23.中距離打者とバント職人の衝突
好打者vs巧打者、決着までカウントダウンが始まるよー。
スキルとスキルのぶつかり合いは己のプライドのぶつかり合いなんです。
素手でボールをキャッチしてようやく着地に集中出来た。俺は先輩のボールを大事に抱えながら受け身を取って構えを取る。俺もまた先輩と同様にグローブを装着してボールを投げ返した。
「先輩、キャッチボールっすよ!!」
「バッカ野郎!! そのボールは爆発するんだよ!!」
ドラ1もそうだったからある程度は予測していた、どうやらピッチャーは投げたボールを爆弾に変える能力を持っているらしい。
俺は内野手だからそんな能力は持ち合わせない、その代わりフィールドプレイヤーは皆んな一様にボールに硬度を与えるのだ。
「くっそ!!」
先輩は愚痴を漏らしながらボールにボールをぶつけて相殺をする。すると俺たちの中間地点で爆発が起こって俺たちは互いに飛び交う土埃を嫌うように目を守った。
そしてそれが止むと同時にまたしてもバットで互いを攻め立てた。俺はようやく覚悟を決めて俺の能力を解放する決心をした。
「一本足打法オーラぶった斬り!!」
「くっそお!! お前は中距離打者だったな、ここぞとばかりにパンチ力を見せつけてくれてよー!!」
俺はフルスイングでバットを横なぎに振った。
これがヒットすれば周囲の木々など関係なく先輩を倒せる。それだけの威力が備わった能力だから俺は当てることに必死だった。
俺の唯一無二の必殺技だから、敵を確実に倒せるのはこの技しかない。
先輩を敵として認めてしまったからにはトドメを刺すべきだと俺は両手に力を込めて振り向いた。当たる、そう確信したんだ。
だがそんな思い通りに行くと確信した時ほど人は失敗するようで、俺は突如として膝から力が抜ける感覚を覚えた。ガクリと何の前触れもなく俺は地面に膝を突いてしまった。
そして先輩の得意技を思い出して、その現状の原因を強く睨みつけていた。
「バントか!?」
「そうだよ、これがある限りお前の能力を悉く阻止してやる!!」
先輩はバントの構えで俺のオーラぶった斬りをいなしていたのだ。
そうする事で俺はバランスを崩して倒れ込んでしまった訳だ。俺は反撃を喰らうまいと後方へ大きく飛んで体勢を整え直す。
そして俺たちはどちらからともなくぶつかり合った。
ガキンやキーンと言ったグラウンドならば良く耳にする音を楽しみながら俺たちは切り結んでった。俺たちはどこまで行っても球児だったようで、その音に癒しを求めてしまっていた。
自然と俺と先輩は穏やかな顔付きになっていく。
だがそんな時間がいつまでも続く筈もなく、数回の衝突を繰り返してから俺たちは仕切り直しにと互いに距離を取って構えを取った。
俺は一本足の準備、先輩はバントの構えだ。
そして仕切り直しとなったからには余裕も生まれ、俺と先輩は最後の衝突を控えて逆にどこぞの絵画の如く最後の晩餐ならぬ、最後の会話を楽しんだ。
「和良、お前の敵になっちまって悪かったな」
「別に先輩の意思じゃないんでしょ? じゃあ良いっすよ」
「そうか。……ナオミ・カワズニーにだけは気を付けろ、これは本心からの忠告だ」
「いくら先輩でもアイツの悪口は許さないっすよ?」
「もう毒されたのか、だがその女は世界中の小国から恨みを買ってる。それが真実だ」
「それは本人に聞いてみます」
「それが良い、ついでにジャパポネーゼって国の意味を聞いてみろ」
「分かりました」
「後な、……最後にお前と会えて良かった」
「俺もっす。先輩と再会出来て良かった」
互いに出会えたことを良かったと言い合うと自然と憑き物が落ちたかのようにまたしても穏やかな気分になる。俺と先輩の戦いは憎しみから生まれたモノじゃない。
だけど、それでも今の先輩を影から操る存在がいる。
ソイツは確実に見え隠れしていながら、決して尻尾を見せない。
ソイツへの明確な怒りを胸に仕舞い込んで、その感情が今の先輩を止めろと叫ぶ。先輩自らが俺の踏み台になることが最良だと始まった戦いはお前のバットに掛かっていると己自身がプレッシャーをかけてくる。
そして衝突はどちらからともなく動き出して再開された。
俺のバットがアッパースイング気味に軌道を描いた。まるで掬い上げるように描かれた軌道を先輩はまたしてもバントで威力を殺してきた。
本当にこの人はバントが上手い。
俺はいなされた威力をそのままにバットの持ち手を変えて今度は左打席に立って再びバットを振り抜いた。守備がダメならば、更に己の長所を伸ばそうと俺なりに考えて努力した結果が今ここで花を咲かせたのだ。
結局は甲子園予選まで間に合わずにお披露目されることのなかった俺の奥の手、その名は『スイッチヒッター』。
両打打者だ。
「スイッチヒッターだと!?」
「これは本当に苦労しましたよ、何しろ練習の時間が倍になるんすから」
先輩は俺の右打席しか見て来なかった。
だからこの軌道はいくら先輩だって威力を殺すのは難しい筈。俺は戦いに終止符を打つ覚悟で目一杯にバットを振り抜いた。
だがそれでも先輩のバント能力は凄まじく、俺のそんな確信を最も簡単に砕いてくるのだ。先輩はまたしてもバントの構えを取って俺のバットに当ててくる。
今度はプッシュバントを先輩は選択してきたのだ。つまり力に逆らわないバント、先輩は押されてもその力を利用して後方へ飛ぶ気なんだ。
「避けられないなら自ら後ろに飛べば良いだけだ!!」
やはりこの人は容易には勝たせてくれないようだ。
ただでは踏み台にならないぞ、と乗り越えがいのある壁になると先輩の目が俺に語りかけてくる。だがここまで来たら押し通す!!
俺はスイングのためにステップを踏んだ右足を一度地につけて、そこから再びタイミングを計るように持ち上げた。そして再びバットを振るった。
先輩はそんな俺を見て驚いたように目を見開く。
そして成長した後輩の姿に心の底から歓喜してくていたのだ。
まるで卒業後に母校が甲子園で優勝したかのような、そんな類の喜びを顔に出して俺に叫んできた。
「流石は俺の後輩だよ!!」
「あざっす!! 俺だって小技が出来ないわけじゃない!!」
俺は当たると確信した。この戦いを通じて俺は何度確信しただろうか。俺はふと振り返って見てそのことに気付いた。そして俺の確信がこの人の前ではどれほど淡いものかを先輩はまざまざと見せつけてくる。
先輩のバント技術はやはり凄かった。
先輩はこのタイミングではバントでの処理が出来ないと悟ってサッとバットを引いてバッティングの構えを取り出したのだ。またしても俺はこの人にしてやられてしまった。
俺は悔しさを隠す事が出来ずに表情を歪めてしまった。そして叫ぶのだ、同じ過ちを繰り返す己を叱咤するように。
「またバスターかよ!!」
「バントってのはチラつかせるだけで良いんだよ」
「だけどこれで純粋なパワー勝負になった!!」
「和良、ピッチャーにだってホームランの願望があるんだよ!!」
ガキーン!! とバットのぶつかり合う音が響き渡る。
そして俺たちのぶつかり合いは明確な答えを持って次のステップに進むことになった。先輩の木製バットがミシミシと音を鳴らしてヒビを浸透させていく。俺と先輩のぶつかり合いは俺の勝利で終わったのだ。
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