13.共通の疑惑と厄災の意味
会議編が長々と続きましたが、ここから再びストーリーが動きます。
「つまりジャーマニカ皇帝陛下は他国の暗躍に苦心されている……と仰られる? そのせいでカンが宣戦布告などの暴挙に出たと?」
「師匠の言う通り、公然と他国に迷惑をかけた。そうなってはやはり師匠の言う通りにするしかなかろう?」
ジャーマニカ皇帝はハイエニスタの問いかけに一定の威厳を示して答える。
彼はカワズニー以外には皇帝として接する必要がある、それ故に俺はこの会議を通じて初めて彼の国主としての本質を垣間見た。
「へえ」と俺が声を漏らすとジャーマニカ皇帝は「私もそろそろ評価を回復せんとな」と苦笑しながら言葉を返してきた。
「ジャーマニカ皇帝陛下は我ら三カ国の助力をお望み、と取って良いのですかな?」
「セレソン、ロマーリオはジャーマニカの助力が不要、と取って良いのかな?」
「……失言でした。この場で駆け引きを持ち出した無礼をお許し下さい」
「構わん、そのお陰で貴国らの事情も分かったのだから」
既に三人は探り合いと牽制を交えつつ、更にそれらを一瞬で終わらせて目的を共有し始めた。
これが国家の要人と言うものか、俺はこれまでの先入観を全て捨てて三人をソッと見守る姿勢に入った。
ここまで来ては俺の賢しさなど足手纏いと実感したからだ、だがそうなれば他にやることも出て来た訳で。
俺は己の膝の上で議題に興味が無いと言った様子で鼻毛を抜いているカワズニーに視線を落とした。
そして彼女にジャパポネーゼはどうするのかと問いかけた。
「カワズニー、良いの? 話し合いに参加しなくて」
「ウチは私の結界で侵入者を蒸発させて排除してるから。やることが決まってからで良いよ」
さいですか。
だが今、もの凄く物騒な情報を耳にしてしまった。
何だって、侵入者を『蒸発させる』だと?
俺はカワズニーがサラッとそんな発言をするものだから怪訝な様子を見せると、俺の心情を察してくれたハイエニスタが補足をしてくれた。
何でもカワズニーの結界は彼女の気に食わない人間に対しては徹底して敵対行為を自動行使するのだとか。
更にハイエニスタが言うには彼やセレソンが結界を跨ると電撃ビリビリ、ジャーマニカ皇帝に対してはビンタを喰らわすそうだ。
カワズニーの結界は彼女の機嫌と人の好き嫌い具合で敵対行為が変化するそうです。
カワズニー、だからアンタは怖ええええええええ。
とは言え議題は三カ国のセキュリティ問題を中心に進んでいった。そしてその議題に今回のジャーマニカが起こした侵略行為に繋げてきたのはハイエニスタだった。
「カンが他国と繋がっている、と言うのがジャーマニカの判断と言う訳ですか?」
「恥ずかしながら王宮の勢力争いが怪しくての。その敵対勢力の筆頭がカンなのだが、どうも最近此奴の勢力が発言力を急激に増していてな。そのタイミングで今度は人材が流出し始めた、怪しいと思わんほどに私は暗愚ではない」
「それは実証が無い、と言うことになりますね……。さて、どうしたものか……」
ハイエニスタは渋い顔になって悩み出す。
それは彼がやり手である証拠でもあり、同時に現状が決め手を欠如した状態と言う証明でもあった。
ハイエニスタが言うにはジャーマニカは経済大国だけあって黒地貿易を継続中、それは逆説的に捉えると物資と情報の両方が流出入可能な状態だそうだ。
人材の流出増加だけでは相手国家の揺さぶりも叶わない。
彼は既に実弾を発砲する準備を開始していた、と言うのも先だってジャーマニカ皇帝の一言に対するセレソンとハイエニスタの反応、あれはロマーリオとエスパーニュアスも同様の懸念を抱いていた証だった。
三者三様で経緯は異なるも同じ見解を抱くもの同士、実証を共有出来るのがこの会議の強み。疑惑が深まるのみでは進展は望めない、と言う訳だ。
またしても話し合いが滞りを見せる。
俺は別に嫌味を言いたかった訳では無いが、それでも豪を煮やす程度には憤りを感じている。
そんな意味を込めて俺は要人らの目の前で思わず本音を漏らしてしまった。
「うーん、この後友達と麻雀をやる約束してるんだけどな」
「和良の友達なんて三人だけだろう? ドラ1から2、3、適当に誤魔化せば言いじゃん」
酷い!!
俺の取るに足らない愚痴にカワズニーは真面目に反応を示す、俺はそんなカワズニーが不思議に思って上からの彼女を覗き込みながら問いかけた。
それはそうだ、如何にジャパポネーゼのセキュリティが高くとも、その代表者があまりにも無警戒なのだ。
これは絶対に何かある。
俺はそう確信に近い感情を抱いて、滞った議題に一石を投じてみた。
「もしかしてカワズニーは何か証拠みたいなものを持ってるの?」
「無い、でも目の前にいるじゃない。私が拷問すれば一発よ」
そう言ってカワズニーは世にも恐ろしい発言をしながら一人の男を指していた。
この会議における本来の議題、最大の重要人物がカワズニーの指差す方向に拘束されながらポツンと佇んでいた。
ああ、俺もすっかりと忘れていた。
そう言えばカンがいたな。
だがジャーマニカ皇帝は既にカンが他国と通じていると言いながら終始彼の話題を口にしない。そうなれば皇帝でもカンの口を破らせれらなかった、と考えるのが自然と言うものだ。
俺はコロンブスの卵を得ながら、その卵が割れていると気付いて「やっぱダメじゃん」と呟く。
だがそんな俺に向かってカワズニーは闇よりも深い邪悪な笑みを浮かべて俺に教えてくれたのだ。
それではぬるい、と。
「どーせベッキーの拷問が生ぬるかったのよ。この子って変なところで優しいから。大方元家臣だからって手心を加えちゃったのよ」
「師匠には本当に敵いませんよ」
ジャーマニカ皇帝は恥ずかしそうにポリポリと頭を掻きながら、申し訳ないと言った様子で「すいません」とカワズニーに小さく頭を下げていた。
そして同時にセレソンとハイエニスタの顔が真っ青に染まっていく。
まるで地獄でも拝見したかのようにピクピクと顔全体を引き攣らせながら悪い笑みになったカワズニーから引いていくのだ。
俺は嫌な予感がしてソーッとカワズニーの表情を覗き込む。そして確信した。
カワズニーは俺にとって女神であり恩人、その本性は『悪魔』だと俺は知ることになった。そしてこの議題はカワズニーの発言によって終着点を見つめることになったのだ。
「私が本当の地獄ってものを見せてやるわ。ヒヒヒ、私の拷問は死んだって生き返らせてからまた拷問の繰り返し。死ねて良かった、だなんて思わせないんだから……」
「……カワズニー、禿頭が泡を吹いて失禁しちゃったけど?」
「『生まれて不幸だった』と思わせるのが拷問のコツだから良い兆候よ」
こうして全てを請け負ったカワズニーに対してジャーマニカは感謝と謝罪を込めて全面的に要求を受け入れることで会議は閉幕していくことになる。
カワズニー、アンタが最初からそう言っておけば半日も無駄な時間を費やさなかったんじゃないかな?




