40.経験と厚み
戦うにしても野球にしても経験とかから先回りして渋い仕事をするベテランってカッコいいと思うんです。そうやって若手に堂々と立ち塞がる姿は超絶カッコいい!!
「まさか俺が追い込まれるとは……」
「ロマーリオのお偉いさんは経験から思考ごと先回りするタイプなのだろう?」
「さて、どうかな?」
「分かるさ、良く分かる。俺もそのタイプだからな!!」
低原はセレソンを睨み付けてバットを振り抜く。
対するセレソンは追い詰められてしまい回避行動が制限されてしまった。背には大木、左右もまた大木、完全に逃げ道を塞がれてしまったのだ。
だが無音のスイングに対してセレソンは上半身を上手く使って回避を続ける。まるでボクサーのスウェーの如く器用に動いては低原のバットに空を切らせる。
側から見る俺にはセレソンには身体中に目が付いているのでは? と疑うほどに彼の動きは見事なものだった。
魅入られる、と表現した方が正しいように思える。
どうやったらセレソンは追い詰められた状態でここまで見事に回避行動を取れるのかと、俺は感動してしまった。凄い、凄すぎる。
ハイエニスタは単純と言えば失礼かも知れないが、とにかく単純に身体能力を極めたタイプの戦士だったが、セレソンは違う。純粋な動きだけで言えば彼はどう足掻いてもハイエニスタには及ばない。
俺にだってそれくらいは判断出来る。
低原は『思考ごと先回りするタイプ』とセレソンを評していた。だがそれにも何か根拠が存在する筈だ、俺はそれが気になってセレソンの動きや表情をじっくりと観察していった。
そしてふと気付く。
セレソンの視線は終始低原の足元に固定されているのだ。もしかしてセレソンは足の動きだけで敵が次に取る行動を予測して要るのでは?
もしもそれが事実ならばハイエニスタに『世界最強の戦士』に対するセレソンの『世界最高の戦士』と言う肩書きに嘘偽りは無いと感嘆してしまった。
経験や場数を踏んだその人にしか分かり得ない予測や気づき、考察でセレソンは敵を先周りする、これは凄いことだと思う。俺は彼に改めて敬意を感じていた。
またしてもふと気付く。そんな俺に対してセレソンは口元に指を立てて「内緒だぞ?」と言葉を伝えてくる仕草をしてきた。
この人、本当にすげえ。
セレソンの余裕は底なしだと実感して思わず唾を飲み込んでしまった。セレソンの強さはとにかく厚みがある、厚みとは対応力だ。
この後、俺はセレソンが隠し持つ戦士としての厚みをまざまざと見せ付けられて開けた口が塞がらなくなっていった。
セレソンは低原のスイングを掻い潜りながら、隙を見つけては二丁の拳銃で反撃を開始する。当然ながら真っ向からの銃弾は低原がバットで軌道をいなすか純粋に回避するか。
対する低原もまた余裕を見せ付け返してくる。
だが低原のそれはただの子供じみた見栄、本当の厚みとはそんなものでは断じてない。
「ほお? ドラフト一位だけはあるとだけ言っておこう」
「舐めてるのか? 言っただろう、俺も似たようなタイプだと」
「違うな、俺とお前は同じではない。お前のそれはただの行き当たりばったり、それはお前自身が良く分かっていよう? 直感は経験には及ばんよ、俺と並びたくばまずは経験を積むことだ」
セレソンの言葉を耳にして低原がピクリと右目を動かした。どうやらセレソンの否定は彼にとって想いもよらぬことだったらしく、自らの言葉を否定されて気分を害したようだ。
低原が発する低くドスでも効かせた声がそれを俺に実感させてくれた。この低原と言う男、どうやら自らの考えを否定されることを何よりも嫌う男だったようだ。
そのことがバットを降り続ける本人の口から語られていくことになった。それにセレソンは変わらず反撃を試みながら耳を傾けていった。
「……人の才能なんてのは人それぞれ、誰か他人が口を出して良いことではない」
「助言程度、気に喰わないのなら適当に流せば良いだけだろう」
「高校野球の監督にはたまにいるんだよ。自らの名誉欲のため、選手の未来など気にも止めずにその選手をまるで自らが作り上げた芸術品のように扱うクソが……」
低原の目がどず黒く濁っていく。
低原の所属した大阪農林は超名門高校で、甲子園を春夏連覇など日常茶飯事だった。当然ながらその監督ともなれば学校側からの要求も大きくなる。
低原が所属した時期は連覇を含めて甲子園優勝を三回も達成している。
低原は元々プロ野球入りを確実視された逸材で、そうなれば彼がプレイヤーとして高校生活でどのような偉業を成したかが注目される。
低原は元々アベレージヒッターだったそうだ、本人もヒットを打つことが何よりも好きだった。だがそんな彼の想いは監督の采配一つで崩れ去っていくこととなった。
低原は監督に筋トレの増加を強要されたと言う。
それも数セットの増加ではなく、一日数時間にも及ぶ増加だったそうだ。彼は次第に筋力が増加して本塁打も量産していった。だが、それと同時に彼は打率を著しく落としていく。
彼が子供の頃に憧れた野球選手像は赤の他人の名誉欲によって嘲笑われたのだ。そして次第に低原は心の中で葛藤を覚えて、大きな精神的ストレスを抱え込むようになった。
最終的に彼はストレスに押し潰される形で監督に暴行を加えたと言う。
低原の犯罪も学生時代に起こした障害だったのだ。彼はその全てを吐き出して過去を思い出したからか、怒りに震えてセレソンに当たり散らすかのように激しい言葉を並べてくる。
俺は稲本や久保と同じように低原の不遇の事実を垣間見ていった。
「監督って生き物は傲慢だ、少しでも反抗すれば平気でレギュラーから外して来やがる!! 俺が筋トレを渋った時だって二軍への降格をチラつかせてきやがった!! 俺は関東出身の越境組だった、二軍への降格は絶対に避けねば!!」
「俺は別にお前の戦闘スタイルを否定などしておらん。ただお前の願望がそうだったなら……、と言う前提で助言したに過ぎんよ」
「それが鬱陶しんだよ!! 誰の言葉にも耳を傾けん、俺は自分勝手にやらせて貰う!!」
「悲しい奴だ、自分で取捨択一も出来んとは」
低原の表情が見る見る闇に染まっていく。そして呆れた様子を見せるセレソンに向かって完全にキレたようで、ヒステリーの如く喰って掛かっていく。
俺はそんな低原もまた高校野球が抱える闇の被害者だと感じて哀れみの目を向けるも、それすらも彼にはストレスだったようで、突如として俺を睨み付けて威嚇し出すのだ。
コイツはどうすれば救われるのかと、必死になって考えるも何も思い付かない。俺は己の無力さを実感して視線を落としてしまった。
だがそんな時だった。
セレソンがそんな静寂に待ったをかけるようにゆっくりと口を開く。どうやら彼の積み上げた経験は伊達ではなかったらしく、怒りに身を任せる低原に対して語りかけ出したのだ。
「俺はただ助言をしたに過ぎん、嫌なら拒否すれば良い」
「そうするって言ってるよなあ!?」
「だが俺とお前のスタイルは前提がまるで違う。それだけは断固として否定させて貰おう」
「テメエ、俺に楯突くっての……がっ!!」
低原がセレソンに喰ってかかった時だった。突如として彼は苦痛の声を口にしてガクリと前方に倒れ込んでいく。何が起こったのか、俺はにすぐに分からなかった。
だがその全容がセレソンの口から知ることになり、彼の言う低原が行き当たりばったりだと言うことが証明されることとなった。
セレソンの放った銃弾が跳弾となって舞い戻ってきたのだ。そして低原はその跳弾を無謀の状態で死角から被弾してしまった。つまりセレソンの行動の全てに意味があり、ただ闇雲に発砲を繰り返していなかったと言うこと。
それが証明されたのだ。
セレソンは俺の方に倒れ込んでくる低原を抱え込んでニヤリと笑いながら己の言葉に偽りが無かったと念を押していた。
「どうだ? 俺の経験はバカに出来んだろう?」
「きっ、貴様あ!!」
世界最強の戦士ロベカロ・セレソン、敵に対する余裕に揺るぎはない。




