36.世界最強の戦士
何を喰らっても、どんなダメージを負ってもゾンビの如く闘ってくれるのが、最強かなと。個人的にはそう思います。
「ズッどすてろ!!」
寿人が必死な様子でハイエニスタの回復を始めた。
寿人はマネージャー、それ故に本当に支援系の能力が豊富に目覚めていた。アイツは今、『マッサージャー』の能力で傷付いた自らとハイエニスタの治療を進めている。
羨ましい。
寿人の能力に対する俺の素直な感想だ。
アイツは人を傷付ける能力は目覚めなかった。本人は悔しがっていたが、俺からすればそれは逆で人を癒す方が精神的に楽だと思ったのだ。
俺は本心では逃げたいと思っている。だけどもう現実からは逃げない、俺を庇うように駆けつけてくれた仲間たちの申し訳が立たないから。
だが俺の個人的な嫉妬など考慮されることなく戦闘は続く。
久保は「どっせい!!」と如何にも力自慢が発しそうな掛け声で再びハイエニスタたちに襲いかかっていく。そのハイエニスタは動けるようになったようで、咄嗟に寿人を脇に抱えて横に跳躍して攻撃を回避した。
久保はここを正念場と感じたのか、身動き一つ取らずにその場で幾度となくスイングを披露する。コイツはある意味で彼よりもドラフト順位が高い稲本よりも厄介な存在かも知れない。
俺はそう感じ始めた。
何しろ久保は周囲のことなど気にも止めずに破壊行為を繰り返すのだ。そして稲本との決定的な違い、それは表情だ。
久保は無表情なのだ、どこまで行こうと表情を変えずに攻撃を繰り返す。コイツは表情が豊かだった稲本とは何もかもが違い過ぎる。
俺は不安を深めながら戦いの様子を眺めていた。
「回復は有り難い、お前の能力はカワズニーの回復魔法に匹敵する」
「褒めでもらうのは嬉すいばって、あいづ何どがすてぐれ!!」
「ふむ、あそこまで凶悪な範囲攻撃は中々お目に掛かれないのだがね」
「打づ手なすかい!?」
「ちょっと待て、思案中なのだよ」
「やはり小さい!! 小さいな!!」
ハイエニスタと寿人が久保の攻撃範囲から距離を取りつつ何かを言い合っている。するとそんな二人の会話に割って入るかのように久保は「小さい」と連呼する。
久保の地声はデカい、ハッキリ言って煩いと感じるほどにデカい。
それは彼の巨体故なのか定かではないが、俺を含めた周囲の人間全てに届くほどにデカいのだ。久保は存在自体が目立つ、ハイエニスタは久保の何かに興味を持つようにクイっと眼鏡を上げながら彼に話しかけていた。
「それはどう言う意味かね?」
「フハハ!! 俺はデカい、パワーも人一倍だ!!」
「今更かね?」
「分かっておらんな、デカさとは弱者を踏み潰すための才能!! 貴様のようなモヤシに俺が倒せると思っているのか!?」
おお、ハイエニスタの眉間に皺が寄った。
アイツも分かり易いな。セレソンの情報通り、ハイエニスタはその身に貯め続けた苦労が一周しているのか感情を押し殺すことなく久保に不快感を感じたようだ。
彼は寿人と平行に走りながら久保の対策を考えると言っておきながら、それを何の前触れもなく中断するなり俺の視界から消えた。その異常な現象に俺だけではなく久保も、ハイエニスタと一緒に逃げていた筈の寿人までもが驚いた様子を見せる。
どこだ!?
ハイエニスタは一体どこに消えたのか? 全員がキョロキョロと周囲を見渡すも、彼の姿は一向に見つからない。
すると次の瞬間、これまた何の前触れもなくハイエニスタの声が聞こえてくるのだ。その方向は久保の真後ろ、なんとハイエニスタは瞬間移動で文字通り一瞬で久保の背後を取っていたのだ。
そして彼は「こっちだ、デカいの」と温度を感じさせない声色と共に久保の腹を背中越しにブスッと音を立てながら槍で突く。すると久保は「がはっ!!」と血反吐を撒き散らすながら膝を突いていた。
一瞬の出来事、まさに電光石火。
久保の言葉に苛立ちを覚えたハイエニスタは我慢を忘れて行動を起こしていたのだ。俺はこんな芸当が出来るなら最初からやってくれとボヤくと当の彼は「タイミングと言うものがある」とボヤき返してくる。
「はあ」と疲れたようにため息を吐いてからハイエニスタは久保に言葉を吐き捨てていた。
「デカさとは的の大きさではないのかね?」
「ぐぐぐっ、……してやられた。だが自ら俺のテリトリーに足を踏み入れたな!?」
「さっきの範囲攻撃かね?」
「そうだとも、喰らえい!!」
ハイエニスタは久保の打法の前に再び眼鏡を持ち上げながらピクリとも動こうとしない。先ほどはあれだけダメージを浴びたにも関わらず、むしろめんどくさいと言わんばかりに立ち尽くすのみだった。
久保は振り向き様にハイエニスタにフルスイングでバットを振り回す。その目には怒りがこもっている、おそらく先ほどのハイエニスタから受けた攻撃にハラワタを煮え繰り返しているのだろう。
やられたらやり返す、久保の動機は至ってシンプルだった。
だが俺はハイエニスタと言う男を見誤っていた、世界最強と呼ばれる戦士の実力を過小評価していたらしい。
ハイエニスタは涼しい顔で怒りを滲ませる久保をめった斬りに切り刻んでいく。ザクザクと先ほどまでの劣勢が何だったのかと味方すら嘲笑うように敵を圧倒し出す
この光景には流石に俺も「はあ?」と呟きながら間抜けヅラを晒してただ呆然とハイエニスタの槍捌きを凝視してしまった。
そしてそれは久保の同様だったらしくその巨体から盛大に怒鳴り散らしていた。
「貴様……、騙したのか!?」
「ん? もしや『思案中』と言った件かね?」
そうだ、その通り。
ハイエニスタと寿人の会話から察すると彼は久保を攻めあぐねていた、と誰もがそう感じていた筈。それがどうしたら目の前の光景に繋がるのか、久保はそれを非難している訳で。
だがハイエニスタはまたしても涼しげな顔で悪びれることなく、先ほどの言葉の真意を口にした。その言葉で俺は彼が本当に最強の戦士だと思い知らされることになるのだ。
「ああ、お前を『どう料理する』で悩んでいたのだよ。何しろデカいからな、捌き甲斐があろう?」
この戦場は既にハイエニスタによって支配されていたらしい。




