19.『他の』転移者
主人公の過去、日本時代の記憶を盛り込んだ割と重要なパートです。
「俺のスタイルって紙一重だよな?」
そうボヤきながら俺はロマーリオの首都を散策していた。
背中には布を巻いた金属バッド、腰にはグローブと硬式ボール、そして服装は野球のユニフォーム。完全に地元のリトルリーグの練習に向かう小学生のスタイルだ。
これはジャパポネーゼを出る時にカワズニーが転移者全員に手渡してくれたもので、彼女なりの気遣いだそうです。
「マントを羽織ってるからギリオッケーだけど、こんな姿じゃ日本だったら即補導だよ」
ティッティリー!!
俺の羞恥心のレベルが上がった効果音が聞こえるようだ。
まあ良いか。
どうせここは異世界だ、ならば堂々と胸を張ってカワズニーの気遣いをありがたく頂戴するとしよう。
それに俺は一つだけ気に入ってることがあった。それは俺の背中に輝く背番号『51』、これはカワズニーが俺たち転移者がそれぞれに好きな選手の背番号を事前に刺繍してくれたのだ。
俺は神奈川出身だから横浜マリンスターズの山﨑敏郎、ドラ2は東京シャイニングスのキャプテンで母校の先輩に当たる坂本勇人にちなんで『6』をドラ3は東北シルバーイーグルスの田中将大の『18』を背負う。
クー!! カッコいい!!
俺はその点だけは誇らしく、高校球児だった時分はプロ野球選手など望めなかったこともありカワズニーからの贈り物を甚く気に入ってしまったのだ。
唯一の心残りがあるとすればジャパポネーゼにポツンと残された阪神ジャガーズの下柳剛が背負った背番号『42』、ドラ1のためにと準備したユニフォームだ。
「趣味が渋んだよ……バカ野郎」
俺はカワズニーから預かって自室に置いてきた友達の背番号に愚痴を溢しながら歩いて行った。
ため息なのか、それともただの呼吸だったのか。それさえも見分けがつかないほどの小さな息を吐いて俺は歩く。
そんな俺が客観的にどう映ったのやら。
周囲の人々が俺を見ながらヒソヒソと噂話をしていた。俺はしまったと思い、やはり真面目に任務をこなそうと顔を上げてキョロキョロと見渡してみた。
ふと一枚の貼り紙に気付く。
俺も最初は然ほどは気にならなかったが、それが写真だったこともあってもう一度振り返って良く確認してみた。するとその張り紙の写真が俺の見知った人物のものだと気付いてしまったのだ。
「せ、先輩!?」
その張り紙は指名手配犯の懸賞金額を通知するもので、その犯人がなんと俺の母校の先輩にそっくりだったのだ。
だがマジマジと見るとやはり先輩本人だ、だが俺は悲しいかな転移者であり手配書の字が読めない。
そこで近くにいた通行人に「これって……」と然りげ無く問いかける。すると通行人は眉を顰めて嫌そうに口を開いていった。
「ああ、転移者の手配書か。それがどうした?」
「俺、この国の人間じゃないから良く分からなくてさ」
「その身なりはもしかしてジャパポネーゼかい?」
「そうそう。でさ、コイツって何をやらかしたの?」
「ジャパポネーゼはドラフトで当たりを引いたんだっけ? だから転移者の被害をあまり被ってないのかね?」
そう言えば、ドラフト会議の時にそんな話題が上がっていた気がする。だがそれにしても先輩に対するロマーリオの国民の評価はよろしく無さそうだけど。
俺が話しかけた通行人に呼応するかのように周囲の人々も相槌を打っているのだ。
それに『被害』だって?
これには流石に俺も他人事ではないと、つい前のめりになって話を聞き入ってしまった。
「どう言うこと?」
「自国の技術を取り入れるだとか騒いで事業を起こして経済を混乱させやがったんだよ、ソイツは」
「自国の技術?」
「テツドウ? デンキジギョウだっけ? 後は何だっけ、忘れた。とにかく勝手に事業を乱立させて勝手に失敗して借金抱えたらトンズラしたんだよ」
「……良い迷惑だね?」
「だろう? 終いにゃ『俺TUEEE』とか『異世界転移ヒャッハー』なんて良く分からないことを言いながら夜の繁華街を帝王気取りでハシゴするんだぜ」
先輩、アンタは何をやってるんだよ。
「で? 結局捕まってないの?」
「国の警備隊が突入した時にはドロン、姿を消していたってよ」
通行人はそう言うとお手上げとでも言いたげに手のひらをかざして渋い顔付きを見せる。だが聞く話だけだと誰もがそう思うだろう、俺だって彼の立場だったらそうする。
言っていることは至ってまともだ。
俺はゴクリと唾を飲み込んで考え込んでしまった。
説明してくれた通行人に「もう良いか?」と言われてしまったので「ご丁寧にどうも」と丁寧にお礼を言って、その場を終わらせた。
この人は俺の所属していた日大最高野球の一年先輩で名前は中村憲法と言う。彼は俺と同じく野球の才能に恵まれず、それでも野球が好きで必死に努力を続けてきた人だ。
俺もこの人には散々お世話になったな。
『お前を見てると自己嫌悪しちまうよ』と言うのが先輩の口癖だった。
卒業後、パタリと音信が途絶えて顧問の先生も「知らん」の一言しか言わなかったから誰も追及しなかったけど、まさか異世界に転移していたとは。
それも指名手配犯になってるだと?
「本当に何やってるんすか?」
確かに俺たち以外の転移者は犯罪まがいのことをしでかしたらしいが、それでも転移者が元々日本でも犯罪者だった筈だ。にも関わらず、どうして先輩が転移者として異世界にいるのだろう?
つまり先輩も日本で何かしらの犯罪を犯した?
「ダメだ、憶測を推理したって話にならん」
俺は諦めて気を引き閉める意味も込めて首を数回横に振った。頬も数回叩いて「やるか」と気合を入れ直してから再び歩き始めた。
だが知り合いが犯罪者になっていたからか周りが見えていなかったようで何かにぶつかった感覚を覚えた。
俺はしまったと思い、瞬時に頭を上げる。するとぶつかった人物がこちらをジッと見つめるのだ。
俺は想定外の人物に謝罪の意思が頭からすっ飛んでしまい、思わず間抜けヅラを晒して呟いてしまった。
「……子供?」
俺の目の前に一人の少年が真剣な面持ちで佇んでいたのだ。そして何処かで見たことがあるような、そんな親近感が芽生える。そして俺は本能的に振り向いて先輩の手配書に視線を向けた。
ふと不安がよぎる、まさかな……。
「こっち来なよ。その転移者について知りたいんだろ?」
少年はそれ以上何も言わずにスタスタと歩き始めてしまった。そして俺は吸い込まれるように少年の痕を追うしかなかった。
少年を追って俺はロマーリオの裏路地に入り込むのだった。
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