28.VS一番打者(リードオフマン)
戦闘狂、と言うタイプの敵は何かと重宝するなーと描きながら思ってしまいました。
狂ったやつほど愛おしさを感じてしまいます。
「ビンゴじゃないか」
俺が走塁技術で目的地に到着すると、そこには一人の男が立っていた。
背を向けていた男は俺の気配に気付くなりクルリと振り返って俺に視線を向けてきた。「誰だ?」とでも言いたげに俺を怪訝な様子で品定めするようにジロジロと観察する。
そして男は唐突に俺に話しかけて来た。
「転移者……か?」
俺は男の言葉で警戒を高めてバットを抜いて構えを取っていた。男は俺の反応をどう捉えたのか、「めんどくせえなあ」とボヤきながら同様に武器を握りしめていた。
俺はその武器を見て驚いてしまった。
何と男は俺と同じくバットを武器として構えているのだから、男の身なりは旅人風で動きやすそうな衣服にマントを羽織ったのみだった。
髪型はリーゼント、鋭い目つきが特徴の映画などで良く聞く表現をするならば「幾多の修羅場を潜ってきた男」だろうか。年齢は二十代後半、と言ったところか?
俺は己が転移者だと看破されたことを警戒しつつ、自らも男の正体に一定の推測を立てて探りを入れていった。場の空気がピリッと張り詰めていく感覚がする。
「アンタ、転移者なのか?」
「その様子だとロマーリオの人間じゃねえな。テメエ、俺を知らないんだろ?」
「何の話だ?」
「ヒャッハー!! ビンゴビンゴ大当たりーーーーー!! テメエ、さては中村のガキを倒した奴だな!?」
男は何が嬉しかったのか、握りしめたバットで無意味に素振りを開始して全身で喜びを表現しだす。俺は訳が分からず眉を顰めるも、男の様子は終始狂ったように歓喜するものだった。
俺はどうするべきかと思案を始めるも、それでも気になることが有って男の武器を睨み付けていた。そんな俺の様子に気が付いたようで男は俺は小バカにするように舌を出しながら話しかけてきた。
コイツとだけは絶対に気が合いそうにないな、この男は人を見下すことしか考えていない。それがヒシヒシと俺の肌に伝わってくる。
少なくとも俺にはそう思えてならなかった。
「テメエ、球児か? さてはこの木製バットに文句があるってんだろ?」
「……アンタ、いったい何なんだ?」
「俺はこの世界への転移者第二号、日本じゃあ場末の暴力団事務所で鉄砲玉扱いだった男だよ」
男はバットを俺に向けて突き出すと自らの素性を堂々と漏らしてきた。更にご丁寧に先輩と繋がりがあると不用意な発言までオマケで付いてきた。
「アンタも操られてるクチか?」
「んなわけねーだろ!? 俺はこの世界に復讐したいんだよ、勝手に転移させておいてちょっと人をボコボコしただけで犯罪者扱いしやがったこの国と日本政府をよー!!」
俺はそう言った男の態度や背景、更にはコイツのバットの扱い方に怒りを覚えて全身を震わせてしまった。
男はバットに無数の釘を刺していた。
その扱いが元球児だった俺には我慢出来ず、更には平然と人を殺したと言う。あまつさえ殺したことを反省もせずに、己に非はないと豪語する。
ダメだ、コイツは野放しに出来ない。
コイツが先輩とどう言う関係なのか、先輩の記憶をイジった奴らとどう言う繋がりがあるのか。それはまだ分からない、寧ろ戦って圧倒してから口を割らせても充分だと悟った。
だから俺は己の直感を信じて戦闘を開始した。
走塁技術で男との距離を詰めてからバットを振り下ろす。シンプルな攻撃で戦いの幕は切って落とされた。
男は釘だらけの木製バットで俺の一撃を受け止めて、押し返しながらまたしも小バカにするような態度で俺を挑発してくる。そんな男の態度に苛立ちを覚えて俺はギリギリと音を鳴らせるほどに歯軋りをしてしまっていた。
「ヒャッハー!! テメエ、俺が自分の正体を口を滑らせて漏らしたバカだって思ってるだろう!?」
「だったら何だ!?」
「違げえよ、敢えて漏らしたんだ。俺は強えからな、中村のガキと違うんだよ。自分の正体を漏らしたからにはテメエを殺すって言ってんだよおおお!!」
コイツ、狂ってるのか?
コイツがここにいる理由は間違いなくロマーリオの受けた襲撃と関係している。そして、それが先輩を操った連中が主導していることもほぼ間違いない。
だったらもう少しだけ駆け引きして敵から情報を得るなりすれば良いものを、コイツは純粋に戦いたがっているように見える。
俺は思い知ることになった。
この男との戦闘で野球と言うスポーツの闇の深さを、そして裏で見え隠れする主犯たちの腹黒さを。
「ただのレベルカンスト者に俺を倒せると思うなよ!?」
「テメエ、俺を見下してるな?」
「手加減しないって言ってるんだよ!! おりゃあ、一本足オーラぶった斬り!!」
俺は男を押し返してバッティングフォームに入った。そして能力で押し切ろうと全力で敵を攻撃しようとしたのだ、幸いにもここは先輩との戦闘時と同様に周囲に人はいない。
だから俺は前言通りに手加減せずにオーラぶった斬りを決行した。
「オラ、流し打ちじゃい!!」
だが男は軽々と俺の能力をバットで受け流してしまった。カキンと音を立てて俺のオーラぶった斬りが右方向へと流されてしまったのだ。
ハイエニスタが以前に言っていた、俺よりも以前の転移者は能力に目覚めなかったと。だがこの男はどう言う訳かへ依然と能力を行使してくる。
俺は事前情報と整合の取れない事実を突きつけられて、思わずのけ反ってしまった。
どう言うことだ、話が違うじゃないか!!
「くっそ!! もう一発だ、マグレは二度も続かない!!」
「こんなど直球の技をまともに受けるバカはいねえよ!! オラああ!!」
またしても俺の能力が受け流されてしまった。俺は信じられないと言った表情で隙を晒してまで後ろを振り向いてしまった。
そんな驚愕する俺に男は下卑た笑みを浮かべながら釘だらけのバットを肩に担いで勝ち誇ったように語り出す。
どうやら彼も元高校球児だったようで、俺の疑問の答えを敵の俺に惜しげもなく漏らしてきた。
「俺はロマーリオを追われてから能力に目覚めたんだ、ヒャーッハッハッハ!!」
俺は思わず敵の顔を向き直す、そしてその真意を問いただした。
「……一体どうやって?」
「引き出して貰ったんだよ!! 『あの国』は最高だ、俺の才能を引き出してくれるだけじゃねえ。強けりゃあ何をしても許されるんだぜえええ!?」
「クソ野郎が……」
怒りのままに男を睨みつける俺だったが、当の男はそれを嘲笑うかの如くまたしても人を小バカにする態度を取って語り出す。今度は彼自身の素性、つまり彼の所属と打撃スタイルを口にして来た。
「俺は埼玉県・浦角学院の元一番打者、安藤律。広角打法を得意とするアウトローなんだよ!! ガキが舐めんなよ!?」
この男は埼玉の名門野球部の出身だった。




