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32.六番打者VS三番打者

 メジャー辺りだと監督によって最強打者の打順が違うんですよね。三番が最も多くて次に二番、打席が最も多く回ってくるから一番と言う人もいる。

「ダッシャー!!」

「ほいっと」


 最初に激突したのは中田とドラフト二位だった。


 二人はそれぞれにバットを振り抜いてカキーンとインパクトの衝撃を森の中に響かせていた。



「ガキのくせにやるじゃねえか!!」

「一個先輩だからって偉そうにしないでくれる?」



 二人は互いに軽口を叩いて衝突を繰り返す。側から見れば互角の戦いに見える。



「ッシャー!! コレでも喰らえ!!」

「おっさん、振り子打法なんだ?」

「だったらどうしたーーーーー!?」

「……俺の尊敬するプレイヤーと同じスタイルかよ。死ねよ」

「ああん!? テメエ、あのメジャーリーガーを尊敬してんのかあーーーーー!? コラああ!!」



 『振り子打法』、それは名手・イチローの日本時代の代名詞とも言えたバッティングフォーム。



 通常の打法ではボールを見極めやすいように頭の位置を出来るだけ固定し、視線を動かさないことが理想とされるが、振り子打法では打席の中で体を投手側へスライドしていくため、打者の視線も大きく動く。


 足がかえって行く反動を利用しながら、打つ瞬間に軸足が投手側の足へ移っていくという打法である。



 しかし中田は外見には似つかわしくないほどにコンパクトなスイングを体現していた。振り子打法は変化球が変化したのを目撃してから、それに合わせてバットを振るために編み出された打法だ。


 つまり中田は最後までしっかりとドラフト二位の攻撃を見定めてバットを振っている。




 コイツ凄え。




 中田の全ての動きは確率を上げるために実行されており、何と表現すべきか彼自身のこだわりにも見える。


 それでもやはり戦いとは流れがあるもので、俺が二人の戦いを静かに見守っていると一瞬のやり取りで片方にそれが流れ込んでいく。



 ドラフト二位の方にだ。



「おっさんも歳なんだから無理すんなって。俺は神奈川県の超名門・縦浜高校たてはまこうこうの元三番打者だった男だぜ?」

「ああん!? ガキが、テメエは学校名を出さねえと野球も出来ねえのかよ!?」

「……もう一回言ってみろよ」

「こちとら毎年初戦敗退の常連・同じく神奈川県は縦浜学園たてはまがくえんの六番打者・中田マルクスってんだ、覚えとけよ!! 名門のお!!」

「俺は縦浜高校出身、稲本潤二いなもとじゅんじだ。おっさんはぶっ殺す!!」



 終始軽口だった稲本は途端に鬼の形相へと変貌していった。それでも冷静さを失っていないようで、流石は超名門のクリーンナップを務めていただけはあると俺は驚嘆してしまった。


 しかし縦浜高校か、道理で見たことがあると思ったら俺の一個上でしか同県だったとは。


 俺は同世代の有名選手の動きに徐々に引き込まれていった。ゴクリと唾を飲み込んでその一挙手一投足を逃すことなく観察した。



 中田の動きが確率を重視するのに対して稲本は全てのパラメーターが高次元に装備されているような、そんな印象を受ける。



 走攻守の全てを備えたオールラウンダーと言うのが俺の素直な感想だった。



「名門のお!! チョコマカと逃げてばっかりかあ!?」



 そう言いながら中田は終始稲本の動きに翻弄されていた。コンパクトにスイングを繰り返すも中田のバットは稲本を捉えきれずにいる。


 逆に稲本はと言えば、バットを振っては引いてを繰り返す、俺はその動きに思い当たることがあった。それは俺が安藤と戦った経験から来るもので、推測とは違う。



 確信だ。



 稲本は『盗塁技術』保持者だ。


 コレには流石は三番打者だと認めざるを得ない。俺は良い様に振り回される中田の姿を歯を食いしばって見守るしかなかった。


 するとその中田は一瞬の隙を突かれて太ももを殴打されると苦痛で表情を歪ませながら膝を突いてしまう。俺はその光景を見てギョッとしてしまったのだ。



 思い当たる節はある、良く見たら稲本は神主打法だった。


 バットを体の横、或いは体の正面でゆったりと構える。全身をリラックスさせた状態で構え、スイングの瞬間に全身の筋肉を動かすことで、より大きな力を発揮するという理論に基づく打法である



 そして俺の予測は稲本本人の口から答えを聞くこととなってしまった。



「おっさんと違ってこっちは選球眼に自信があるんだよね」

「ガキがーーーー!! だから俺の急所ばっかり狙うってのか!?」

「そうさ、俺は三番打者。オールラウンダーだ、ブンブン振り回すだけの五番打者とは一味違うんだよね」



 コイツのバッディング、どこかで見た覚えがあると思ったらアベレージヒッターにしてフルスイングが代名詞だった小笠原道大にそっくりだったんだ。


 通称『ガッツ』、合コンでがっつくからとも小指を骨折しながらホームランを打ったからとも由来が定かではない愛称を持った名手。小笠原はとにかく選球眼が良い選手だった。


 コイツは中田の急所を選球眼で的確に叩く、そして叩けば引くを徹底する。



 コイツ、名門でクリーンナップを任されるだけはあるとしか言いようがない。



「へっ、名門の割にセコイじゃねえか!! ああ!?」

「勝負の世界にセコイなんて言葉は無いでしょう?」

「それにしてもだ!! 名門名門言ってる割にはプライドってもんがねえ!!」

「弱小があ……」

「アレかあ!? メジャーあたりだと三番打者は最強バッターだとか言われてるからのぼせ上がってんのかあ!?」

「六番如きに言われる筋合いはないっての!!」



 ずっと軽い口調だったからだろうか、反動が凄いのだ。中田の挑発に見事に乗ってしまった稲本は元から凄かった形相を更に深めて鬼とすら言えない表情になっていた。


 稲本はもはや冷静さを失っていた。


 歯軋りで口から血を垂らしたかと思えば今後は挑発に乗るように中田に向かって一直線に走っていく。そして盗塁技術で懐に飛び込むと殺さんとばかりに中田を睨み付けてバッティングフォームを取る。



 中田は大丈夫だろうか?



「おっさん、挑発に乗ってやるよ」

「ああん? こっちは六番打者だぞ? 俺の仕事はクリーンナップの尻拭い……、俺は確率しか見てねえんだよーーーーーーーーー!!」




 驚くべきことが起こった。




 完全に意識の外、と言っても過言ではない。なんと中田はバットでは無く拳銃で懐に飛び込んで来た稲本の太ももを撃ち抜いたのだ。


 パンパン!! と二発、周囲に銃声が響き渡ると中田は恥ずかしげも無く俺の行為の意味を口にした。



 コイツ、とんでも無い決断力だ。



「拳銃の方が確実だろお? テメエのチョコまかした動きを止めるのはよーーーーーーーー!!」



 稲本は銃弾を受けて苦痛で見苦しいまでに悲鳴をあげていた。その場で怪我を抑えながらゴロゴロと転がっている。



 確かに中田は六番打者向きの性格らしい。野球選手の適性があるかどうかは別だけどね。

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