07.葛藤
異世界に転移して力を得たらヒーハー!! とは行かないだろうと言うお話。
お楽しみ頂ければ幸いです。
『一本足打法オーラ斬り』、それが俺のスキルの一翼。
つまり先ほどの山をもぶった斬った俺の能力の正式名称だ。
これはあの後、カワズニーから聞いた話だが俺には他にも二つの能力が備わっており、その効果の恐ろしさを自らの手で見せつけられてしまった。
いまだに手の震えが治らない。俺は己の両手を見比べてその力が一歩誤れば多くの人を不幸にするものだと恐怖を覚え始めていた。
カワズニーが言うにはこの世界のレベルとは反復練習の繰り返しによって上がっていくそうで、才能がなくともレベルだけは上がり続けると言うのだ。
それは俺の日々の素振りが証明してくれていた訳で、カンスト状態の俺の素振りは山をもぶった斬る攻撃力を有してしまった。
俺たち日本人のごく一部が転移してその経験値が異世界の尺度に再計算されることで一気にレベルが跳ね上がるとも教えてくれた。
つまり俺たちがこの世界の空気に馴染む、と言う表現は経験が再計算される時間を指していた訳だ。
俺は練習場のベンチに一人座って水を補給していた。
幸いにもカワズニーが俺の測定を完了させて他の三バカたちの結果も確認してくるからと言って、意気揚々とスキップで出ていったから丁度良かった。俺は項垂れながら己の能力について考えた。
「人を殺せる力か……」
一度は歓喜した俺だったが今は一変して恐ろしくてたまらなくなっていた。
俺がプロ野球選手を目指す理由、それはそもそもお袋に楽をさせたかったからだった。
幼い頃に親父が死んでお袋には苦労をかけっぱなしだった。
俺の脳裏に焼き付いているお袋の記憶と言えばいくつものパートを掛け持ちしながら必死になって俺を育ててくれた姿だけだ。
お袋は近所でも美人と評判の人だった、それが親父を失ってからと言うものの綺麗だった髪は白く染まって手は水仕事で荒れ放題。
子供の頃に友達がリトルリーグに入団したからと俺がせがめば嫌な顔一つせずに背中を押してくれた。
あの暖い手の温もりに恩返しがしたかった。
そう思って必死になってバットを振ってプロ野球選手を夢見る日々を送ったのに、気が付けば俺はその経験値を持って人を殺せる能力を持て余している。
俺は非現実的なことの連続に気が狂いそうになっていた。
早くお袋の役に立ちたい、己の手で稼いだ給料でお袋に新しい服を買ってやりたい。お袋と一緒に焼肉を食べに行って奢ってやりたい。
俺の願望は全てお袋あってのものだった。だから俺は自分の価値というものに拘ってきた。
俺はそれを今更になって思い出したのだ。
それが気が付けば異世界で落ちこぼれとして道具扱いされることを拒否してここにいる、確かに異世界や魔法と言った初めて触れる単語の数々に心が躍ったことは事実だ。
それでもこの異世界転移を持って生まれ変わって手に職を見つけて自立したかったのだ。
俺は今の自分の姿をお袋に自慢出来るだろうか?
お袋が苦労して育ててくれた結果が人殺しの才能に目覚めたなどと知ればお袋は俺をどう思うだろうか?
俺はあの人にとって自慢の息子になれたのだろうか?
俺は両手で顔を隠すように項垂れながら自らを追いつけていった。
だがそう言った時に限って周囲は騒がしくなるもので、三バカの様子を確認しにいったカワズニーが上機嫌で俺の元に帰って来たのだ。
そして開口一番、両手でピースをしながら上々の結果だと嬉々として語り出したのだ。まるで俺の様子など気にする素振りを見せずに俺の背中をバンバンと叩いてカワズニーが語りかけてきた。
「いやあ、アンタら最高さね。揃いも揃って複数のスキル持ちだなんて天才じゃん」
「……人殺しの才能なんて要らないよ」
「あん? アンタ、拗ねてんの?」
「放っておいてくれよ。俺は人殺しをするためにバットを振って来たんじゃないんだ」
「……プロ野球選手って奴にそんなになりたかったの?」
「本当は何でも良かったんだ。だけど早く一人前になってお袋を喜ばせたかった、それだけだよ。俺は何をやってるんだか……」
俺とカワズニーの会話がピタリと止まる。
俺はほぼ初対面のカワズニーに己の思ったことをぶち撒けてしまった。
彼女は俺をどう思ったか、あれだけドラフト会議の場を荒らして彼女と結託しこちらから異世界国家をドラフトにかけてやるなどど言いながら。
何を今更と軽蔑しているのではないだろうか。
彼女はスッキリいた男が好きだと言っていたからそうなのだろう。
俺はそう思いゆっくりと顔を上げてカワズニーの表情を確認してみた。すると目に入ったのはカワズニーのまさかの顔で俺は思わずズッコケそうになってしまった。
「ふーん、で?」
何とカワズニーは美女台無しをお首にも出さずにハナクソを穿りながら無表情でそう答えて来たのだ。俺は思わず拳を握りしめて怒りに満ちてしまった。
この野郎……、人の悩みに対してその態度は何なんだよ!?
「日本じゃな戦争なんて非現実なんだよ。人殺しだって早々起きない、大犯罪だ」
「こっちだって大犯罪さね。このガキンチョは何を言ってるのかと思えば、そんな当たり前の正義感を今更言うんじゃないわさ」
「人の能力を嬉々として喜ぶ変態に言われたくねえよ……」
「要はアンタがマザコンだって話でしょ?」
殺してやりたい、俺はカワズニーの態度に思わず全身から込み上げる怒りで殺意が芽生えてしまった。
フツフツと感情が沸騰して俺はその感情を丸出しにしてカワズニーに言い放つ、表情を醜く歪ませながら小柄な彼女の胸ぐらに掴みかかっていた。
「テメエ、殺すぞ!?」
「あのね、アンタ自分の立場を理解してるの?」
「今そんな話はしてねえだろうが!!」
「要は一日も早く親孝行したかったって話なんでしょ?」
「それをテメエがマザコンだってバカにしたんだろうがよ!!」
「はあ……、分かってないじゃん。アンタは公務員だって話よ、今のアンタは日本の国家公務員なのよ?」
「あ!?」
「ついでに我がジャパポネーゼの公務員でもある。魔法大臣直下の特別技術員って扱いだから喜びなさい」
カワズニーの話は一切理解出来ないものだった。
俺が公務員、現状と一切辻褄も合わないし、それが今の悩みとどう関係するかなど俺は考えようともしなかった。
だが当のカワズニーは至って冷静で胸ぐらを掴まれながらも指でチョイチョイと俺にまずは手を離せとジェスチャーしてくる。
俺はそんな彼女の態度に己がバカバカしくなって手から力を抜く。
するとカワズニーはストッと小さく着地して俺が理解出来ていなかった現状を呆れたように説明してくれるのだ。まるで子供を注意するような教師の如く腰に手を当てて、だ。
「アンタは日本とウチの国から二重に給金が支払われる、そう言う立場なの。だからその給金で親孝行すれば良いじゃん」
「……は?」
「有給だって半年もすればしっかりと出るし帰省だって結果を出せば許される、ウチの国はジャーマニカと違ってアンタらを縛り付ける気はないって話よ」
「有……給?」
「何だったらウチの国に土地でも買ってマイホーム建ててから母ちゃんをこっちに呼べば良いじゃん」
何だよそれ、じゃあカワズニーは俺の悩みなんて一人相撲だとでも言いたいのか?
俺の手から解放されたカワズニーは埃でも落とすようにパンパンと衣服を叩いて何事も無かったかのように平然とした態度を取る。
だが、それでも俺の葛藤は完全に消えた訳ではない。
俺の能力はやはり人殺しのためのものだ、その事実をどう受け止めるべきか、俺に親孝行出来るだけの価値があったとしてもそれは変わらないじゃないか。
俺は悶々として頭をガシガシと掻く、するとそれに見かねたのかカワズニーはヤレヤレと終始俺を子供扱いするようにそうジェスチャーをとってくる。そして俺に一言だけ述べてついて来いと言うのだ。
「……来なさい。まずはアンタに誇りをプレゼントしてあげるわ」
俺はそんなカワズニーに虫が光に導かれるかの如く彼女の背中に黙ってついて行くのだった。