16.深まる溝
友達と女の板挟み、青春モノ漫画だったら絶対に「きゃー」となって一度本を閉じてしまう場面です。
「アンタらの私への評価がどんなモノか今はっきりと分かったわよ」
カワズニーはいたく御立腹な様子だった。
耳を澄ませば「ぷんぷん」と言った効果音が聞こえる様な、そんな仕草で彼女は心外だとばかりに顔を歪ませていた。今度は邪悪などではなく、まるでサラーリーマンのおっさんが場末の食堂で昼飯を食べ終えて爪楊枝を歯間に突っ込んでいるのような。
彼女の幼い容姿には似つかわしくない態度で足を組みながら各国の要人らに説教を始めてしまったのだ。
彼女の前には他国の要人たちがしょぼくれながら正座する。どう言うわけかジャーマニカの大臣は一切関係無いのに、他の二人の巻き添えを喰らう形でしょぼくれている。
因みに巻き添えを喰らったジャーマニカの大臣はノノアーと言う名前で同国皇帝の側近にして弟子と言う立場。つまりカワズニーにとってはジャーマニカ皇帝と似た様な関係となる。
これは修羅場としか言いようがない。
大の大人三人が見た目ロリッ娘の777歳にボコボコにされた挙句に「ズビバゼンデジダ」と泣いて謝っているのだから。約一名、「どうして俺が……」と呟く者もいる。無論ノノアーな訳だが、そこには俺たち転移者は触れずにいた。
だって怖いんだもん。
何度でも心の中で叫び倒そう、カワズニー怖ええええええええ。
しかしだ、それでもハッキリとさせなくてはいけないことがあると俺は思う訳で。先ほどのカワズニーの反応、彼女がセレソンに向けて口にした言葉の意味が気になって俺はカワズニーから距離を取って話しかけた。
「カワズニーは何か心当たりがあるの?」
「……はあ。殴り疲れたから口直しに真面目な話でもするかい?」
俺は最初から真面目な話をしてくれと内心で愚痴るも、今はソッとしておくべきだと察してコクコクと高速で首を縦に振ってカワズニーの判断を肯定した。そしてやはりと言うべきか、三バカも流石に同じ意見だったようで俺の真似をするように同じく首を縦に振っていた。
カワズにーはそんな俺たちの反応を見て「はあ」とまるで『だっぶんだ!!』とでも聞こえて来そうな顔付きでこれまた大きなため息を吐く。まあ、今回ばかりは彼女の気持ちが良く理解出来る。
今回に限って言えば彼女は完全な被害者だ。
そう思って俺は口を開こうとしたのだ。あまり間を開けては逆に彼女の機嫌を損いかねないからと、俺が対応を始めると、それに待ったをかける人物がいた。
ドラ1だ。
コイツはまるで俺と競うかの如く俺に舌打ちをして牽制しながらカワズニーに問いかけ始めたのだ。コイツ、完全に俺を敵視し始めたな? その空気は他の転移者にも伝わったようドラ2と3がハラハラした様子で俺たちを見守っている。
俺は他の転移者を共に異世界に来た仲間、それも野球と言う情熱を胸に抱え込んだ同志だと思っていた。だが、ドラ1はそう思っていないのだろうか?
俺は居た堪れなさと虚しさが込み上げるばかりで、口から言葉が出てこない。だから静かにドラ1とカワズニーの会話に耳を傾けていった。
正確には俺はに見守るしか選択肢がなかったのだが。
「カワズニーちゅわんはもう敵の正体が分かったん? カワズニーちゅわんはやっぱり天才やん!!」
ドラ1、俺はお前が分からねえよ。違う、違うんだ。これは『カワズニーにしか』分からないことなんだよ。心を痛めながらカンを拷問したカワズニーにしか……。
「……そうさね、粗方の見当は付いてるよ」
「何やー、そやったらもう勝ったも同然やん!! なのにどうしてそない辛気臭い顔しとるん!? もっとハッピーにならなあかんって!!」
止めろ。そんな嬉々として笑いながらカワズニーの心を抉るんじゃない。
「……ドラ1、少しだけお黙りよ」
「かー!! ワシとしたことがすまんかった!! せやな、油断はあかん、ほな早速これから敵を倒す作戦会議でもしよか!! 善は急げや!!」
これ以上はダメだ。俺はもはやドラ1を蔑むカワズニーを見ていられず、友達が蔑まれるのが我慢出来ずに二人の会話に口を挟んでいった。まるで告白を決意した親友の恋路を邪魔するようで悪いと思いつつ、俺は渋い顔のまま口を開いた。
「違う、そうじゃない。まずやるべきはカワズニーが得た情報とセレソンを襲ったと言う輩との擦り合わせだ。最初にすべきは敵の情報の整理だ」
ドラ1がクルリと俺の方を向いてその怒りの感情を向けてくる。邪魔をするなと言いたげな様子が俺には目で見なくとも手に取るように分かってしまう。
そしてドラ1はやはり喧嘩腰で俺に突っかかってくるのだ。
「なんや? お前はバカのくせして知ったかすんなや!!」
「……カワズニーがセレソンの状態異常に気付いのは彼女がカンを拷問したからだってお前だけは気付けよ?」
「はあ!? 何を適当言っとるんや!?」
「おそらくカンも記憶を塗り替えられていた。カワズニーはそれを拷問の中で気付いた、だからセレソンの状態異常にもノータイムで勘付いたんだよ」
「カワズニーちゅわんは天才なんやで!? そんなん関係ないわ、ドラフト会議の時と同じくとんでも魔法で一発かませばええだけやん!!」
ドラ1がカワズニーを妙な感じで持ち上げるたびに場の空気が凍り付いていく。
特にカワズニーの視線は完全にドラ1を見捨てたように冷めたものとなっているのが俺には良く分かる。俺は彼女を抱いたから、拷問によって苦しみながら興奮を抑えられなかった彼女の本心を受け止めたから。
そんな苦しさの中で得た情報があったからこそのカワズニーの気付きを、彼女が好きなお前が嬉々として語ってどうするんだよ? 俺にはドラ1の表情がドス黒く染まっている様にしか見えない。
今の俺は友達が何を考えて、何をしたいかが分からない。そしてそんな友達を恩人が蔑む。この部屋は俺にとって地獄にしかなり得ない。
俺はもはや耐え切れず、このままドラ1をカワズニーに晒したくない一心で無理やり一歩前に出て各国の要人らも含め進言をした。するとそんな俺に後ろからドラ1が喰ってかかってくる。
ガシッと俺の肩に手を置いてドラ1は俺の動きを止めにかかってくるのだ。
「セレソン軍総司令殿、今すぐにでもアンタの記憶を弄んだ輩の特徴を教えて下さい。外見、口調に人数。何だって良いからとにかく教えてくれ」
「お前は勝手にしゃしゃり出んなや!! ワシらのリーダー気取っとるんか!? そやったら黙れや、さっきそうしろってカワズニーちゅわんに言われたやろ!?」
「……それはアンタに対してだけさね。ドラ1、いや本田祐輔」
今にも掴みかかってきそうな勢いのドラ1こと本田祐輔にカワズニーはまるでゴミを見る様な目つきを放って、吐き捨てるようにそう言ってきた。
カワズニーはどうやら完全に祐輔に見切りをつけてしまったらしい。




