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30.くたばれ、体育会系(一番打者、永久欠番登録す)

 甲子園って夏の美しさ、みたいな部分があるだけその逆が目立つんです。


 コレは球児に申し訳ないとしか言いようがない、それでも高校野球は美しい。そして影がどす黒い。

 ガクンと安藤の膝が揺れる。


 俺がバントでコイツの力をいなしたからバランスを崩したのだ。



「安藤ーーーーーーーーー!!」

「クソガキがアアアアアア!!」



 俺はバントの構を解いてヒッティングの切り替えた。俺は何度この流れを先輩のそばで見ていただろうか、俺は幾度となく先輩の練習に付き合ってきた。



 俺の脳裏に先輩の努力の日々が刻まれてるんだ!!



 バスター、先輩が最も得意とした揺さぶりで、俺もあの人と戦って苦しめられた技だ。俺はバスターの要領で豪華なフルスイングでバットを安藤の顔に叩き込んだ。



 先輩、見ていますか?



 俺がアンタをバカにする奴をぶっ飛ばしてやるから、見守ってくれよ!!



「ガッハ!!」

「お前が散々バカにした先輩の技術だ!! 舐めんじゃねえよ!!」



 安藤は悲痛な叫びを上げながら俺のバットにかっ飛ばされていった。安藤はその勢いのまま木にぶつかって更なる悲鳴を上げて地面に突っ伏した。



 俺は鼻息を荒くしてズンズンと安藤に歩み寄る。



 俺の頭にはもはや先輩の汚名を消すことしか頭に無く、己でも気付かないほどに興奮していた。そんな俺の様子を顔を上げた安藤が気付いたようで、俺を睨み付ける。


 まるで親の仇の如く睨み付けてくるコイツの迫力は凄まじいものがあった。


 俺はただの戦闘狂にこんな迫力が出せるのかとふと冷静になって考え込んでしまった。コイツは、いや、コイツももしかして訳ありなのか?



 そう思い至ると俺は自然と安藤に話しかけていた。



「お前、日本で犯罪を犯したんだってな? ヤクザだったっけか?」

「……暴力団員だったのは一ヶ月、俺が犯罪を犯したのは学生の時だよ」



 今の安藤からは先ほどまでの狂気が消え失せて、どう言うわけか口調も大人しくなっていた。俺は途端に安藤が気になって更に問いかけを加速させていった。



「何をした?」

「グラウンドで先輩をぶん殴ってやったんだ」

「球児失格だな」

「テメエに……、テメエに何が分かる!? 才能もろくすっぽない、ど底辺の雑魚に俺の気持ちが分かるかよ!! ……テメエ、野球の才能は欲しいかよ?」

「喉から手が出るほど欲しかった、俺も先輩も!!」

「分かってねえんだよ!! そんなもんを望むのはテメエも中村のガキも体育会系の本質を理解してねえ証拠だ!!」



 安藤の口調がドンドン荒くなる、だがそれに反して真剣さも深まっていく。


 コイツは戦闘狂じゃなかった、寧ろ誰よりも野球が好き、コイツの目はそう言う奴が持つ目つきだ。


 俺は気が付けば安藤を知りたくなって、更に深く問いかけた。日本で犯罪を犯した経緯から、俺や先輩を見下す理由など。



 俺は安藤と言う人間の全てを教えて貰った。



 コイツは古豪・浦角学院で一年の夏からレギュラーに抜擢されて、監督からも将来を渇望された存在だったそうだ。当然ながら監督は安藤を中心としたチーム作りを計画するようになる。


 無論監督が目指すは甲子園出場、安藤の出現で古豪は復活を目指すこととなった。


 だが問題は先輩連中だったようで、安藤の登場によってレギュラーから外された奴らも多かったらしい。そしてコイツは部活内でイジメに合う。


 たった一人の一年の存在でこれまでレギュラーだった三年生が安藤に向かって狂気の暴力を振るった。そして安藤は怪我によって一年間も野球選手としてブランクを作ってしまった。



 だがそれでもコイツは諦めなかった。



 一年間ずっとウェイトトレーニングを重ねて三年生の夏、コイツは部活に復帰を果たす。そうなれば彼を煙たがえる先輩はもういない。


 そしてコイツは仲の良い同級生と力を合わせて埼玉県予選の決勝まで駒を進めた。



 そこからが地獄だったようだ。



 なんと安藤の成功を妬んだ元先輩連中が予選決勝のグラウンドに雪崩れ込んで乱闘騒ぎを起こしたと言うのだ。



 つまり安藤の犯した犯罪は完全なる正当防衛、だが高校野球とは皮肉なものでこう言った不祥事を絶対に許さない。


 安藤は元先輩連中の目論見通りに甲子園への出場の切符を逃すこととなったのだ。



 なんてことは無い、腹を割って聞いてみればコイツも本当は純粋な高校球児だったのだ。俺は吐き気のする安藤の過去にため息を吐いてしまった。



 先ほどまで先輩をコケにし続けた男に同情すら覚えて俺はもはやコイツを悪党とは思えなかった。


 安藤が突っ伏しながらドン!! と地面を叩いて世界の全てを恨むような目つきで更に言葉を続ける。安藤の悲痛なる過去が森の中に響き渡る。



「体育会系の先輩なんてのはよー、クソ野郎どもばっかりだ!! アイツらのせいで俺だけじゃない、俺に目をかけれくれた監督もクビ。同級生だって全員進学をチャラにされたんだぞ!?」



 ああ、そうか。


 そうだったんだ。


 コイツはただ純粋だったんだ。今思えばコイツは先輩を貶しながらも俺に真っ正面からぶつかってきた。その技術力の高さで分かりづらかったけど、コイツはただ全力だったんだ。


 コイツ、もしかして自分にペテンをかけていたのか?


 憎しみを心からかき消して目を凝らして見ればコイツの目は一介の高校球児そのものだ。



 俺は毒気を抜かれたように「ふう」と小さくため息を吐いて安藤の目を覗き込んだ。そして俺はコイツに野球の素晴らしさを知って貰いたくてゆっくりと話かけて行った。



「だから俺と先輩の関係に嫉妬したのか?」

「先輩が後輩を思うなんてのは幻想なんだよ!! 才能なんて無い方が良かった、俺に才能が無ければ今頃は同級生だって大学に進学して野球を続けられたんだ!!」

「本当にそうなのか?」

「そうだって言ってんだろうが!!」



 安藤は思い出したように怒りでプルプルと全身を振るわせながら問いかける俺に怒鳴り散らしてきた。だがお前は間違ってる。



 お前の考えは絶対に間違っている。



 俺は安藤にそれを伝えたくてさらに話し込んでいった。



「アンタに才能が無かったらあんたの同級生も勝ち上がれなかったじゃ無いのか?」

「それでも未来が消えるよりはマシだろうが!!」

「じゃあ、アンタは後輩をイジメたのか? アンタをイジメた先輩みたいに後輩をイジメたって言うのか?」

「っ!!」

「アンタは絶対にそんな奴じゃない、俺だってそれくらいは分かる」

「テメエ、……テメエは本当に中村のガキを尊敬してたってのか?」



 俺は安藤の問いかけに力強くゆっくりと首を縦に振って肯定した。


 すると安藤は「うっ」と言葉を吐き出して俺の目から視線を外して、ギリギリと歯軋りをしながら悔しそうに全身を震わせていた。


 今度は怒りじゃない、ただ悔しそうに、俺と先輩の関係を羨ましがるように安藤は表情を歪めていった。



「お前はこの世界でも犯罪を犯したんだってな?」

「……ロマーリオは他国出身者には冷てえからな。転移の時点で能力が目覚めなかった俺には辛かった」

「一体何をしたんだ?」

「万引きだ、つい魔が差した」



 項垂れながら安藤はそう吐露していた。


 コイツが言うにはロマーリオで能力が目覚めず、一介の兵士になったそうだ。だがそこでもコイツは転移者であることで孤独感を感じるようになってストレスが溜まり続けたそうだ。


 そして気が付けば安直に万引きでストレスを発散するようになり、そしてある日それがバレた。すると周囲からの目に怯えるようになって、気が付けば安藤はロマーリオから逃げ出していたらしい。




 なんてことは無い。




 俺は安藤を本気で憎めなくなっていた。コイツは自分でヤクザと言う着ぐるみを見込んだただのピエロだったのだ。自らそう演じていただけだったのだ。


 それを知ってしまっては俺はもはや安藤にバットを振るう事なんて出来ない。少しだけ呆れたように眉を顰めて俺は項垂れる安藤に手を差し伸べていた。



 ソッと差し出した俺の手を安藤は驚いたように凝視していた。


 そして遂にコイツは諦めたようだ。安藤は俺の手を強く握ってきた。



「……俺、やり直せるかな?」

「大丈夫、俺も一緒にいてやるよ」

「テメエの先輩を散々にコケにした野郎だぞ?」



 安藤は先輩を影で操っていた連中からの指示でロマーリオへに潜入作戦の隊長を言い渡されたそうだ。何でも先輩には通信機が仕込まれていたようで、コイツが俺を先輩を倒したと断言したのはそう言った経緯があったからだと言う。


 だがそんな指示も今の安藤自身にはどうでも良くなったようで、スラスラと全てを自白し始めた。


 俺はその全てを受け止めて安藤に今後のことを提案していった。



「俺と一緒にロマーリオに謝ろう、万引きして悪かったって」

「い、今更かよ!?」

「謝ってから悩めば良いさ。それでも何か言われたら俺と一緒にジャパポネーゼに行こう」



 安藤は困ったような顔付きになってポリポリと頭を掻いていた。そして俺の手にしがみ付いて起き上がると、憑き物が取れたかのような穏やかな顔になってはにかんでいた。



 俺はそれが嬉しくて安藤に再び手を差し伸べた。安藤も俺の手を握り返そうとしてくれた。




 空気が穏やか過ぎたのだ。




 俺は完全に油断していた。『とある異変』が起こるまでそれに気付けず、俺は異世界に来てから二度目の後悔をすることになってしまった。



 ドラ1こと祐輔の出奔以来の後悔、俺の目の前で安藤は胸を貫かれてしまった。俺はあまりの衝撃に目が飛び出さんほどに目を見開いて大声を上げていた。



「安藤!!」

「あ……れ?」



 安藤は惚けたように俺に体を預けるように前のめりに倒れていった。

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