
とは言え無理やりに転移させられた俺の立場はどうでも良いそうで、来てしまった以上は働けとも言う。
つまりもはや逃れられないのだから必死に足掻いて見せろと言うわけだ。その中で欲したものを手に入れて己の悲願を達成するのだとカワズニーは教えてくれている。
「何はともあれ俺は引けないところまで来てるってか?」
「そう言うこと。ま、死なないように頑張んなさいな。別にアンタが戦場で人を殺したって責任取れだなんて言われないから」
「そこは淡白なんかい」
「早く親孝行出来ると良いわね?」
そう気遣ってくれるカワズニーが俺の隣にいて二人で訓練風景を眺めていた。
そして気が付けば後ろから三バカが姿を現して声をかけてくる。どうやら測定を終えた三バカも俺と同じ理由で苦しんでたそうで、ここに呼ばれたらしい。
俺はジャパポネーゼをドラフトで逆指名して正解だったようだ。
そう考えて穏やかな気持ちになっていく。
俺と三バカで同じ光景を眺めてようやく決意が固まった。俺たちはそれぞれに異なった目的がある。それでも目的のためには死ぬわけにはいかないと四人で確かめ合った。
その光景をカワズニーが後ろから「スポ根て暑苦しい」と愚痴り出す。
そんな部活帰りに肩を組んで未来を語り明かすような空気に中でこそ異常事態は野暮にも起こるものだ。
突如として警戒体制を命じるサイレンが建家に鳴り響く。
俺たちは何事かと思い慌てるが、カワズニーが瞬時に状況を理解したらしく、それを俺たちに教えてくれた。
そして彼女の言葉で俺たちは理解したのだ、この異世界が日本で育ったことが生ぬるいと。
「ジャーマニカが早速攻めて来たみたいね」
俺たちは異世界転移初日に戦争を経験するのだった。