20.恩人との再会
ここから謎が深まるパートです、そして主人公は否応なく巻き込まれる。
「久しぶりだな」
「やっぱり……先輩なんすか?」
子供は裏路地の突き当たりまで進むと振り返りもせずに俺に話しかけてきた。ジッと壁を睨んで静かな口調で話しかけてくる。
俺の予測は正しかったようで、目の前の子供は中村先輩だった。子供は背を向けながらコクリと首を振って俺の質問を肯定してくる。
先輩だ、この人は間違いなく俺の知っている中村先輩だ。
俺の知る先輩はとにかく後輩想いな人だった。
伸び悩む奴がいれば納得するまで練習に付き合って、愚痴を零せば最後まで親身になって耳を傾けてくれる。
俺が知る先輩は犯罪に手を染める人じゃない。少なくとも今のこの人からも、そんな空気は微塵も感じ取れない。
先輩は先輩のままだった。
そしてひとしきり俺が考えを張り巡らす「もう良いか?」と断りを入れて俺に再び話しかけてきた。
この人、雰囲気が少しだけ変わったかな? だが異世界転移なんて経験すれば雰囲気だって変わろうものだと俺は一人で納得しながら彼の言葉に耳を傾けていった。
「何から話すべきか……」
「先輩の悪い噂ばかり聞くんすよ。まずはそれから……」
「和良、お前はどうやってこの世界に来た?」
「俺は騙されたって言うか、高級ヤクザ連盟とか言う連中に連れてこられました」
「そうか、『まだマシ』な方法で来たな」
『まだマシ』、先輩はそう呟いた。
そして一つだけため息を漏らしてから勢いを付けるように「はあ」と大きく息を吸ってから先輩は空を見上げながら何があったかを教えてくれた。
先輩は日本で誘拐されたと言う、彼は高校を卒業してからエレベーター方式で大学に進学した。
日大最高の大学キャンパスは都内に存在する。それ故に高等部にまで彼の失踪と言った噂が流れてこなかったのでは? と先輩は自らを補足するように語る。
だがここからが問題で、先輩はドラフト会議によって転移したのでは無いと言うこと。
つまりロマーリオやエスパーニュアスでもない。ジャーマニカでもないし当然ながらジャパポネーゼに渡ったわけでもない。
先輩はその他の小国に人身売買の取引によって異世界に連れて来られたそうだ。
そして先輩は件の小国で魔法実験の被験者として扱われ、『記憶を塗り替えられた』と言うのだ。
俺は思わぬところで今回の事件の証拠を掴んでしまったと驚きを隠せずにいると、先輩はようやくゆっくりとこちらを振り向いて疲れたように笑っていた。
やはり先輩はロマーリオの国民が抱くようなことをしでかす人じゃない。
俺は歓喜しながらも、ではどうしてこんな事態に陥ったのか。そして今の先輩の姿はどう言った経緯を辿れば成り立つのか、それを問いただした。俺はその答えを知って怒りに震えてしまうのだ。
「何も覚えてないんだ。記憶を塗り替えられた、と言う記憶はあるが『どこの国で』『どうやって』『誰に』『何をされたのか』、一切の記憶がない」
「その姿は? どうやったら子供の姿になんてなるんすか?」
「気が付いた、と言うか記憶を取り戻した時には子供の姿になってた。本当に分からないんだ……、頼むから信じてくれ」
先輩は頭を抱え込みながら絶望するかのように言葉を吐露していた。『信じてくれ』と言う言葉だけが俺の脳裏から離れない。
この人は覚えている範囲でこれまでの苦悩を口にしだす。
操られるかの如くフラッとロマーリオに来たかと思えば、今度は勝手に己は転移者だと四方に触れ回って気が付けばこれまた勝手に事業を開始し出す。
己の意思とは関係なく勝手に自分の体を動き出して、その事業に失敗した途端に体が見る見るうちに小さくなった。
唯一の救いは子供になったお陰で逃亡を図れた、と言う点だがそれもトータルで言えばマイナス。
子供では生活もままならず、行く宛もない。当然ながら日本への帰り方も分からない。
そして何よりも己の身の上を誰に話せるわけもなく、かと言って信じて貰えるとも思えない。先輩はずっと一人だったそうだ。
よく見れば身なりだって貧相でただ布でその小さな裸体を隠すのみ、俺はこの人になんて声を掛ければいいか、それすらも分からなかった。
同情なんて一文の価値もない、俺の目の前で泣きじゃくる恩人を俺はどうして良いかすら分からない。かと言って先輩のことを素直にセレソンに相談して良いものか、それだって正解かどうか。
つい最近、そんな気持ちで失った友達の背中を思い出して俺は無力な自分が許せなくなっていた。
そして先輩の身の上話はさらに続く。
「この国を見てどう思った?」
「急にどうしたんすか?」
「どう思った?」
「そっすね……、兵士たちが妙に身近って言うか……平和の中に戦争が溶け込んでる感じがしますね」
「この国はよ生まれて直ぐに赤ん坊の適正を測定するらしい」
「適正?」
「つまりソイツにどんな才能があるか、その才能を元に生まれた時点で目指すものを強要されるんだ。生まれ落ちたと同時に人生が決まる、だから市民は誰がどんな職業でも蔑まない。それがロマーリオだ」
全身を震わせて先輩は吐き出すように言葉を捲し立ててきた。俺は黙ってその言葉を聞く以外にすることがなく、金縛りにでもあったようにその場に佇んでいた。
「孤児だろうと捨て子だろうとこの国に生まれたら平等な平和を国が約束する。誰もがそれを疑わない。事実、この国は争い事が何百年と起こっていないらしい」
「凄い世界っすね」
「ああ、凄いよ。だけどよー、だからこそ国籍にない人間にはとことんまで厳しいんだ。仕事はない、孤児院にだって門前払いを喰らっちまった。勿論観光客には優しいぜ? 何しろ仕事だからな」
先輩はこれまでの苦労をぶつけるように近くにあった壁を力一杯に殴っていた。殴るなり再び全身を震わせてぶつけようの無い怒りを俺に見せてくる。
先輩と話をしていて俺が思ったことは記憶を塗り替えられた部分が限定的だと言うこと、先輩は連れてこられた経緯やそれ以前の記憶はハッキリと残っている。消えたものは先輩の記憶を塗り替えた、とする人間のことのみ。
連れていかれた場所が小国だと断定するのは、そう言った話を誘拐犯が漏らしていたからだそうだ。
そして俺は先輩の話でふと思い当たったことがあった。それはつい最近、俺が経験したことに引っかかって振り解こうにもどうやっても心から離れない。
己の悔しさに通じる、そんな違和感を感じて俺は先輩に問いかけた。
「先輩は記憶を塗り替えられた、その時から自分が自分じゃ無くなったんですね?」
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