35.世界最強の戦士VS五番打者
パワー対スピードって永遠に議題ですよねー。書いてる方がワクワクしちゃいます。
中田と稲本の勝負は決着が付いた。六番打者と三番打者の勝負は六番に軍配が上がると、その他の戦闘も大きく動き出す。
旧ドラ3対ハイエニスタの戦闘だ、これにドラフト二位ことマネージャーの塩寿人がサポートに入った戦闘が隣で繰り広げられていた。
アンドリュー・ハイエニスタ、異世界最強と目される戦士。
一見してインテリ風の男で彼はそれが正しいとばかりに眼鏡を持ち上げながら旧ドラ3のバットを軽々といなしていた。足を止めず、まるで流麗にダンスのステップを踏むように。
ハイエニスタの戦闘スタイルは華麗としか表現のしようがなかった。
「2020年ドラフト三位指名、俺は愛知県の名門!! 聖・愛工大メーデー出身、久保松英、尋常に勝負!!」
「ふん、力バカが」
アイツは愛知県の名門校出身者だったらしい。そしてコイツは疑いの余地もない、完全なパワーヒッター、五番打者の適正だ。
確実性はない、だがそれでも当たればどうなるかも想像出来ないほどのフルスイングを久保は繰り返す。ただ無心に繰り返す。
それだけだった。
俺は三人の戦いを安パイだと感じてしまった。中田と稲本の戦いは流れを如何に呼び込むか、と言ったものだった。最終的には中田の地力が上回って勝ちを掴んだが、それでももしも流れが稲本にあったらと言う不安は拭えない。
だがこっちはハイエニスタが終始久保を空回りさせている、そう言った動きをしているから。俺は安心していた。
言ってみればボクシングでアウトボクサーがインファイターを圧倒するような、そんな戦いが繰り広げられている。
しかもハイエニスタを支援する寿人、こっちには安心出来る材料が揃っているのだ。
この二人に対してパワーだけで挑む久保、その久保に対してハイエニスタは槍を見事に使いこなして迫り来るバットを捌き続けた。
ブンブンとバットを振り回す久保をまるでしつこくダンスを誘ってくる野暮な貴族のように華麗に躱す。側から見ている俺が思わず息を呑んでしまいそうになる。
ハイエニスタの動きは美しい。
世界最強の戦士とはこう言うものかと俺は感動に打ち震えしまった。
その後ろで寿人は二人の動きを観察してペンを高速で走らせる。彼は一心不乱になって能力を発動させていた。
寿人はマネージャー、それ故に支援特化の能力を得ている。
その名も『スコア速記術』、マネージャーらしく敵の動きを分析してそれを味方に共有する。その効果はハイエニスタの動きによって体現されており、寿人の能力があるからこそ彼は久保の攻撃を最も簡単に捌き続けられるのだ。
とは言っても寿人って平仮名しか書けないんだよね、だからアイツの能力は平仮名だらけ。さらに言えば本人は平仮名を読めない。
アイツって自分の能力で何を書いてるのか理解出来てるのかな?
「いい加減疲れてきた、そろそろ本腰を入れて攻めてこんかい」
「チョコマカと鬱陶しい。世界最強の戦士は存外ビビリだな」
「……挑発か? 乗って欲しいのかな?」
「世界最強の戦士は自分で物事を判断出来んカマってちゃんだったか?」
おお、ハイエニスタに眉間に皺が寄った。
どうやら久保は自らの攻撃が当たらないことに業を煮やして挑発行為を始めたようだ。普段冷静なハイエニスタだが、彼はその反動でキレやすいように感じる。
一言で言えばただ普段から我慢しているだけなような、さらに踏み込めばハイエニスタもまた表情が分かりやすい性格なんだよ。
セレソン曰く、彼もまた苦労人だそうで。
両親が、と言うよりも主に彼の父親が遊び人らしく四方に愛人を作っているそうな。その父の尻拭いと日々の激務の板挟みによって彼は普段からイライラした態度を取ると言う。
そこに国王とカワズニーの確執、俺は思わずハイエニスタには足を向けて寝れないと同情と敬意の意味でため息を吐いてしまう。
簡単に言えば苦労に苦労を重ねて感情のコントロールが暴走した男、と言うわけだ。
そんな一瞬の油断の間にも戦闘は加速していくようで、俺はそれを体感するまで気付くことが出来なかった。
なんと久保はバッティングフォームを取るや否や、極端なアッパースイングを決行して来たのだ。それはもはやスイングとは呼べないもので、彼のバットが地面を抉っていた。
まるでスコップの如く、その一帯に森の土砂を撒き散らすように彼のパワーが発揮される。
そしてその効果は直撃を受けなくとも敵に確実にダメージを与えていった。
ハイエニスタはその攻撃範囲の中心にいたせいで苦痛の声を響かせていた。寿人と俺は距離を取っていたお陰でダメージは喰らわずに済んだものの、精神的な衝撃を受けてしまったのだ。
俺は思わず驚愕の表情を浮かばせながら寿人と顔を向き合わせてしまったのだ。
「どっせい!! 『フライボール革命打法』!!」
「うがあああああ!! 地面から衝撃がああああ!!」
久保はメジャーリーグで流行した理論を取り入れたバッティングを体現する打者のようだ。
『フライボール革命』、それはゴロを打つよりもボールは浮かせた方が得点確率が上がると言う極端なパワー理論。久保の無茶苦茶な攻撃でハイエニスタは足に怪我を負ってしまい、その場に崩れ落ちてしまった。
ハイエニスタの足がズタボロにされてしまった。
ヤバい!! ヤバいヤバい!!
俺の見立てだとハイエニスタはフットワークを信条とするスピード系の戦士、彼にとって足へのダメージは致命傷だ。俺は目を見開いてい驚いてしまい、即座に寿人に叫んでいた。
「ドラ2、ハイエニスタを援護するんだ!!」
「分がってら!! 怪我人は自分のごど心配すてろ!!」
寿人は津軽弁で俺に叫びに声を返してくれた。
「くうっ!! この威力、ダイレクトヒットでもないのにこの威力かあ!!」
「貴様が本腰を入れろと言ったのだろうが!! バッティングのコツは腰の動き、下半身のパワーを如何にバットに伝えるか。それに比べたらこんなもの楽勝楽勝!!」
「ハイエニスタさん!!」
久保はトドメだと言わんばかりに身動きの取れなくなったハイエニスタに対してフルスイングを放ってきた。だが寿人が既のところで割って入り、ハイエニスタを抱き抱えて離脱を図った。
何とか直撃の回避は成功するも、やはり久保の能力は破壊力が桁外れており地面を介して二人のダメージを負わせていた。
俺は戦慄を覚えてしまった。
たったの二撃、それも両方とも掠ってすらいない。ただの衝撃を帯びただけだ、にも関わらず対峙したハイエニスタと寿人に深刻とも言えるダメージを負わせている。
俺はその場に倒れ込む仲間二人を見て言葉を発する事も出来ず、ただ視線を送るしか出来なかった。
昨年度のドラフト三位、久保松英は正真正銘の怪物だったようだ。怪物がニヤリとほくそ笑んで苦痛で表情を歪めるハイエニスタと寿人を見下していた。




