41.プライドを見失ったエリート
旧ドラフト候補とのバトル、集結に向けて全力加速です。
グラリと低原が崩れ落ちていく。
そんな低原の襟を掴んでセレソンは見下すように声をかけていた。
「簡単に負けようとするな。少しは骨のあるところを見せて貰いたいね」
セレソンはこの後に及んでそんなことを言う。低原はセレソンのまさかの発言にプライドが傷付けられたようで、襟を掴むセレソンの手を強引に振り解いてから再びバットを振り始めたのだ。
だがセレソンの跳弾を肩に何発も浴びて低原の動きは既に精彩が欠如していた。彼のスイングは当然の如く無意味に空を切ってはセレソンによって余裕で躱されていく。
そしてセレソンは数発ほ低原のど隙を突いて発砲してから、再び回避行動に専念していく。
その間にも継続して府中が支援の送球を繰り返していたが、途中からセレソンによって「助力はここまでで良い」と言って止められてしまった。
つまり今は完全なるタイマン、セレソン対低原の純粋なる腕比となった訳だ。
そんな中で「こんなものか?」とセレソンが挑発の言葉を呟くと、低原は更に表情を凄めて無心になってバットを振るう。
こんなことがどれくらい続いただろうか?
次第に低原の負けを拒絶した筈のセレソンが諦めたように首を横に振っては「もう良い」と言う。その言葉が出てから低原はピクピクと表情を痙攣させて悔しさを露わにする。
ここからまたしてもセレソンと低原の舌戦が開始されることとなった。
「もう良いってのはどう言うことだ!?」
「お前のその無音スイング、これも監督とやらの教えかね?」
「これは俺の目指したスイングだ!!」
「それが分かったからもういいと言ったのだよ」
「だからどう言う意味かって聞いてんだろがああ!!」
「貴様の求めたスタイルでお前は俺に一太刀だって浴びせておらん、やはりお前は人の助言に素直に耳を傾けるべきじゃないのかね?」
「なん……だと?」
面と向かって己の理想を否定されて低原はスイングをピタリと止めてしまった。ただ呆然と立ちすくんで怒りの表情を浮かばせるのみだった。
どうやらセレソンは低原を推し量っていたようだ。
彼の言う、彼自身が追い求めた理想像とは如何程のものか、それがセレソンに通じるのか。それを知りたかっただけだったらしい。
そしてそれがセレソン自身にとって脅威となり得ず、彼は低原への興味を失った。そう言うことなのだろう。
ここに来て低原の表情は更にどす黒さを深めていった。
プツリと何かが切れた音が聞こえたような気がした。するとそれと同時に低原がどう言う訳か大きく後方に飛んでセレソンと距離を取り出す。
これには流石のセレソンも低原の行動の意味を汲み取れず、怪訝な表情となってその意味を問いただしていた。
「どうした? 今更になって他人の助言を受け入れたのかね?」
「……何もかも、アンタの思い通りに物事が進むと思うなよ?」
「? だからどう言う意味かね?」
「もう良いよ、充分に分かった。理解した。俺の力ではお前には勝てん、流石は世界最高の戦士と素直に敗北を認めよう」
「つまり降伏すると?」
「そんな訳ないだろう!! だったら一人でも多くの犠牲を出してやるまでだ!! セレソン、アンタには勝てない、だったら弱い奴から始末すれば良いって話だ!!」
低原は今後は視線の向きを変えて、ずっとセレソンの支援に徹していた府中を強く睨んで殺意を叩き込んだ。どうやら低原は敗色が濃厚となったため、その腹いせに標的を府中に変更したようだ。
そして低原はその場から走り出してものすごいスピードで府中に向かっていく。コイツもやはり走塁技術の能力に目覚めていたらしく、グングンと府中との距離を詰めていく。
そしてあと一歩のところまで距離を詰めると低原はバッティングフォームを取って府中にフルスイングをする姿勢に入っていた。俺はまさかの出来事に驚いて府中に向かって大声を上げた。
「府中!! 避けろ!!」
だが府中の俺の叫びに対する反応はとてもあっさりとしたもので、彼の返事は想定外のものだった。
「大丈夫!! 俺だって戦える、その覚悟を決めてここに来たんだ!!」
そう言うと府中は瞬時にマクスを被ってキャッチ姿勢から立ち上った。そして俺はここからまさかの光景を目の当たりにすることとなった。
なんと守備特化だとばかり思っていた府中がホームベースを命懸けで守る動きをしながら旧ドラフト一位の低原に対して上からタッチを叩き込もうと試みていたのだ。
当然ながらそう言ったクロスプレーは荒っぽくなるものでドガン!! と大きな衝撃音を響かせて府中は低原の頭部を力任せにキャッチャーミットで殴りつけていた。
嘘だろ!?
これには流石の俺も驚いてしまい、同じ想いだった寿人と驚いた表情を浮かばせながら向き合ってしまった。そして府中に殴り付けられた低原は悲鳴を上げると白目を剥きながらダラリと倒れ込んでいく。
「がっは!!」
そしてさらに驚くべきことが起こったのだ。
なんと倒れ込んでいく低原の肩にまたしてもセレソンの放った銃弾が跳弾となって襲ったのだ。どうやらセレソンは低原の行動全てを予見していたようで、この時のために事前に銃弾を放っていたらしい。
低原は完全に無力化されて気を失いながら地面に倒れ込んでいった。
そんな低原を見下ろしながら府中とセレソンは冗談を言い合うように戯けながら会話を始め出す。
「コイツが来るって分かってるなら教えてくれても良いんじゃないですかね?」
「バカもん、口にしたら警戒されるであろう」
「跳弾か、悔しいけどカッコいいなー」
「そうか? 先ほどのお前のブロックも中々良かったぞ?」
府中とセレソンは勝利を分かち合って勝利のハイタッチをしていた。どうやらこの二人は俺が考えていた以上にとんでもない実力者だったようで、俺は思わず腰に手を当てて「はあ」とため息を吐いてしまった。
だがそれと同時に頼もしさも覚えていまい、ヤレヤレと言ったジェスチャーを寿人と一緒にしていた。
ロベカロ・セレソン、異世界最高の戦士。それは実戦で積み上げた経験を遺憾無く発揮して敵を堂々と迎え撃ちながら局面全てを支配する戦士だった。
「とは言えこのエリートはロマーリオが貰い受けよう。反骨精神があって鍛え甲斐がありそうだからな」
「え? 上手くいかないと癇癪起こすタイプですよ?」
「そこはアレだ、鉄拳制裁と跳弾で再教育だろうね。お前も一緒にどうだ?」
「断固拒否」
府中はセレソンからの地獄の特訓のお誘いを青ざめた様子で全身を駆使して断っていた。
セレソンはそんな府中の態度をつまらなさそうに「ええ?」と呟いて本気で落ち込んだ様子を晒していた。
どうやらセレソンは低原の育成計画を既に思い描いていたらしい。その未来を想像してニヤニヤと悪い笑顔を浮かばせるセレソンを見ながら俺は内心で低原に同情するのだった。




