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33.崩れ落ちたエリート

 エリートってどうしても脆いってイメージありますよね? よく物語でも解釈されてるような、でも結局は才能があるから這い上がるチャンスはいくらでもあると思います。


 エリートも雑草魂もみんな頑張って!!

「ぎゃあああああああ!! 俺の足があ、足がああああああ!!」

「ガキが喚くんじゃねえよ!! オラあ!!」



 中田は容赦がないと言うか何と言うか銃弾を受けて流血する太腿を押さえ付ける稲本を蹴り飛ばしていた。しかもご丁寧にコレまでのお返しと言わんばかりに怪我の部分を徹底的に攻めている。


 俺は唖然とするも、流石はヤクザだと結論付けてある意味で仲間で良かったと胸を撫で下ろしていた。



 しかし確率を重視したのは分かるが、まさか敵を引きつけてから容赦なく発砲とは。


 これには俺も驚きを隠せずにアングリと大口を開いて状況を見守るしか無い。



 それでもこれは戦闘であり、敵が降参するか完全に無力化するかしか決着は無く、中田と稲本の戦闘は続く。稲本は歯を食いしばってゆっくりと立ち上がってきた。


 そして立ち上がっての第一声で稲本は中田と完全に意見を食い違えていく。



「おっさん、……アンタはそれでも野球選手なのかよ?」

「立派な野球選手だぜ、こらアアアアアア!!」

「バットで敵わないからって拳銃を使うのが球児のする事かよ!?」

「テメエ、ガキ。ここは何処だ?」

「あ!?」

「ここは戦場だって言ってんだよ、こらアアアアアア!! ここはベースもねえ、主審だっていねえ!! アルプススタンドには応援団だっていねえんだよ、球は打ち返すもんじゃねえ、タマは奪い取るもんだ!!」



 中田の主張はムチャクチャながらも俺の心にも刺さるものがある。


 俺はこれまで先輩に安藤と言ったスポーツ精神を持った人間とばかり戦ってきた。だから心の内で微かにスポーツマンシップのようなものを求めてきた。



 だが中田は違う、コイツは異世界を現実として受け入れている。



 それに気付いてから俺の脳裏にセレソンに掛けられた言葉が響き渡るようだ。



『どんな物事に対しても最悪の事態は想定しておくんだな』



 俺は悔しくて知らずの内に握りしめた拳を地面に叩きつけていた。まるで中田に己自身が腹を括っていないように指摘された気分になる。


 俺はこの異世界で育てて貰った母に恩返しがしたくて、その為に覚悟したはずだった。カワズニーにも背中を押して貰ったのに、俺は……。




 俺は甘ちゃんだった!!




 この戦いは俺にとって試練だ、中田と稲本の戦いを通じて俺は異世界を受け入れる!!


 俺はそう決意して目に力を込めた。そして中田と言う男から学べるものを全て学ぶべく目の前の戦いに集中した。


 すると今度は稲本の方が悔しそうに目に涙を滲ませながら静かに口を開いていった。



「……うるせえよ」

「ああ!?」

「うるせえって言ってんだよ!! こっちだって好きで異世界に来たと思ってるのか!?」

「あんだあ? まだ騒げるだけの元気があったのかよ、オラああ!!」

「俺は甲子園でも活躍して高校生ドラフトに指名されると思っていた、俺の描いた人生は間違いなく薔薇色だったんだ!!」

「だからどしたあ!?」

「なのに……なのになのになのに!! 俺が小柄だからって理由だけでプロは俺を敬遠しやがった、そんなモンが俺自身の力でどうにかなるのかよ!?」



 稲本は必死になって他人に否定された己を肯定しだす。これはコイツの本音だ、コイツもまた安藤と一緒で何かを抱え込んでいるのだろうか?


 俺はコイツらに安藤を殺されたから怒りで我を忘れていた。稲本の裸の心が見え始めて俺は僅かに動揺し始めてしまった。




 コイツの本音が知りたい。



 俺はそう思い始めてしまったのだ。



「だったらトライアウトだって有っただろうが、根性があるんなら底辺からでも登り詰めやがれ!!」

「行った、受けた!! だけど知らない間に俺の悪い噂が流れてた!! 体をデカくするために妙な薬を使ってるとか、タバコをやってるとか……。才能の無いクソどもが俺を蹴落とすために!! そのためだけに!!」

「はーん? だからエリート様は雑魚がお嫌いだってかあ!?」

「そうだよ!! だから俺は雑魚どもをボコボコにしてやったんだ!! 二度と野球が出来ない体にしてやったよ!!」

「クソ野郎だな……」

「気持ち良かったぜえ? 雑魚が俺に怯えた表情を晒すんだ、暴力ってのは最高だった……」



 狂ってる、稲本は完全に狂ってる。



 確かにコイツの話を聞く限り、同情すべき部分がある。だけどコイツはやり過ぎたんだ。安藤はあくまで同級生のためを想って狂った。



 だけどコイツは違う。


 

 狂った先で暴力に魅入られたんだ。稲本は両手を見つめて「へへへ」と歪んだ笑みを覗かていた。俺は思わずゴクリと唾を飲み込んでエリートとはここまで脆いのかと愕然としてしまった。



 時間が止まる。



 だがやはり時間は突然に動き出すもので、今回に限ってはその舵取りを担ったのは中田だった。中田は稲本を見下ろしながら「はあ」とつまらなさそうにため息を吐いてから口を開いていった。


 まるで教師が言うことを聞かない悪戯っ子に呆れるように、それでいて諭すように話しかけていった。



「あのよ、お前はどうして野球を始めたんだ?」

「勿論プロ野球選手に憧れたからだ!! イチローみたいになりたいって本気で思ったからだ!!」

「じゃあ聞くけどよ、イチローは暴力を振るったか? あんなイカすスター選手が暴力なんて振るうと思うのかよおお!!」

「っ!!」

「テメエ自身が一番野球ってスポーツを冒涜してんだよ」

「俺は被害者だ!!」

「そうだ!! 被害者だ、だけど手を出した時点で負けだ。そんなにプロになりたかった海外にだって行けただろう? エリートならメジャーにだって乗り込めたよなあ!?」



 中田は言いたいことだけ言うと、後は何処となくバツが悪そうに軽く舌打ちをしてソッポを剥いてしまった。


 そして今度は何かを決意したのか大きなため息を吐いて再び稲本を睨み付けていた。中田は彼自身にも思うところがあるようで睨みつけながらも稲本を同情するかのように視線を送っていた。


 どうやら中田は言葉で説明するのは性に合わないらしい。彼はバッティングフォームを取って「掛かってこいよ」と稲本に話しかけていた。


 俺は中田と言う男の本質をここで知ることになる。



「言葉じゃねえ、体で教えてやるから掛かってきやがれ!!」



 稲本もそんな中田に呼応するかの如く出血を抑えながら立ち上がってバッティングフォームを取る。この戦いもようやく終わりを告げようとしていた。

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