11.大国が恐れるモノ
戦後処理的なお話です。
「はあ……。カン大臣よ、もはやロマーリオはアンタを擁護する気はないと思って頂きたいね」
「エスパーニュアスもロアーリオに同じくだ。何も言わずに黙って大人しく頭を下げんとかんかい」
またしても四大国家の代表者がテーブルを囲っていた。
前回と異なるのは戦争を引き起こしたジャーマニカは今回はカンではなく皇帝自らが席に座っていると言う点だ。
そしてその皇帝は己よりも国際的に地位の劣るロマーリオの軍総司令とエスパーニュアスの海軍元帥に申し訳なさそうに縮こまりながら鎮座する。
侵攻を受けたジャパポネーゼはと言えばこちらも前回と変わらずカワズニーが席を囲うが、今回はご立腹と言わんばかりにふて腐れながら腰を深く落としている。
腕を組みながら指をトントンと叩いている辺りから、彼女の不機嫌さが窺えると言うものだ。
そして俺はその彼女の護衛役と言う名目でその後ろに控えて立っていた。その俺も護衛の立場ながら己の怒りを隠すことすらせずに一点を睨み付けていた。
俺の視線の先には金属の拘束具で厳重に縛られてしょぼくれたカンが正座している。
今回もドラフト会議と同じ場所で開催されている。
ここは日本と異世界を繋ぐ中間地点、転移ゲートの狭間だ。どうして今回もここで話し合いをすることになったかと言えば、ここが最もセキュリティが高いからだそうだ。
ジャーマニカはジャパポネーゼを侵攻した、だがこの事実はまだ異世界で拡散されてはいない。そのことを知るのは当事者たる二カ国と、この戦争を事前に懸念していたロマーリオとエスパーニュアスのみ。
セレソンとハイエニスタはカンの性格を熟知していたため、両者はまるで口裏を合わせたかのように同タイミングでジャーマニカに使者を派遣していたそうだ。
決して早まるなと、カワズニーにだけは喧嘩を売るなと止めようとしたそうで、故に二人はカンを見捨てるとこの場で公言したわけだ。
そしてそんな三カ国に睨まれながら肩身を狭くしてテーブルを囲うジャーマニカ皇帝、彼はカワズニーに頭が上がらないらしい。
その理由はご立腹過ぎて後頭部に複数の血管を浮かび上がらせているカワズニー本人の口から語られようとは俺も想像だに出来ず、猿ぐつわで発言を禁止されているカンを終始黙って睨み落としていた。
そしてカワズニーとジャーマニカ皇帝の関係を知り俺は間抜けヅラを晒して驚くことになったのだ。
「……おい、ベッキー。人様を呼び出しておいてダンマリなのかい?」
「ヒッ!? し、師匠、この度は誠に申し訳ありませんでした!!」
師匠!?
異世界一の経済大国の国主がカワズニーを師匠と言ったの!? それもスパルタママを前にした子供の如くビビりながら?
一国の皇帝が他国の要人がいる前で全身をガクガクと震わせてとは凄いな。
俺は目の前で起こっている出来事に驚くあまり目を見開いて小柄なカワズニーを見下ろしていた。
するとそのカワズニーは背中越しで俺に向かって「アンタは良い男だからビビらなくて良いんだよ?」と顎に手を添えてくるのだ。
いや、ビビるとかそれ以前に俺は純粋に驚いているのだが。
俺が驚愕の表情を浮かべていると他国の要人、つまりセレソンとハイエニスタが俺に向かってそれぞれに「ソイツに気に入られたら人生終了だ」と口パクで教えてくれた。
俺もそれを肌で感じて無言を貫くことで返事を返した。
だがそんな周囲のアイコンタクトなど気にも止めずにカワズニーの説教は続いていく。
因みにジャーマニカ皇帝の名前はベッケンバウンドであり、カワズニーの口にした『ベッキー』とはその皇帝の愛称だ。
「誰が師匠だってえ? アンタは私の曾曾曾曾曾曾飛んで100代前の曽孫弟子だろうがああ!! サバを読むんじゃないっていつも言ってるよねえ!!」
怖ええええええええ……、空間の狭間にドン!! とテーブルの上に踵を置いた音が鳴り響く。
カワズニーがジャーマニカ皇帝の態度にキレてまるで授業を真面目に受けないヤンキーのような姿勢になったのだ。
そのあまりの大音量に俺だけでなくセレソンとハイエニスタが耳を塞いで鼓膜をガードする。
だがカワズニーにビビって耳がノーガードだったジャーマニカ国王とカンは耳から出血をしてしまった。
俺はまたしても驚愕して二人の様子に信じられないと目をパチクリさせながら交互に見た。今回の俺はカワズニーの恐ろしさをただ目に焼き付けるしかないのだろうか?
何度でも言おう、カワズニーは怖えええええええええ。
「だって師匠、もう何代前の繋がりか最古の文献でも把握出来ないんだよ?」
「様付けとか美少女とか呼び方はいくらでもあるじゃないの? アンタはそんな事も思いつかないバカなのかい?」
いやいやいや、様付けは意味が通じるけど『美少女』って何だよ?
え、じゃああれか? 俺も明日から彼女のことを『カワズニー美少女』と呼称しても反応してくれると言うことか?
そんなシコリしか残らない呼び方は俺は絶対にしないからね。
「和良、アンタは良い男だからナオミって呼び捨てで良いさね。特にベッドの中ではそう呼びな」
「いや、はっきり言うけど俺は童貞だから。これからも当分の間は童貞です。各国の要人の前で誤解されるよりも、俺はそっちを取るからね。俺の不名誉なんてラーメン屋のテーブルにポツンと置かれた醤油くらいどうでも良い存在だから」
「おい、ベッキー!! アンタのせいで私が若い男に振られちまっただろうがあ!!」
「一応これでも俺は一国の皇帝なんだよ!? 師匠も頼むからいつまでも子供扱いしないでくれよ!!」
「だからアンタがいつ私の弟子になったんだい!? 素っ裸に剥いてジャーマニカの首都に晒してやろうか!?」
150センチ以下の『見た目は』可憐な美女が大国の皇帝に舌打ち交じりにメンチを切っている。
この不毛な言い合いは一体いつまで続くのかと俺は辟易してしまった。
立場上良くないとは重々承知しているが、会議を進行させるために俺は同席しているセレソンとハイエニスタに目線を送って助けを求めた。
だが俺の希望も虚しく二人はキッパリと無理だと俺を突き放してきたのだ。
「転移者、諦めろ。俺たちにカワズニーは止められないから」
「セレソンに同意だ。エスパーニュアスもカワズニーに睨まれるのは御免被りたい」
「そんなこと言わずにセレソン軍総司令様もハイエニスタ海軍元帥様ももっと話し合いに参加して下さいよ」
ドラフト会議でもそうだったがこの二人はカワズニーから一定の評価を受けていた。
特にセレソンの方はカワズニーも認める常識人との事で俺は是が非でも助けを請いたかったのだ。だが、その願いも虚しく俺は更に突き放されることになるのだ。
寧ろお前の方が適任だと、完全に匙を投げられてしまった。
「転移者、お前に様付けなんてされたら俺がカワズニーに殺されちゃから止めんかい」
「あー、それはあるな。流石はハイエニスタ、この厄災を良く理解しているじゃないか」
「えええ……、じゃあこの不毛なやり取りはいつまで続くの? て言うか俺のことは和良って呼んでくださいよ」
「「無理無理、絶対にカワズニーに殺される」」
セレソンとハイエニスタは「絶対にリームー」と声をハモらせながら首を横に振ってきた。
さいですか。
俺は二人に見放されて天井を仰いでしまった。
そしてそんな状態にも関わらず、俺の耳にはカワズニーの怒声とビビるジャーマニカ国王の声だけが鮮明に届いてくる。俺は終わりの見えない子供レベルの喧嘩に「はああああああ」と天に向かって盛大にため息をついてしまった。
「私はね、アンタら三大大国が建国する以前からずーーーーーっと!! この地に足を踏んでるんだ!! その私によくもまあ、そんな発言が出来るねえ!?」
「師匠もいい加減に引退して下さいよ!! こっちだって皇帝としての立場があるんだから絶対に引かないぞ!?」
「言うねえ、じゃあジャーマニカを木っ端微塵にしてその立場から解放してやろうか!?」
「師匠はいっつもそうだ!! そうやって最後は俺を脅すんだ、だから師匠はいつまで経っても独り身なんだよ!!」
「カッチーーーーーーーーン!! はい、ベッキーが言っちゃいけないこと言いましたーーーーーーーーー!! もうロマーリオもエスパーニュアスもジャパポネーゼも関係ねえ、全て巻き込んで世界を崩壊させまーーーーーーす!!」
「「「「それだけは止めんかい!!」」」」
会議はカワズニーの魔王発言によって混沌を極めていき、俺を含めた大国の代表によって強引に制止されることとなった。
それでもまだまだ会議は続く。
俺は良い加減に疲労を感じるも、この会議において最も重要なことがいまだ話題にさえ出て来ないのだ。
俺たちは怒り狂うカワズニーを宥めながらようやく本題に進むことになるのだが、それは会議が始まってから半日が経過した時点だった。
俺はカワズニーが『厄災』と呼ばれる由縁をその身を持って思い知るのだった。
俺、精神的ストレスで体重が5キロは痩せたんじゃないか?




