26.談笑はコーヒーで喉を潤しながら
主人公がある種の師匠と言うか人生の先輩を得る瞬間です。何でも腹を割って話せる目上の人って欲しいじゃないですか。
「おかしくないっすか? カワズニーの高弟って言うくらいだから三大大国の祖も魔導士だったんでしょ?」
「その通り、今でも三大大国の国主たちは全員が魔導を極めることを義務付けられている」
「だったら尚更おかしい」
「……良く分からんな」
「今回の『記憶を塗り替えられた事件』、あれは魔法でしょ? 魔法ってこの世界では最上級の攻撃方法なんですよね?」
「然り」
「じゃあどうしてロマーリオは主戦力が空軍なんですか? ジャパポネーゼみたいに魔導部隊を編成しないんですか?」
セレソンの表情が強張りを見せる。
別に怒っている訳ではないようだ、だがそれでも痛いところを突かれた程度の反応だと思う。俺は知らずの内に何か失礼な発言をしてしまったのだろうか、と心配をしてしまった。
だがセレソンはまるで俺の考えが筒抜けだと言わんばかりに、「安心しろ、ソレは断じて無い」と断言をしてくれた。
俺はそんなに分かり易い表情をしていたかと心配になってペチペチと顔を触り始めた。
すると今度はセレソンが俺の心配を大声で笑い飛ばしてくるのだ。
「ハーッハッハ!! あれだけズケズケと発言しながら今度は心配か? 忙しい奴だよなー、お前は」
「そんなに俺って分かりやすいっすか?」
「ハッハ、お前、さては相当苦労して育ったな?」
「……なんかマズいんですか?」
セレソンに俺を苦労して育ててくれた母までも否定されと思ってムッとなって睨む。だが彼の言いたいことは別にあったようで「違う違う」と苦笑しながら手を振って否定してきた。
「怒るな、別に貶しちゃいないさ。俺もそのクチなんだよ、苦労して育つとガムシャラになって突っ走るからな。感情のコントロールなんて途中からどうでも良くなっちます」
「そんなもんすかね?」
「余裕が無い分、痒いところに手が届かないんだよ。ま、その辺りは色々と経験して修正すれば良いさ」
豪快に笑い飛ばすセレソンを見て俺はポリポリと頭を掻きながら気恥ずかしさを覚えてしまった。
セレソンは今でこそ一国家の軍総司令の立場だが、実家が俺と同じ母子家庭らしく、その上兄弟も多いのだとか。
彼は子供の頃に相当苦労したそうで、今の至るまでに人知れず努力をしてきたと言う。
なるほどね、カワズニーがこの人を買う理由を垣間見た気がする。
そしてならばこそ、こう言った人格者だからこそ問題あるまいと思い、俺は感じた疑問の問いかけを深めていった。
「で、俺の質問の答えは?」
「小規模だが魔導部隊はいる、我ら三大大国は魔法を軽視してなどいないとまずは答えよう」
「ふむ」
「だがな実際のところ魔導部隊は燃費が悪いのだ」
「燃費?」
「要は軍事費用が嵩むのだよ。お前もジャパポネーゼにいたなら訓練場を見ていよう?」
「うん、見た」
「アレほどの設備、維持にどれほどのコストがかかることか。ハッキリ言って天文学的数値だ、そこは理解して貰いたいね」
魔法は一発の破壊力がとにかく凄い、それ故に訓練自体にも周囲への被害を考慮せざるを得ないと言う。その為に訓練場を強固な設計にする必要があるとセレソンは教えてくれた。
だがだったら荒野でもどこでも遠征に出かけて仕舞えば良いと俺が言うとセレソンは首を横に振ってきた。そしてまるで教師の如く俺を指さして俺の言葉を否定した理由を教えてくれた。
「その遠征費はどうなる? そもそも訓練の度に荒野を吹っ飛ばしてはこの世界が沈没するでは無いか」
「ふむふむ」
つまり都度の訓練自体の規模が大き過ぎると言うことらしい、俺はなるほどなと相槌を打って納得した。
となればジャパポネーゼはどうして大規模な魔導部隊を編成出来るのか、と言う疑問が浮上する訳だが。その疑問については俺が口にする前にセレソンに先回りされてしまった。
「ジャパポネーゼの訓練場は歴史が古い、アレは若かりし頃のカワズニー自らが設計したものだ。この世界にまだジャパポネーゼしか国家が存在しない時代に作られたもの、今もメンテナンスはカワズニー自らの手で行われているのだよ」
「つまり全てが彼女なしには成立しないと?」
「然り」
因みにカワズニーがジャパポネーゼの魔導大臣に着任している理由の一つがそれらしい。セレソンは如何に彼女がこの世界で重要な存在かを俺に教えてくれた。
そして一つの疑問解決と同時に俺は更なる疑問を感じていた。
ウンウンと頷きながら頭の中でここまでで得た情報を整理して、俺は再びセレソンに問いかけた。
「あのさ、記憶を塗り替えるってのも……魔法ですよね?」
「そうだな。……俺もお前と話していて、そこに行き着いた」
「俺は魔法の規模とか訓練のうんたらは分からないけど、記憶をイジる魔法って大規模なんじゃないんですか?」
「だろうな。だがソレは心配せんでも良かろう」
「どうして?」
「カワズニーがとっくに気付いている筈だ、そうであろう? 寧ろ彼女はそこから先を知りたいのではないだろうかね?」
その先か、確かにセレソンの言う通りだと思う。
全ての魔法を極めたと言うカワズニーが記憶をイジる魔法の規模を知らない筈がない、セレソンはそう言いたいのだ。
セレソンは俺にそれを気付かせると静かにカップに手を伸ばしてコーヒーを喉に流し込んだ。俺と長々と会話をしていたら喉が渇いてしまったのだろう、彼はコップから口を離すと疲れたと言わんばかりに「ふう」とため息を漏らす。
そして同時に俺との会話が楽しかったとも言ってくれた。
俺はセレソンと本当に気が合いそうだと感じて嬉しくてついクスッと笑ってしまった。すると彼は「笑い事じゃない」と言葉を返して呆れたように続けてため息を吐く。
しかし俺は前進できた。
セレソンのお陰で調査の方向性が固まって、それを口にした。
「つまりカワズニーは『どの国家』が『記憶をイジる魔法』に手を出したかを知りたいんですね」
「とは言え小規模国家が安易に手を出せるような案件とも思えんがな……」
「でも三大大国はやってないんでしょ? だったら他の国じゃないっすか」
「カワズニーは三大大国の共通点を調べろと言っていただろう、その視点はどうなったのかね?」
セレソンはカワズニー自身も自らの脈絡を辿っても今回の敵の見当が付かないのでは? と俺に言ってきた。だからこそ他の三カ国から情報を得ようとしている。
セレソンはカワズニーの任務の本質はそこでは無いかと考えているようだ。
確かにその通りだった。
俺はどうしてもカワズニー視点で物事を身過ぎていたようだ、セレソンに指摘されて俺はハッとなって深いため息を吐いてしまった。
だがそれでも確実に一歩前進だ、俺は「良し!」と気合を口にして再び本の虫と化していった。その横でセレソンが嬉しそうに笑っている。
彼が言うには「若者が成長する姿は見ていて気持ちが良い」のだそうだ。
俺はセレソンに見守られながら再び本に視線を落としてページを捲っていく。そんな物事が順調に進んでいる時だった、やはり緊急事態とはどんな時でも順調な時にほど起こるようだ。
俺とセレソンは「こんな時にそれはないだろう」と顔を突き合わせて大きなため息を吐いてしまった。
図書館の最下層部にサイレンが鳴り響く、当然ながら緊急事態を告げるためのものだ。
セレソンは目つきを強ばらせてスッと立ち上がって、俺に何が起こったかを教えくれた。このサイレンがどう言った類いのものか、俺はセレソンの口から聞いて軽く舌打ちをしてしまった。
俺は表情を大きく歪めてしまったのだ。
「敵襲だな、このサイレンは……小国相手か」
「このタイミング……」
「かも知れん、とにかく地上に出るぞ」
俺はこの敵襲が先輩の運命をねじ曲げた連中では無いかと密かに推測していた。敵が日本政府と黒い繋がりを持った小国では無いかと、このタイミングはそれほどまでに俺の不安をかき立てくるのだ。
俺はセレソンと一緒に図書館の地上部を目指すことになった。




