15.緊急事態
真面目キャラが突如豹変する、そう言うところもまたストーリーの華かと思って描いてます。
「アンタら、一体どうしたんだわさ?」
カワズニーが互いにそっぽを向く俺とドラ1を腰掛けたソファーから身を乗り出して不思議そうに交互に見比べてくる。
俺たち転移者四人は獲得した能力の傾向と培った性格から必然的にグループが形成された。攻撃特化の俺とドラ1、守備特化で互いに東北の強豪校出身者であるドラ2と3。
その出身校の地理は遠くとも、練習試合などで顔見知りだったことも手伝って俺とドラ1は最初から仲が良かった。
そして当然ながらその関係性を知るカワズニー、だからこそ彼女は俺とドラ1が喧嘩をしている理由が分からないのだ。
俺かドラ1のどちらかが彼女に説明出来れば良いのだが、それはお互いにマズいと理解しているからこそそれを絶対に口にしない。
俺とカワズニーが関係を持ったことが発端だなんてカワズニー本人には口が裂けても言えない訳だ。
俺とドラ1の不協和音は一緒にいる人間からすれば最悪だろう、お世辞にも居心地が良いと言えない。
そんな不穏な空気は、この部屋にもジワジワと充満していき次第に他の人間へも伝播して行くことになる。
「……この何とも言えん空気をどうにかせんかい」
低い声でそう不満を漏らすのはエスパーニュアスのハイエニスタだった。
彼は怒りを我慢するようにプルプルと小刻みに体を震わせながら背中越しに圧を加えてくる。この場には彼以外にロマーリオのセレソンとカワズニーがそれぞれにソファーに腰を落としてテーブルを囲む。
その席の後ろに俺たち転移者は肩を並べて仏頂面と困り果てた顔を覗かせて佇んでいた。
他にもジャーマニカの皇帝直下の大臣も呼び出されてジャパポネーゼに赴いているのだが、その人はカワズニーの拷問に屈したカンを更に尋問すべく一旦席を外している、と言うのが現状な訳だ。
しかし集合した人間が全員揃っていなくとも、一応の目的である話し合いは不機嫌そうなハイエニスタを宥めすかすところから始まっていく。
「まあ良いじゃん? あっちはガキなんだし大人がイライラしたらダメっしょ」
「カワズニーに諭されると説得力がある分、納得したら負けた気分になるな」
「ハイエニスタ? アンタ、イラついてんの?」
ハイエニスタは腕を組みながらトントンと指を叩きながらカワズニーの指摘通り苛立ちを隠さない。
その感情の原因が俺とドラ1の不協和音なのか、それとも別にあるのか。
そんなことは知らんとばかりにもう一人の集合者であるセレソンが今回の話し合いの趣旨を説明し出す。
どうやら今回の突発的な集合は彼の発案だったようで、ハイエニスタは自国への帰路の最中に待ったがかかったのだと言う。
だが、当のセレソンは話が長引くと想定しているのか、催促されながらもテーブルに置かれたコップに口を付けて充分に喉を潤わせてから静かに話し出す。その表情も鋭いもので、俺は遠巻きに見ながらもその迫力に思わずゴクリと固唾を飲んでしまった。
これは絶対に何かある。
それが俺の直感だった。
「……緊急事態だ」
「あん? アンタ、そんなに焦ってどうしたわさ?」
「セレソンが焦った表情を見せるなんて何年振りかね?」
カワズニーとハイエニスタは焦ったセレソンを見て焦る。セレソンは軍事国家ロマーリオの軍総司令であり世界最高の戦士と呼ばれる男だ。
俺たちが転移してきた最初のドラフト会議でもカワズニーから一目置かれていた男が冷や汗を垂らして焦りを見せる。
この異常事態にカワズニーとハイエニスタだけでなく俺もまた何事かと思い、前のめりになって彼の言葉に集中してしまった。
だがそんな俺の心配を足蹴にするかの如くセレソンは冗談としか思えない事実を淡々と話していった。
「幼女趣味になっちゃった」
「「…………は?」」
「だからあの小さく無垢な目を見ると自然と心が躍ってしまうのだ」
「ふう、セレソン。お前は冗談を言うタイプでは無かった筈だがね?」
俺は思わずズッコケそうになってしまった。
何とか踏みとどまって滑った右足をプルプルと震わせて、俺はドリフのコントのようなポーズを取っていた。隣にいるドラ1なんて生粋の大阪人だから、吉本新喜劇の様なリアクションを取っている。
ハイエニスなどは眼鏡がずり落ちてしまい、咄嗟に鼻のアーチ部を指で押さえるも「こっちも忙しいのだがね?」と嫌味たっぷりにセレソンに言葉を返していた。
だが、そんな中でカワズニーだけは真剣な表情のままセレソンの話に耳を傾けているのだ。
彼女はテーブルに準備されたコップに口を付けてゆっくりとそれを元に戻し、「ふう」とため息を吐いてから静かに口を開いていった。
そんな彼女の様子に気付き、俺だけでなくその場の全員の視線がカワズニーに集中する。
「……記憶を塗り替えられたのかい?」
セレソンはコクリと静かながらも力強く首を縦に振ってカワズニーの問いかけを肯定していた。
そして彼女の隣に座るハイエニスタはハッと何かを思い出したように驚いた表情になる。
すると今度はそんなハイエニスタの反応にカワズニーが首を縦に振って「その通り」と簡潔に答えを述べる。
だが三人の会話に俺たちは当然ながらついて行けずに、終始呆然としながら佇むしかやることが無かった。
要人らの会話の邪魔にならないように俺たちは口を閉じることしか出来ず、俺はロリコンを自称するセレソンを眺めながら右目をピクピクと痙攣させていた。
するとまるで教会の懺悔室で項垂れる敬虔な信徒の如くセレソンは静かに『塗り替えられた』本心を語り出す。
「ハイエニスタ……、俺はよ不覚にもカワズニーをお持ち帰りしたなんて思ってるんだ。割と本気で……」
「セレソン、それは……日本で流行っていると言う悪役令嬢モノの小説を上回る破滅じゃないのかね?」
「分かってるんだ、コイツが性格最悪のロリッ娘ババアだってのはよー!! だけど俺の心がざわつくんだ、カワズニーが……可憐だってよー」
「……俺だったら問答無用で自殺するぞ?」
「セレソンにハイエニスタ? アンタら、本人を目の前にして良い度胸じゃない?」
カワズニーの表情が邪悪な笑顔に染まっていく。そして目を血走らせながら軽々と他国の要人二人を吊し上げていく。
当然ながらそれはカワズニーをネタにして話し込んでいたセレソンとハイエニスタな訳で。
そんな中でハイエニスタは「ギブギブ!!」と言いながらカワズニーの腕をバシバシと叩いて大人しく降参の意思を示すが、問題はセレソンの方だった。彼はとても気持ち良さそうな様子を見せるのだ。
まるで天使に誘われながら天に召される童話の主人公の如く、セレソンは悦に浸っていた。
つまりカワズニーに締め上げられること自体に快感を得ているらしい。「幼女に殺されるのも悪くない」などと危険な境地に達したようにセレソンは呟くのだ。
気持ち悪。
俺だけでなく他の転移者も同様に感じたようで、あのセレソンを汚物でも見るかのように見下していた。何よりもカワズニー自身が極端な反応を示す。
それこそ蕁麻疹でも発生したかのように全身を掻きむしり始めたのだ。
そのせいでカワズニーに吊し上げられていたセレソンとハイエニスタは床に捨てられてドスンと音を立てて座り込む。同時にハイエニスタはセレソンの豹変ぶりに大口を開けて驚愕の表情を浮かばせる。
こうして会議は修羅場と化していくのだった。
この後、カンへの尋問を終えて部屋に入ってきたジャーマニカの大臣がこの修羅場を目にして「どったの?」と感想を口にするのだが、その質問に誰も答えられず場が静まり返ってしまった。
そして静かに帰神と化したカワズニーによってボコボコにされるセレソンの姿をただひたすら傍観するしかないのだった。




