22.幻のバッテリー
先輩を受け止めたい後輩と、後輩を思いやる先輩は戦闘不可避。悲しみの中でしか成長出来ない人間だっているんです。
金属と木材が町の郊外にある森の中でぶつかる。
一見して金属が有利に思えるが、そうでもない。木製バットは芯でボールを捉える技術が要求される。
先輩の打撃技術はプロ野球選手のレベルなのでは? と感動するほどに向上されていたのだ。
何よりもスイングスピードが早い、これは俺の知る先輩のそれではない。
俺はもはやガムシャラになって先輩の攻撃を捌いていた。
「ここなら派手に暴れても国民から苦情は出ないぞ?」
「んな事は知ってますよ!!」
「そうか、だったら腰を入れてバットを振ってこい!!」
「うおおおおおお!!」
互いにレベルはカンスト状態、条件は五分。
そうなれば互いの打撃スタイルと能力が勝敗を決めると言っても過言ではない。先輩は小技中心のスタイル、俺との距離を詰めてバットを器用に扱ってくる。
もはやそれは曲芸で超至近距離の中でバットを回転させて俺の顎に攻撃を当ててくる。
対する俺は脳を揺らされながらも強引にバットを縦に振り下ろしていた。
思い知った、思い知らされた。
先輩は本気で戦闘は不可避。だったらその全てを後輩として受け止めようと、俺は決意して強引にトドメを刺しに行った。
だが、それすらも先輩にとっては罠だったようで。
何とそこから先輩はバントの構えを取ってきた。
「速球を転がす技術は錆び付いてないぜ?」
「うがあああああ!!」
先輩はバントの名手、その姿を見て俺は確信した。
この人の能力はおそらくバントに由来するのだと。俺は強引にトドメを刺しに行ったことを後悔してスイングを止めにかかる。
野球をやっていたら誰だって経験すること、審判にハーフスイングを取られないために途中でスイングを止める。
俺は球児として当たり前の行動に出た。止めたら即座に後方へ飛ぶ、俺はそう決意して両手に力を込めた。
だが、俺はまたしても冷や汗を垂らす。
先輩の真の狙いはこの状況だったようで、この人は突如としてバントの構えを解いてバッティングの姿勢になっていた。
俺は目を見開いてその状況を大声で叫んでしまった。
「バスター!?」
「……二遊間がガラ空きだぜ?」
「うおああああああああ!?」
カキーン!! とバットの音が響き渡る。
俺と先輩のバットが衝突した音だ、先輩はバットの横っ腹を叩いてきたから俺は踏ん張りを効かせることが出来ずに言われるがままにかっ飛ばされてしまった。
そして先輩は宣言通りに後輩の俺に異世界の厳しさを教えるべく、まるで野球バイブルの通りに次の行動に移る。
「打ったら一塁まで走らないとな」
先輩は俺をかっ飛ばした方向とは別の方向を目指して走り出した。
俺に追撃を喰らわすでもなく、この人はバットを仕舞ってグローブを装着しながら硬式ボールを握りしめていた。
俺は必死になって先輩の右手を凝視した、やはりと言うべきか、寧ろそれが俺と先輩の最初の繋がりだったから良く覚えている。
あの先輩の握りは、球種は……。
「ナックルボール!!」
「そうだよ、俺がピッチャーとして一軍に這い上がれなかった理由であり俺の最大の武器だ」
ナックルボールは無回転のボールを放ることで空気抵抗を受けたボールが不規則な軌道を描く変化球。魔球ととも称されたこの球種はキャッチャーにとっても鬼門だった。
日大最高野球部は全国区の強豪、だがその中でも先輩のナックルをこぼさず取れるキャッチャーはいなかった。
だから先輩は二軍に埋もれていたんだ。
そして、その球を唯一キャッチ出来たのが俺、皮肉にも俺はキャッチャーでは無かったから。
もしも俺がショートではなくキャッチャーだったらと悔やんだこともある、だけどそんな俺に先輩は「無理に他人に合わせるな」とだけ言って俺の背中を押してくれたんだ。
そして、その先輩が俺にナックルを放ってくる。ならば……。
「アンタのボールは俺が受け止めてやる!」
「いつまでも昔の俺と思うなよ? 俺だって大学野球で揉まれていたんだ」
俺は先輩にかっ飛ばされて姿勢が崩れてキャッチが難しい状態だ、その上、先輩がどうしてバッターボックスの位置から俺に球を投げなかったのか。
その意味を先輩に視線を向けて理解した。
「ストラックアウトのつもりっすか!?」
「この位置が良い、凄い良いんだよ!!」
先輩は森の木々を目眩しにして俺のキャッチを阻むつもりなのだろう。
俺と先輩の間、一、二塁間ほどの距離に複数の木々が聳え立つ。俺は小さく舌打ちをして悔しさを顔に出してしまった。
そしてそんな中で先輩は俺に声をかけてきた。
投球姿勢を取りながら涙を滴らせて俺の心に話かけてくる。俺には分かる、これはあの人の本音だ。
「俺はよー、お前に出会えて良かったと思ってる。お前が俺の球をキャッチしてくれたから、だから俺は高校生活を我慢出来たんだ」
俺は守備が弱点だった、練習のノックすらもまともに捕球出来ない俺だったが先輩のナックルだけはどう言う訳かキャッチ出来た。
それが俺とこの人の繋がりだ。
「俺も先輩がセカンドだったらって思ってました」
「はは!! セカンドからナックルを投げろってか?」
「……先輩、大学の野球部はどうでした?」
「悪く無かったぜ、一個上の先輩によー、俺のナックルをキャッチ出来る人がいたんだ」
「へー、妬けちゃうな」
「でよー、その人と組んで大学生になってやっと公式戦に出れるところまで行ったんだ」
「おめでとうございます」
「なのに……それなのにこれは無いだろう!? 異世界に野球部なんてねえんだよ!!」
先輩は涙を流しながら俺にナックルを放り込んできた。
ナックルボールは不規則な軌道を描く、それ故にコントロールがしづらい球種だ。
俺の記憶だと先輩のボールはそこまでの精度を誇っていなかった。だが、どうやら先輩は本当に大学で揉まれたらしい。
恐ろしい制度を誇った魔球が俺を目掛けて襲いかかるのだ。
俺は変わらず姿勢を崩した状態で、腰に下げたグローブを装着することすらままならない。
完全に詰み、誰もがそう思うだろう。
俺は先輩の気持ちを受け止めたい、キャッチャーのミットすらない戦場で投球の意味すら汲み取れない先輩のナックルボールを全身全霊で俺が意味を与える。
俺はやはりこの人が大好きだった。
そう思うと俺は自然と右手がナックルボールに向かって伸びていた。
普通のキャッチボールでは無く、寧ろ投球のプロフェッショナルである先輩の球に向かって俺は無防備な手のひらを晒しにかかっていた。
そんな俺に向かって先輩は敵にも関わらず、昔と変わらずアドバイスを送ってくれる。
何度でも言おう、俺はそんな先輩が大好きだ。
「バッカ野郎!! 素手でボールを取りにいくんじゃねえ、骨折するぞ!?」
「……俺だって成長したんすよ? それを今お見せします」
「お前は監督のノックだってキャッチ出来なかっただろうが!?」
「異世界に来て試したんです、ふと思ったんですよ。俺はもしかしてグローブを付けない方が良いんじゃないかって」
「な……に?」
「俺はこうやってボールをキャッチするんだああああああ!!」
俺は先輩の球を素手で取りに行った。先輩の球はナックル故に球速が出ない、だがそれでも120キロは確実に出ている。
そんな球をまともに受ければ無事で済む道理はないのだ。
だが俺は異世界に来てから生きることに必死になって能力をあれやこれやと試してみた。
その甲斐あって俺は、先輩の全力を受け取られるようになっていたのだ。
その技術を先輩が自らの口で叫んでいた。そう、これはメジャーリーグで見られる高等技術、その名も……。
「ベアハンドキャッチだと!?」
素手でボールを捕球することで送球までのロスを極限まで削ったメジャーリーグ特有の超高等捕球技術だ。
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